2010/02/06

75歳になってしまった

 過日2月1日に誕生日を迎え、75歳となった。「なった」ではなく、「なってしまった」に、いささかの感慨を込めているつもりだ。晴れて後期高齢者の仲間入りという意味もある。近頃まとまったものをこのブログに書くことができないでいたが、少し時間がとれたので、75歳を迎えての近況と感想を書いてみる気になった。

 なかなか書く機会がないのは、ジムとtwitterのせいだ。昨年6月にはじめたスポーツ・ジム通いが、思いのほか時間を食う。体力も気力も費やす。このため知的作業への集中力を欠くようになってしまった。本をじっくり長時間読み続けることができない。何かの関心事についてじっくり考え、書きものにまとめることもできずにいる。知的にはぼやーっと拡散した日々を過ごしている。そんな生活のなかで、ブログに代わって、twitter(*)が自分にとっての手頃な表現手段になっている。短時間に瞬発力で短く書いて、発信できる。自分が書くだけでなく、他人の書いたものを読む。数十人をフォローしており、なかには多弁な方もおられるので、じっくり読めば、けっこう時間を取られる。ざっと拾い読みするコツも覚えなければ付き合いきれない。切れ切れの時間に読んだり書いたりするすべはそれなりにある。今いちばん活きのいい刺激をもらえる場だと感じている。朝、5時から6時ごろに目覚めると、ベッドに入ったまま、iPhone(**)をスイッチオンしてtwitterを読み書きする。そのほか、日中もおりがあれば、パソコンかiPhoneをtwitterにつなぐ。誰かがおしゃべりをして、途切れることがない。1日に数百の断片を斜め読みする。多いときは10を超える書き込み(tweet)をする。

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2009/11/28

フォーカス・スタッキング写真を試みる

Blog
       【画面クリック→拡大】
 前後に長い距離にわたってピントを合わせた写真は一回の撮影では得られない。ピント位置をずらして撮影した何枚かの写真を合成するデジタル処理技術によってそれが可能になった。科学・光学分野の専門家だけが使っていた技術が、われわれ素人にも利用可能になったので試してみた。ピントの合っている部分だけを識別して、マスクを掛け、サイズや明るさを自動調整して、一枚の完全ピントの画像に合成してくれる。いくつかのソフトが公開されているが、私の使ったのは”Helicon Focus”という、もともと顕微鏡写真の合成用に開発されたプログラムである。

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2009/10/04

政権交代で日本の「過保護」文化が変わる?

 民主党政権が誕生し、動き始めている。政治の大きな転換を図っているから、さまざまな困難が予想されるが、先行きを期待したい。これに関連して、小説家・池澤夏樹が、過保護な日本社会の変化を期待すると、新聞に書いている。紹介して見る。元記事は、朝日新聞への定期寄稿欄である(09/10/03夕刊「終わりと始まり、上から降る言葉、民主で〈過保護〉も変わる?」)。

 池澤は5年ほど前にパリに移り住んだあと、日本に帰ってきた。欧米社会に住んだあと帰国した人が、日本社会についてほぼ共通に覚える違和感がある。それは社会に充満している過剰なお節介である。町を歩いても、エスカレータに乗っても、電車に乗ろうと駅へ行っても、賑やかで、うるさい言葉の数々が「上から降ってくる」。音声であったり、表示ボードの文字であったりする。池澤は、フランスで、その種のものを、耳にしたり、目にしたことはない、と書く。逆に「日本の買い物には会話がない」、「日本はまるでロボットの国のようだ」とも感じる。

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2009/08/01

第1、第2の「マンハッタン計画」?

 最近の金融危機を話題にするなかで、「第2のマンハッタン計画」という言葉が使われている。「金融工学」の名の下に、それまで理学分野とは無縁であった金融の分野に数学や工学分野の研究者、それもベスト・アンド・ブライテストが参入し、協同して「デリバティブ」とか「リスクマネージメント」などの理論を高度に発展させた。その行き過ぎが今回の金融危機を招いた。彼らが結集した場が、ニューヨーク市マンハッタンのウォール街であったことと、かつての原爆開発開発が「マンハッタン計画」と呼ばれたこととがどこかで結びついて、この金融工学の異様な盛り上がりとある意味での破綻を「第2のマンハッタン計画」と呼んでいるらしい。「第2」のほうはともかく、「第1」のほうは、マンハッタンとは何の関係もない、偽称もしくはある種の暗号であることを、原爆開発史を多少なりと読んだことのあるものは知っている。誤った歴史が語り継がれることのないように、この「第1」、「第2」の話を受け売りする人々に歴史的事実を指摘しておきたい。

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2009/07/24

「政権交代こそ必要、準備不足を恐れるな」(ビル・エモット)

 今度の選挙で「政権交代」か、それに近いことになるのはほぼ確実だろう。しかし、心配はある。民主党を中心とする勢力が政権を取ったとして、彼らが本当に国政を担えるのか、ということだ。細川ー羽田政権の二の舞になり、時を経ずして再び自公政権に戻ってしまうのではないか。そしてこのような機会がまた何年か何十年か後にしか訪れないのではないか。

