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2004/08/12

石尊山に登る(続)

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【石尊山の山頂近くにある「おはぐろ池」。鉄分を含む赤茶色の水が溜まっている。向こうに見える山が石尊山の一部】

 赤滝の上の丸太橋を渡り、ほっとしたところで小休止しているうちに、私ら夫婦が取り残されてしまった、というところまでを先に書いた。さて、ガスはかかってくるし、遠雷は確実に聞こえている。どうも天気は悪くなりそうだ。ともかく上をめざし、先行の4人組の追いつかねばならない。登りはさらに急勾配になってくる。ここまでは石尊山めざして登ってきた道が、いまや石尊山の斜面に取り付き、ジグザグに登りはじめているようだ。

 しばらく行くと道の脇に鉄塔がある。スピーカーが四方に向けてつけられている。噴火の危険があるときに,ここから呼びかけるためのものだ。「血の池」と標識のでている平らな場所に出る。血の池とおぼしきあたりには、水はなく、湿地になっている。そこから一段上の狭い平地には、水たまりのような小さな池があって「おはぐろ池」と標識がある。赤茶色の水面とみずみずしい水辺の草との対照がいい。ここでまた小休止して写真を撮ることにした。折しも雲が少し割れて、陽を射してくれる。これではとても先行部隊に追いつけないが仕方がない。池の近くには「血の池弁財天」の石の祠があり、その脇には赤い幟が2,3本立っている。この池にしても、濁川(にごりがわ)にしても、鉄分を含んで水は赤茶色だ。この近くに濁川の源泉があるが、そこからわき出す水は透明だという。鉄分を含んだわき水が、空気に触れて酸化し、赤茶色(二酸化鉄)になるのだ。

 若い男性二人組が元気に登ってくる。先に4人が行っていることを告げ、出会ったら、あとからゆっくり登っていくと伝言するよう頼む。「登山口のカードに書き込みのあった6人のパーティーですね」と二人。どうやら、今日山に入っているのは、私たち6人とこの二人だけらしい。二人を追うように、また登りはじめるが、若い人には到底追いつけない。すぐに視界から消えたしまった。まもなく上から一人下りてくる人がいる。若い男性で、腕章から、野生動物・高山植物保護のパトロール員だと分かる。血の池のそばの空き地に停めてあった4WD車はこの人が乗ってきたのだ。「積乱雲が近づいていますから、雷に気をつけてください。早めに下山した方がいいですよ」と注意がある。4人はだいぶ先を登っているという。

 登山道は石尊山の北側に回り込み、裏から回り込むような道をたどっている。「危険・亜硫酸ガス発生地」と標識が立っているくぼみがある。登山路はその脇を通っている。足早に通り過ぎる。先ほどの防災無線からのチャイムが聞こえる。正午を知らせているのだろう。前の4人になんとか追いついて、一緒に昼食としたいところだが、どうも無理のようだ。二人だけで弁当を食べることにしよう。浅間山と石尊山との鞍部の平地からの眺めがよかった記憶がある。円錐状の石尊山を背後に、浅間山と剣が峰を間近に見ることができた。今日は雲で無理かもしれない。でもそこまでは行ってみて、お昼にしよう。すっかり足取りの重くなったみやを促しながら、登っていく。

 登山道を覆っている林の先が切れて空が見える。あのあたりが鞍部だな、と見当をつけるが、まだかなり先である。雷鳴が近づいて来ている。落雷の音も聞こえる。このあたりが限界だな、と腹を決める。腰の下ろせそうな岩が道ばたにあったので、そこに腰掛けておにぎりを食べることにする。暗い森の中、両側は密な林。わずかばかりのスペースを確保して、わびしい昼食をはじめる。先の二人が駆け下りてくる。「頂上まで登って降りてきたのですか」と訊くと、「いや、コル(鞍部、石尊平という名がついている)まで行ったのですが、それから先は雷が危なそうなので、引き上げてきました」という。「4人を見かけませんでしたか」と訊くと、頂上へ向けて登っていくのが見えたという。危ないな。大丈夫かな。それにしてもS夫人を含め、元気なものだな、と思う。二人は先を急ぐからと降りていく。

