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2004/06/10

茨城にある出雲大社

島根県にある出雲大社が、茨城県にもあるのをご存じですか。10年ほど前に水戸市の西30kmほどの笠間市福原に、常陸分社というのができたのです。里山を少し登った風光明媚な場所に、忽然と青い甍と千木を頂いた立派な社ができました。なんだかウソっぽいな、と思っていましたが、今日ドライブがてらに行ってきました。出雲大社お墨付きの分社のようです。私は本物を見たことがないのですが、驚くほど巨大なしめ縄と、妻入りの拝殿や本殿は、出雲大社に倣ったものです。ときおり観光バスが寄る程度で、閑散としていました。これで成り立つのか、少々心配ですが、霊園の分譲を始めています。先日、新聞の東京版にも募集広告を出していました。

  出雲大社の祭神は大国主大神、長野の諏訪大社はその第2子を祭神とする出雲大社ゆかりの神社である。出雲大社と諏訪大社を結ぶ線を直線的に延ばした地点として、この場所が選ばれ、分社が設置されたのだという。また、日が沈み休まる場所にある大社、日が生まれる国、常陸の分社という意味もあると、その由緒に書いてある。

040610IzumoShrine.jpg

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コメント

出雲大社常陸分社の話(写真)興味をもって読みました。というのも明治時代、伊勢神宮=国家神道の陰に出雲大社のスサノヲやオホクニヌシの神が抹殺されようとした歴史があるのです。この大社の宮司であった千家尊福(千家氏は出雲国造の流れをくむ家系)は神社の布教禁止に対抗して出雲大社教(いずもおおやしろきょう)を興し布教活動をしています。

尊福は後に後に政界に進出し、東京府知事、法務大臣などを歴任していますが、詩人として有名な千家元麿は尊福の息子のはずです。尊福は昔我々が幼少のころ歌った「年のはじめの・・」で始まる「一月一日」の作詞者ですから息子の元麿もその血を受けついだのでしょう。

出雲大社教は現在は出雲大社教務部が布教活動をし、その信仰は出雲講という組織で全国各地に普及しているようで、常陸分社もその延長として作られたのではないでしょうか。

投稿: | 2004/06/11 21:39

伸さんのコメントで、私の単なる観光メモが、伊勢神宮を主流とする神社の系列に対し、いつも傍流にとどまりながら脈々と続いてきた出雲大社の歴史へと、関心をひろげてくださいました。私はほとんど知らないのですが、古い歴史を持つ神社と各地の氏族集団との結びつき、豪族たちの覇権争い、勝者を正当化する神話の成立など、興味深い事柄につながることですね。
 常陸分社の参道の石柱や神燈などに、寄進者の名前が彫り込まれているのですが、伸さんの書かれた出雲講の名を数多く見かけました。それも全国各地からでした。

投稿: アク | 2004/06/12 09:34

出雲出身の”おざ”と申します。
10年ほど前にここへ行ったことがあります。
なぜ、ここに出雲大社があるのだろうかと気にしておりましたが、丁度、気になることがあって調べていたらこちらのブログにたどり着きました。
出雲大社のホームページをみますと、
「出雲大社を冠する宗教団体について」と題したページ
http://www.izumooyashiro.or.jp/oshirase2.htmlがあり、分社という名称は沖縄のみと書かれていました。
笠間の出雲大社のホームページをみると「分社」と記載されていて「これはどうしたものか?」と疑念を持っておりました。
悩んでいても仕方が無いので、出雲の出雲大社に電話で確認したところ、正式な出雲大社教であることが解りました。
この3連休にでも早速出かけてみたいと思います。
どうもお騒がせいたしました。

投稿: おざ | 2012/01/07 10:03

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