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2004/06/14

写真家・小野憲一の作品をHPに

異色の写真家・小野憲一。82歳。特異なセルフ・ポートレイトで知られる。写真評論家・飯沢耕太郎が最新刊の『眼から眼へ』(みすず書房、2004年4月刊)で、若々しい実験的精神に富んだ作品を賞賛している。ときおりの個展と、数少ない写真誌での掲載のみで、小野憲一の作品を知る人は少ない。今回HPを立ち上げ、その作品群の一部を紹介する運びとなった。『小野憲一フォトギャラリー』をごらんいただきたい。

SelfPort9.jpg

小野憲一は、ビルマ戦争への従軍、捕虜収容所生活のあと、損害保険会社のサラリーマンとなった。退職後、写真に目覚めた。被写体にしたのは自分自身。豊かな表情の変化、変装や小道具の工夫、さまざまな場面での撮影。コラージュなど、自分を被写体にして、1万点を超える写真作品を作った。私はたまたま海外旅行の旅仲間として知り合い、パソコンやデジカメ技術のお手伝いをする傍ら、私の写真モデルになってもらったりした。小野さんを撮った画像は、『アクエリアンのフォトギャラリー』にある。小野さん自身の作品と比べるべくもないが、こちらもごらんいただきたい。今回の公開は、とりあえずのもので、これからじょじょに充実させていきたい。この公開を小野さんご自身が喜んでくださるといいが。現在パソコンが電話につながらないトラブルに見舞われているらしく、今週末、私が行ってトラブル解決をするまで見ていただけないのが残念。

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コメント

小野憲二氏のセルフポートレート拝見しました。その多彩な表情に驚いています。ご存知かと思いますが、若くして亡くなった牛腸茂雄という写真家がいます。彼の作品に「Self and Others]という作品があります。その中にカリエスで背中が曲がっているさえない彼の自画像(写真)が1枚あります。あとは家族や知人などの写真を撮っています。これは自己と他者との関係を通して自己を見つめ直そうとした写真集といわれています。

小野さんの写真は他者を入れず、あくまで自己の内面を様々に表現しようとしているようです。これは今年木村伊兵衛賞を受賞した澤田知子の「ID400」と共通する面があるようです。澤田さんの証明写真用ブースに入り、400枚のセルフポートレートを撮った写真には圧倒されます。飯沢耕太郎氏は「澤田は本気で自分の変身の過程を楽しみ、400種類の「セルフ」を受け入れ、彼女の中に眠っている「こういう自分にもなりうる」というその未知の生命力を彼女の撮影で十分に引き出そうとしている」と評価しています。

80歳代の小野さんと20歳台代の澤田さんには年齢の違いがあるが、未知の生命力を引き出そうとしている点では共通しているのではないかと感じた次第です。しかし、牛腸さんのように弱い自分を曝け出し他者との関係で自分を知るという姿勢にも共感できるものがあります。

投稿: | 2004/06/15 21:05

セルフポートレイトを撮るという手法は、それを試みる人にとって、いろいろな意味合いがあるようですね。澤田知子の木村伊兵衛賞は話題になっていますね。若い写真作家がこれまでにない表現手法をもって世に出ようとすることはとても難しい。時代の趨勢でもあるのでしょうが、最近の若い人が正攻法を外したところに何かを求めるているようです。それがいいことなのか。私はときどき疑問を感じています。話がそれました。小野憲一さんの場合、飯沢耕太郎は、小野さんがビルマでのトラウマからの自己治癒を求めてのセルフポートレイトだというとらえ方をしています。私は小野さんにじかに接して、むしろ遊び心を感じています。

投稿: アク | 2004/06/16 09:11

イギリスの女性写真家ジョー・スペンスは自分自身を撮り続けたことで知られていますが、48歳のとき乳癌と診断された亡くなるまでの10年間にわたって自分の体を被写体として若くはない太った体と腫瘍摘出手術で変形した乳房をさらけ出して撮影しました。彼女はそれを見ることで現実を受け入れ、死の恐怖を乗り越えてきたと言われ、自らの行為で癒されていったそのプロセスを、フォトセラピーと名づけています。

飯沢耕太郎氏はおそらくこの「フォトセラピー」が頭にあり、小野さんをそのように見たのではないでしょうか。しかし、アクエリアンさんの「遊びこころ」の見方もなるほどと思いました。


澤田知子の写真には抵抗があるようですね。確かに奇をてらった写真であることは否定できません。しかし、常に正攻法な私には殆ど思いつかなかった写真です。彼女が「いろいろ外見が大きく変わっても、同じ人間であることには変わりがない。しかし、周囲の人間の見方や判断は変化する。このことをおかしいと思う反面、やはり人の内面は外見に表れるものだとも思う。これに矛盾を感じたことからこの写真を撮った」と述べています。

理屈を後でつけた感じもしますが、現代女性の「内面と外見」の関係を考える上で興味ある考えであり、それを写真に撮った彼女に惹かれる面もあります。しかし、アクエリアンさんの言われるように彼女にも「遊びこころ」があったのかもしれないととふと感じました。

小野さんの続編を楽しみにしています。これから山に写真を撮りに出でけます。

投稿: | 2004/06/16 10:48

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