 ワイフのリュックのなかでおにぎりの包みがほどけて、おにぎりの一つがバラバラだ、とワイフは笑う。グロッキーでもよく笑う人だ。途中で待つとなった時に読むための文庫本が、ご飯粒まみれで無惨な姿になっている。甘いもの好きのワイフは、デザートにとマンゴーのゼリーを持ってきていた。それを食べようとしていたところへ、4人が駆け下りてくる。頂上まで行き、15分で食事を済ませ、雷と雨が怖いと、急いで降りることにした、という。S夫人は、ちゃんと頂上まで行けたのよ、えらいでしょう、と有頂天の笑顔だ。リーダーのM夫人は、早く降りなくちゃ、と決然としたまなざし。薦めたマンゴーゼリーをさっと口に入れ、ほとんど停まりもせずに降りていく。N氏は、私たちに付き合ったものか、みんなに付いていくか、迷ったようだが、先に行ってもらう。また私たちは置き去りだ。

 雷鳴はますます激しく、近づいてくる。こんな時、金属製品を身につけるのは危険だといわれている。時計、両手に持った登山用のストック、熊避けにとリュックにくくりつけ鳴らし続けてきた鈴などが心配だ。捨てるわけにはいかないし、ポケットやリュックに入れても雷が落ちるのは同じだ。そのまま行くことにする。

 おはぐろ池を経て、血の池に降りた先で、パトロール員が待っている。車に乗りませんか、という。先に行った4人と合流しなければいけないから、というと、4人から、私たち二人を乗せてあげて、といわれたという。ワイフとどうする?と顔を見合わせたが、ここで乗せてもらえるならありがたい。下りの道は登りよりは楽だろうが、膝にくる。足が前に出なくなっているワイフが、下まで降りきるのは難儀なことだろう。乗せてもらうことにした。白馬の騎士が舞い降りて、私たちを救ってくれたような気分だ。

 パトロール員は、土日には必ず登ってきて、私たちのような落伍者を最後にピックアップすることにしているらしい。この人と出会ってからだいぶ時間がたっている。私たちを心配して待っていてくれたのだ。市民マラソンの最後を行き、落伍者を乗せる救護車のようなものだ。

 林道と登山道が接近した場所で、降りていく4人が見える。大きく手を振って、拾われたよ、と合図する。4人の中には、乗りたかった人もいたろうに、こちらだけ楽してごめんね、とすまない気持ち。でも4人は元気に走るように降りていく。

 車は、ゆっくりとカーブした林道を、慎重に走っていく。先日来の雨水が流れ、林道の路面をでこぼこ削り取っているので走りやすくない。話をいろいろ聞く。営林署の人かと思ったら、軽井沢町役場の仕事なのだという。営林署は、山に人は入ってほしくない立場。町としては、せっかくの観光資源を大いに活用したい。そこでパトロールして、高山植物が荒らされたり、事故者がでないようにしているのだという。ふだんの日は登山者がいたりいなかったりだが、土日は、多いときには2、30人入ることもあるという。30年前に登った話をし、以前はこんなに樹木が生い茂っていなかったが、と聞くと、このところ浅間の噴火がおとなしいためだという。浅間山の裾野はたびたびの噴火で、樹木が大きく育つことがないのだそうだ。それでも去年火山ガスが南西にたなびいたときに、石尊山付近の唐松の若木が、すっかり枯れたのを見たという。

 熊の話も聞いた。追分あたりにかなりの数の熊が棲んでいて、人に危険が及ぶおそれがある。先日若い熊をつかまえた。ほんとうなら処分するところだが、若いので離すことにして、うんといじめてから、人里からずっと離れた場所に放置した。いじめて、というのは、芥子入りのスプレーをかけたり、離すときに大きな音を鳴らして脅したのだそうだ。人間は怖いものだと思わせておけば、人里には近づくまいとの考えだ。だが、もとの場所に戻ってきてしまった、という。今日はカウベルや呼び鈴を鳴らしながら登山したのは正解だったのだ。

