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2004/09/23

華氏911

 今さら話題に取り上げるのも旧聞に属するのだが、遅ればせながらマイケル・ムアの評判作「華氏911」を観たので感想を書いておきたい。見終わっての率直な感想は、あまり上出来の映画じゃあないな、むしろちょっとえげつない映画だなあ、これじゃあ、ブッシュやその支持者には大してダメージにならないのじゃあないか、というようなネガティブなものだった。政治プロパガンダ色が強くて、偏っている。ユーモラスに作ろうと努力しているのは分かるが、ストレートな政治的主張が諧謔味を殺いでしまっている。ブッシュのアメリカがやっていることに疑問を持っている人にとっては、当然視している見方の繰り返しに過ぎないし、ブッシュ支持者には反発を招くだけだろう。肝心の中間にいる人にどれだけ説得力があるだろう。だいたいブッシュだって、いくら何でも、この映画が描いているほどお馬鹿さんではないだろう、と思われてしまっては、どれだけ映画のメッセージがまともに受け止められるだろうか。

 この映画が全米でドキュメンタリー映画としての上映成績の記録を作っているとの評判を聞くが、最近のブッシュの支持率の上昇は、この映画が期待したほどの影響を持つどころか、かえって反リベラルの側へ追いやっているのではないか。そんなことを思ってしまった。しかし、映画の全体と細部をあとで思い出してみると、アメリカという国のありように怒りを覚え、このような映画を作らざるを得なかったマイケル・ムーアの気持ちも理解できてくるのである。

 さまざまな記録映像のつぎはぎでこの映画が構成されているのだが、ムーア監督のいちばん強調したかったのは、軍隊に行くしか道のないアメリカの貧困階級出身の若者たちが血を流し、イラクの無辜の人々が命を失い、その一方でアメリカの政治・企業のお偉方がぬくぬくと利権や儲けにありついているという、この構造の不条理ではないだろうか。

 およそのことは察しがついていたのだが、いくつかのシーンは説得力があった。ムーア監督のふるさとであるミシガン州フリントの荒廃ぶり。これはゼネラルモーターズの自動車工場閉鎖によるものである。失業率は50%。そこに育つ若者は軍隊に行くしかない。志願者を募る募集係の下士官の説得工作ぶりを見せてくれる。スポーツ志願でも、ミュージシャン志望でもいい。軍隊を経由すれば、その後のキャリアが楽だよと、ことば巧みに勧誘する。そのことばに乗せられ、貧困からの脱出を夢見て、かれらは出かけていく。この町は、人口あたりのイラク戦戦死者の率が異常に高い。長男を死なせた母親の嘆きぶりが痛々しい。「神様、なんでうちの子が死ななくちゃあならなかったのですか」と神に問いかける。イラクでも誤爆で子供たちを亡くした母親が、同じことばでアッラーに問いかけているのは皮肉である。

 力強いリーダーシップと愛想の良さをテレビなどで見慣れているブッシュ大統領の素顔をいろいろな場面で映していた。このような映像は、既成マスコミは入手しても流さないのだろうが、ムーア監督は容赦はない。9/11の事件が起きたちょうどその時、ブッシュ大統領はフロリダ州の小学校の教室にいた。「かわいい子ヤギちゃん」なんていう絵本を生徒たちと一緒に読んでいた。事件の一報が耳打ちされる。直ちに動くこともせず、教壇の上で子供用の椅子に座ったまま、うつろで頼りなげな表情を7分間も続けたという。この映像は小学校が記録として撮ったものだが、誰もビデオの存在に気がつかず、ムーア監督が発掘したものだという。あるいは、テレビ演説をはじめる直前のブッシュの姿を見せる。こんななんでもない時間のほうが、本当の人間性が出てくるもので、その小心ぶりが露わにされ、ふだん見慣れている大統領像は、造られ演出されたものだとわかる。

 政権と利権の結びつきが鋭く追求されている。イラクで米兵が過酷な戦争を戦っている映像の直後に、復興支援ビジネスに群がる会社人間たちが豪勢なパーティーで接待を受けているシーンが流れる。副大統領チェイニーが会長を務めていた会社 Halliburton が、イラク戦の民間元請け業者としていかに儲けているかも暴かれている。ブッシュ家とサウジの支配階級との間の石油利権に関わる癒着関係がオサマ・ビンラディンの親族を含めて紹介される。9/11の直後に関係者として当然足止めされて追求されるべきサウジの有力者やその家族たちが、保護され帰国を許されたというのだ。眉唾にも思えるが(このあたりは、田中宇の国際ニュース解説(04/7/16)「『華氏911』とイスラエル」を参照されたい。これもまたうがちすぎに見えるが)、日本にも中国や北朝鮮と関係で利権を噂される政治家がいることだから、何でもありのアメリカにあって不思議ではない。

 しかし、書き出しで述べたように、真実らしきもののつぎはぎで、主張を作りすぎているのが目立つところが弱点だ。これについて問われたムーア監督は朝日新聞インタビュー(04/8/20)で、このようにいっている。

「これは事実を積み重ねたドキュメンタリー映画。プロパガンダ(政治宣伝)じゃない。スクリーンでは、ブッシュもラムズフェルド(国防長官)も、無名の兵士も、あるがままに登場させた。新聞やテレビが、それこそさんざん行ってきた戦争プロパガンダの解毒剤でもある」

「目下の目標はブッシュを政権から追い落とすことさ。だが最終的には、一握りの金持ちの支配からアメリカを救い出したい。超大国といいながら、子供の5人に1人が、まともな教育も医療も受けられない貧困の中で暮らしている。イラク戦争も、戦場で戦っているのは貧乏人の息子や娘だ。戦争を仕掛けた閣僚や議員、戦争で利益を得る石油企業の重役の息子らが、真っ先に行くべきなんだ。徴兵制は復活させるべきだ。そうすれば戦争はうんと減るだろう」

 戦争を推進する側も、ムーアのように反対する側も、アメリカという国は謀略宣伝合戦の国なのだから、その中に位置づけてこの映画を評価すべきなのだろう。圧倒的権力を持ったブッシュ・チームが巧緻な宣伝でアメリカ大衆を取り込んでいるのだから、この程度の粗暴な反権力宣伝を容認し、むしろサポートしなければいけないのかもしれない。

 Political Animal のこの映画への感想 (04/7/29)と、それへの追記(04/7/30) や、Paul Krugman による NYTimes Op-Ed(04/7/2)は、いずれも映画の宣伝臭を認めながらも、その中の真実に米国民が目覚めてくれるといいが、という観点で評している。

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<学歴詐称>古賀潤一郎議員が辞職願提出 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20040924-00000047-mai-soc... [続きを読む]

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