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2004/08/25

能登への旅から

040825Wajima.jpg

【輪島大祭の一つ、袖ヶ浜で神輿が海に担ぎ込まれるお祭りのハイライトシーン。画像をクリックすると、拡大した画像を見ることができます。】

 能登へ写真撮影の旅に行ってきた。写真クラブのグループツアーだった。松本清張の小説の舞台になった断崖の西海岸、和倉温泉などの東海岸など、能登は見所の多いところだ。特に夏はお祭りがあちこちで行われる。その一つの輪島大祭をねらっての撮影旅行だった。時折激しく降る雨などおかまいなした行われた大祭は迫力満点だった。キリコ(切籠)と称する巨大な行燈のようなものを大勢の若い衆が担いで集まるキリコ勢揃いも見事だったが、袖ヶ浜の海岸での神輿入水は、日本の祭りの典型的なものであるが、なかなか魅せてくれた。

 海岸近くの神社に若い衆が集まり、拝殿から担ぎ出された御神輿が急な階段を下り、漁港近くの村落の路を一回りしたあと、砂浜に着き、神輿の前で神事が行われる。祭りはゆっくりしたペースで進み、聞いていた時刻よりはるかに遅れていて、あたりはもう薄暗い。やがて神輿は、この神事の間休養して勢いを取り戻した若い衆に担ぎ上げられ、砂浜を乱舞。そしてやっと神輿は海へ。海のなかでもひとしきり乱舞を繰り返したあと陸に揚げられる。それで神社に引き返すかと思うとそうではなく、再び海へ。若者のエネルギーが尽き果てるまで、何度となく入水を繰り返し、集まった観客やカメラマンを楽しませてくれた。撮っているうちにこちらも思わず、靴のまま海へ入っていた。そんな折りに撮った画像の一つである。

 神輿が海岸へ行き、海につかるという神事にはどういう意味があるのだろうか。神が海から来たと考えられるのだろうか。人々が遠方の地から神を戴いて、海からこの地に入ったからなのだろうか。各地にこのような儀式があることが興味深い。若者たちの入水の繰り返しは、海から来た神が、一年に一度の海との出会いを懐かしむかのようであった。

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  松本清張『点と線』と『ゼロの焦点』を読了。 両作品とも、舞台は昭和30年前後 [続きを読む]

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