« 見えすぎも困ったもの | トップページ | 米大統領選の決定的要因は「信仰」? »

2004/06/21

天皇家と神道

040620Ritual.jpg
【産経新聞ネット版から】

 皇居での神式の行事を伝える新聞報道を見て、天皇家と神道との関係が、政教分離の原則からして、どのように考えられているのか、ふっと疑問がわいてきた。神社神道は宗教ではなく、日本伝統の習俗のようなものである、との主張もある程度理解する。一方、天皇家の祭りごとが神社神道と結びつき、国家神道という国のイデオロギーを形成し、不幸な戦争の精神的バックボーンとなった記憶もよみがえる。

 皇居には、賢所、皇霊殿、神殿と呼ばれる宮中三殿がある。新聞報道によると、建物が古くなって耐震性が問題になり、調査工事をすることになった。そのためご神体を仮殿に移す行事が行われたという。ものものしいというか、神々しいというか、その行事を伝える写真(代表撮影だという)を見て思うのは、このような神式の儀式を行う人々が、たぶん宮内庁の職員であり、したがって国家予算でまかなわれていることが、政教分離の点で、どう法的に整理されているのだろうか、ということだ。

 朝日新聞は、そのあたりを意識してだろう。儀式を伝える記事にこんな付記がある。

 『建物が築後約115年たつため、木材の強度などを調べることになった。計約5600万円を公費である宮廷費から支出するという。皇室の宗教施設への公費支出となるが、同庁は「三殿は『皇位とともに伝わるべき由緒ある物』で公的色彩を持つため、国費を支出できる」としている。』

 天皇家の起源から、伝統の継承、あるいは天皇の権威の所在そのものに、神道的な祭りごとが深く結びついている。正統性の象徴としての三種の神器などのことを、私ら世代は、歴史そのものとして教えられた。宮中三殿には、その三種の神器、あるいは、そのコピーといわれるものが、がご神体として祭られている。今回の工事は、ご神体が納められている場所にまで及ぶので、仮殿に移したのだという。

 天皇家の儀式が、伝統に従い神式で営まれるのは、いいだろう。日本人の多くが、神社神道を、日本古来の伝承として、あるいは習俗として受け止めている。地域の神社やそこに祀られているカミサマが、欧米人やイスラムの人たちにとってのゴッドやアッラーとは、かなり違ったものと、日本人の生活習慣や宗教感情の中にあることを知っている。

 しかし一方、天皇が神格化され、その権威の源としての神話が、歴史として教えられ、侵略戦争を正当化する、といった不幸な記憶を持つだけに、この問題に、いささか引っかかるのである。

 なお、宮中三殿は、1888(明治21)年の完成から116年が経過したものだという。

|

« 見えすぎも困ったもの | トップページ | 米大統領選の決定的要因は「信仰」? »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/809402

この記事へのトラックバック一覧です: 天皇家と神道:

« 見えすぎも困ったもの | トップページ | 米大統領選の決定的要因は「信仰」? »