 そんな話を聞いているうちに、大粒の雨が降り出した。まもなく土砂降りになる。ワイパーを最速で振っても、前方が見えないほどの降りだ。あの4人はどうしているか、傘は持っているが、この雨では役に立つまい。雷も怖いだろうな。雨宿りする場所もない。気の毒だがどうしようもない。

 雨が降り始めて5分ほどで、林道の出口にでる。ゲートの横木の鍵を外すためにパトロールの人は、車外に出る。それだけでずぶぬれだ。千メートル道路を、出発点の追分中央まで送ってくれるように頼んでいたのだが、この降りでは、そこから歩くのは大変だ。山荘の前まで送りましょうとの、パトロール員の親切な申し出をありがたく受ける。山荘脇の車道で降りる。道路は全面が小川のように水が流れている。ありがとう、助かりました、と何度も口にして山荘に駆け込む。

 山荘には留守番役のAとSが心配そうに待っていた。雷で停電もあったという。二人だけが先に下山した事情を話す。汗と雨でずぶぬれだ。シャワーを浴び、着替えてやっと人心地を取り戻す。1時間もしないうち、予想していたよりずっと早く4人組が帰ってくる。用意よくレインウエアをまとったM夫人以外は、文字通りのずぶぬれだ。MとS夫人が先頭を切り、N夫妻が後を追う形で、休む暇なく駆け下りてきたらしい。下り2時間半が標準所要時間だが、それをほぼ1時間半で降ってきたことになる。往きにあれだけ弱音を吐いていたS夫人が、雷と雨にせき立てられたとたん、しゃんとなって先頭を切って走り続けてきた。その豹変ぶりとスタミナに、ほかの3人がびっくりしている。もともとテニスをよくやる人だ。体力はあるのだろう。

 というわけで、70才を前にしての、おそらく最後となる石尊山登山は果たせなかった。高い気温と湿気のなか、山に取り付くまでのだらだら道を長時間歩いた。いざ本格的に登りとなる段階までにスタミナを消耗してしまったのが敗因だ。観光登山なら、滝のあたりまで、車を乗り入れるのを許すといいと思うのだが、そうなるとたくさんの人が登るようになり、俗化が避けられまい。やはりこの山は、こんな登り方のままがいいのだろう。

 4人は、雨に祟られたが、登頂を果たしたことで、気分が良さそうだ。今回の合宿中に石尊山に登るという計画は、N夫人の提案したものである。もともと登山好きながら、足腰の老化ゆえに山に遠ざかっているN氏と一緒に、老齢期を迎えて最後の山登りをしてみたい、との執念のようなものがあった。ご夫妻そろっての登頂成功は、さぞ感激的だったろう。感情表現の控えめな方たちだから、大げさなことはおっしゃらなかったが、頂上に立ったとき、雲の切れ間から間近に浅間山の一部が見え隠れしたこと、30種くらいの高山植物が咲くお花畑が見事だったこと、雷が心配でなかったら、もっとゆっくりできたのに残念、などとぽつりぽつりと話しておられた。

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コメント

石尊山登山の記事、いやはや面白かったです。(続も読みました)
一人一人を知っているだけに、様子が目に浮かぶようでした。

投稿: 三宅文子 | 2004/08/12 22:10

あれまあ、三宅夫妻もこのブログを読んでおられたのですか。これから、書き方気をつけなくちゃ。

投稿: アク | 2004/08/12 22:19

書き方をどのように気をつけられるのか、興味しんしん!?
連れ合いが読んでいるかどうかは知りませんわ。

投稿: 三宅文子 | 2004/08/12 23:12

最後の部分に、この登山行がレイさんの執念が実を結んだものだったことを書き加えました。

投稿: アク | 2004/08/13 10:25

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