 そんな心配は無用との力強い応援が、英誌「エコノミスト」のビル・エモット氏から寄せられている(朝日新聞09/7/15オピニオン欄、「準備のできた野党などない」)。少し詳しく紹介したい。氏は「エコノミスト」誌の東京支局長さらには編集長を務めた知日英国人。著書「日はまた沈む」で日本のバブル崩壊を予測し、「日はまた昇る」で日本経済の復調を予測したことで知られている。

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2009/07/08

撮影旅行での椿事

090708

  【画像は、梓川上流の明神橋、見えている山は明神岳】
 上高地へ撮影旅行に行った。カメラ会社が、愛用者のために運営しているクラブ主催の撮影旅行に参加した。上高地に毎年数回は行くという風景写真の専門家が指導して、上高地の撮影スポットを案内し、撮影法を伝授してくれた。梅雨時にもかかわらず天候にも恵まれて、撮影旅行そのものはとてもよかった。だが、その旅行の往復で、集合時間に間に合わず見切り出発となったり、途中休憩時に置き去りにして行方不明の人が出るなどの椿事があった。それは偶然の出来事ではあったが、垣間見えたのは、こういう旅行を催行するにあたっての会社の事務局と下請け旅行社との間の構造的問題であった。また参加者の自己管理も問題であった。そのことへの感想を書いておこう。

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2009/06/23

スポーツジムに通い、生活激変

 年とってくると健康に多少なりと関心が増してくる。体力の衰えを自覚する。身体のあちこちが危険信号とまでいかないが、警戒警報を発している。長生きしたいとは思わないが、急にぶっ倒れたくもない。身体能力の衰えも問題だ。以前はどうということのなかった外出や旅先の行動に、限界を感じることがある。特に、妻は肩や足を痛め、限界は現実のものとなっている。鍛えることでこの衰えを多少なりと食い止めないことには、「楽しむ老後」(退職後の過ごし方として標榜してきたこと。たとえば年賀新聞02年号に書いている)の終わりが来てしまう。何かしなければと思いつつも、歩くことぐらいしか実践できない。これはかなりその気でやってきた。でも毎日とはいかない。炎熱の夏、酷寒の冬には、外歩きはつらい。金を払ってジムの会員になれば、元を取りたいというけちなモティべーションが加味されて、スポーツ音痴の私でも、何かのエクササイズをやることになるのではないか。

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2009/06/11

Twitterに注目、ネットの有力な媒体になりそう

090611twitter_2

 Twitter のことを耳にしたのは、いつのことだったか。日本でも始まったのは1年ほど前。たった1-3行程度のメッセージをネットにアップする。「つぶやき」とか「今何している」とか、「今日の夕食は何」とか。そのときは、くだらないと思った。その程度のブログがはびこっていて、そのことをつぶやきたいほどの心境だった。その後アメリカで意外な展開を遂げていることを知った。ネット上の媒体として急成長している。書いたり読んだりしている人が、この一年で十数倍も増えたという。とうとう雑誌「TIME」が特集記事を組む(09/6/15号)ほど社会的インパクトのある存在となったらしい。その記事のタイトルは「Twitterが生活を変える("How Twitter will change the way we live")」である。私も二月ほど前から、英語と日本語でtwitterしてみて、そのコミュニケーション媒体としての力を感じ始めているところだ。

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2009/06/08

東京とウィーン、地下鉄スリ事情

 不意の所用で上京、銀座線浅草駅から東京自宅のある都営線曙橋駅まで、二度乗り換えて30分あまりの車中。感心したのは、乗客のみなさんのいたって無防備なこと。というのも、先日オーストリアに旅行した時、ひどいスリ(というより強盗的掻っ払い)に遭い、それ以来すっかり用心深くなっていたからである。海外によく出かける息子にいわせると、私がウィーンで経験したようなことは、世界中の大都市の標準レベルなのであって、東京やその他日本の大都市は、その世界標準から隔絶して後れている(いや進んでいる?)のだそうだ。ともかく日本は、治安のいい点で有り難い国なのだが、それに慣れた日本人が、海外の大都市へ行き、公共交通機関などを利用すると、いい餌食になる。私の経験をお話ししておこう。

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2009/06/04

現実への復帰

Krippenstein_

 ウィーンに遊び、旧市街の裏路地を徘徊し、地下鉄車内にて強盗的スリに遭い、めげずにハルシュタットの湖岸に憩い、ロープウェイにてオーストリアアルプス・ダッハシュタインの高地に登り、しばし白銀の世界を垣間見、ザルツブルクにて大司教の栄華(なんと世俗的!)と、その支配から脱出したモーツアルトの往時に思いをはせ、夢見心地で帰国してはや1週日。現実、それも新しい現実への適応に、夢さりぬの近況報告、少々。

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