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2004/07/21

たがが緩んだか、ロスアラモス研究所

 原爆開発の拠点だったロスアラモス研究所が、何かとニュースをにぎわしている。
「原爆誕生の地」ロスアラモス研、機密情報が行方不明に(朝日新聞04/7/16)
機密メールをネット経由で送受信 米ロスアラモス研(朝日新聞04/7/21)
米核開発拠点で連続不祥事、保安強化命じる緊急声明(読売新聞04/07/21)
Los Alamos Stops Work in Crisis Over Lost Data(NYTimes04/7/17)
Safety a Concern in Shutdown of the Operations at Los Alamos(NYTimes04/7/18)
After Breach, Lawmakers Tour Los Alamos(NYTimes04/7/20)
機密情報の流出という安全保障上の問題と、研修生が実験で負傷するという安全上の問題とで、米エネルギー省は総点検を命じるし、研究所の所長は、問題解決まで研究所の操業を全面停止するという非常措置をとった。この研究所を何度か訪問し、多少内情を知っているので、どんな研究所か紹介してみよう。

 研究所は、アメリカの中西部、ニューメキシコ州の山間部の僻地にある。州都アルバカーキーから車なら3,4時間。途中に観光の名所サンタフェがある。宮沢リエのヌード写真集で日本ではその名が知られている。インデアンの旧居留地や、西部劇の舞台になりそうな荒涼地帯を縫って、リオグランデ川沿いに登っていくと、谷の上の台地にこの研究所が突如出現する。12,000人の働く大研究所である。アルバカーキーから軽飛行機便があるが、風の強い日には飛ばない。飛んでも冷や冷やするくらい揺れることがある。空から見る研究所付近の風景は見たこともないほど異様で美しい。大きな火山から流れ出た火山灰の作る台地が手のひらを広げたように何筋かの狭い台地を作っている。そのわずかばかりの平らな場所に、研究所がある。この厳しくも美しい場所をことのほか好む科学者が多い。下の写真で中央やや右上の白い部分とそこから左へ谷を隔てて橋でつながっている部分とが、研究所の主要部である。この写真の上方、画面からはずれている部分に、火山の大きな火口がある。

040721LosAlamos
【画像をクリックすると拡大画像を見ることができます】

 もともと原爆開発を極秘裏にやるために、もっとも人里から隔絶した場所として、この地が選ばれた。当局から厳密な資格審査で認定された人しかこの地区には入れなかった。戦争が終わると、原爆のために開発された種々の装置が、最先端の科学技術に転用され、その意味でここは科学のセンターになった。私が何度かそこへ足を運んだのも、その関係の仕事である。しかし核兵器開発の中核研究所としての機能は持ち続けた。兵器目的と平和目的と、その境は厳重に仕切られていた。写真付きの入門バッチで入るのだが、それが何段階かに色分けされていて、どのバッチなら、どこまで入れるか、厳重に管理されていた。一つの建物の中に、ゲートがあって、一部は機密区画になっているなどということもあった。

 コンピューター時代になって、物理的な障壁で人や資料を管理するだけでは、機密管理がむつかしくなった。今回の事件も、二つのZipディスクが紛失したのと、外部につながったパソコンから機密情報を含む電子メールが発信されたことが問題となっている。いろんなルールが設けられているのだろうが、保安のためのルールを守ることと効率的に仕事を進めることの間で妥協が必要で、完璧な機密管理はかなりむつかしかろう。しかし、北朝鮮に限らず、核兵器の情報を何とか盗もうと、この研究所がねらわれているのは確かである。何年か前には韓国の研究者が機密文書をどうこうしたと問題になった。

 ソ連がアメリカにそれほど遅れずに原爆を開発をしたことが、冷戦時代の端緒となった。原爆開発チームに参加していたフックスというドイツ人科学者が極秘情報をソ連に漏らし、その情報でソ連の原爆開発は大いに助けられたという。天才物理学者として有名なファインマンは、20代で原爆開発に参加し、大いに貢献した人だが、いたずら好きで、研究所のロッカー破りを趣味とした。いかにたやすく機密情報を盗めるかを実証して見せて、オッペンハイマー所長を唖然とさせた。

 新聞によると、今回機密漏洩事件のほか、人身事故もあった。強力レーザーを使った化学実験をやっていた研究チームが仕事を終わり、レーザーの電源を切った(つもりだった)。ところがビームはでていた。20歳の女性研修生がレーザービームはないものと思って、ビームの経路に目を入れてしまったらしい。強力なレーザービームは網膜に傷害を与え、眼底出血の事故となった。この事故発生を知った所長は、全研究所を操業停止とした。実験装置をすべて止め、どうしたら安全と機密保持ができるか各部門で検討し、所長としてこれなら大丈夫と自信が持てるまでは、操業を再開しないという。

このような故意の規則違反は止めさせなければならない。そうするために何人もの首を切ることになるとしても、私はひるまない。規則がばかげているとか、それに従うなんてジョークだろう、なんて考える人は、今すぐ辞表を出して、私を楽にしてほしい。

と、ネイノス所長は全所員にいささか感情的な電子メールを送ったそうだ。伝統ある大研究所も何かおかしくなってきているようだ。

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コメント

読者からのご指摘があり、以下を修正します。

州都はアルバカーキーではなく、サンタフェ。
アルバカーキーからロスアラモス研究所まで3.4時間→約2時間。

現地を訪れたのは、十年以上前のことで、少しぼけていました。

なお、ロスアラモス研究所はいまだに業務停止状態。どのような手順で再開したらいいか、模索中の様子。

投稿: アク | 2004/07/30 12:01

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