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2004/09/04

自己実現の夢が破れた雅子妃

 雅子妃が久しぶりに報道カメラマンの前に姿を見せた。ちょっと微笑んで小さく手を振っている姿が映っていたが、いったいどんな心境にいるのだろうか。皇太子の思いきった発言以来、その発言をめぐってさまざまな報道や意見表明がなされている。いくつかを読んだが、雅子妃の近況について、いちばん的確な論評は、雑誌「創」9.10月号に掲載されていた大塚英志と香山リカの対談「雅子妃騒動が浮き彫りにした象徴天皇制の内実」であると思った。

 いろいろな論点に触れていて、タイトルのように天皇制そのものが壊れるのではないのか、というあたりまで論じているのだが、私が注目したのは、この問題は一人の女性としての雅子さんが自己実現の夢に破れた悲劇ではないか、と鋭く指摘している点である。

 男女平等といいながら、男たちが主導する社会では、依然として女性は従属的な存在と見なされている。能力や意識の高い女性たちは、そのような男優位の社会の中で、さまざまなハンデを背負いながら、男に負けない自分のライフワークを実現しようとがんばっている。男には追求すべき自分の生涯と仕事があると大部分の男性は考えるのに、女性には一歩退いて、そのような男へのサポート役を務めるべきだ、という常識が世の中にまかり通っているのはおかしいと、彼女たちは考える。

 最近の世代(浩宮もその世代に属する)では、この点での男女差が消え去りつつある。特に能力や意識の高い女性だけではなく、ほとんどの女性は、男性と同じく自分の生涯を自分なりに追求しようとしている。そのことを古い世代の人々や男性一般が気づかないでいる。大塚はこう話している。

女性たちも男と同じように、ライフヒストリーや自己実現を求めているということ、こんな当たり前のことを、男の側は結婚してから知り、愕然としながら学習していく。それは世の中がかつて女性に求めてきたような「妻としての自己実現」の方向とは全然違うと。

 雅子妃が求めていたのは、このような自己実現であり、それを外務省官僚としてキャリアの中に求めていた。皇太子妃にと望まれながら、私が自分の生涯に求めているものは違うと断り続けた。しかし浩宮の熱心な求愛にほだされて、皇太子妃という立場で、何らかの自己実現ができるのではないか、と考えを変えた。表向き華やかなシンデレラストーリーに見えたであろうが、彼女が考えていたことは、ずっとそれであった。世継ぎ問題や宮内庁の無理解に悩まされ、自分の見通しが完全に間違っていたことを知った落胆が、雅子妃の近況を作りだしているのだろう。

大塚はさらにこのように語る。

自己実現をめぐってのモヤモヤしたものの、落としどころが見つからない。そういうところを雅子さんが抱えているんだろうなとは思うんだけど、男の側は答えを出せなくて、ただ浩宮のようにおろおろと、とりあえず妻の側を支持するというスタンスしかとれない。

 雅子妃の自己実現は完全に行き詰まり状態にあるというわけだ。浩宮は、そのような彼女を理解しながらも、どうしたらいいか分からない。その浩宮にすら、雅子妃は絶望を感じているのかもしれない。

 なるほど、自己実現を人一倍強い意志で追求しながら、それを果たせないことに絶望している一人の女性と、それをもてあましている優しい心の男性という図式で今回の問題を考えるときわめてわかりやすい。

 では雅子妃はどうしたらいいのか。大塚と香山は、大胆に、降りてしまえばいい、と奨めている。雅子さんがまず降りる。浩宮も雅子さんを追って皇太子という立場を降りてしまえばいい、とする。その先にあるのは天皇制の崩壊であるが、日本の人々にとって、案外それは平気で受け止められるのではないか、とまでいっている。

 私のように、戦中の空気をある程度知っているものにとっては、このような言説が自由になされること自体が驚きである。渡辺淳一は週刊誌で、浩宮夫妻は男と女としての関係は終わっているとまで書いているらしい。そのようにいうことがタブーではなくて、一方では君が代斉唱に起立して応じない教師が処分されるという世情は、何かちぐはぐに思える。ナショナリズムと天皇制とが乖離している。ナショナリズムを声高に言う人々にとって、天皇はいらなくなったとすれば、一つ神話が失せたということで(それは当然のことだったが)、ナショナリストたちよ、君たちの物語の根拠はどこにあるの?と問いかえすことができる。大塚たちがいっているとおり、現皇室は、まったく戦後民主主義的なあり方を体現しているし、今回の雅子妃騒動は、そのことをあからさまにしてくれたといえるようだ。

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コメント

雅子姫自己実現の夢破れてを読んで、デジタル型医師としての感想をのべます。雅子さまは並外れた賢明さと強い意思の持ち主で皇室に入る前に美智子皇后などの体験などを通して知っており、約10年の歳月無難に公務をこなされてきたとおもいます。ところが、愛子様出産後から様子が変わられ、宮内庁発表の適応障害(これは病名ではなく症状名)となったようです。分娩と強いストレスによる器質的病気が発病したと推測できます。1937年イギリスのDr.Sheehanが難産で脳下垂体壊死を起こし、死亡、ホルモン異常、精神異常を来たすことを最初に報告し、Sheehan症候群とよばれてきました。しかし、MRIなどの画像診断の出現で男性にも認められるようになり、難産だけが原因ではないことがわかりました。画像診断では脳下垂体がはいっているトルコ鞍が下垂体の壊死で空虚になることからトルコ鞍空虚症候群Empty Sella Syndromeとよばれます。まだじゅうぶん解明されていませんが、僅かなホルモン異常、精神ー神経系の異常を来たし、うつ症状、パニック症状、原因不明の痛みの原因となるようです。私は12年間で約50人の原発性トルコ鞍症候群の患者さん(女性38人、男性12人)を診てきましたが95%は元気になっています。器質的病気は必ず治療できますので雅子さまは近い将来げんきで公務にもどられるとおもいます。届いたかどうかはわかりませんが宮内庁関係者へ私見を出したりもしました。メヂアやジャーナリストが皇室や宮内庁が雅子さまを追い詰め適応障害にしたとさわいでいるが、デジタル型人間としての見解を述べさせていただきました。

投稿: 松本進作 | 2004/09/06 07:05

松本信作先生

コメントありがとうございます。「デジタル型とアナログ型」(04/8/10)で、ドクターSとしてご紹介したご本人の登場ですね。これを機会に、コメントをよろしくお願いします。

なるほど、お医者さんの見立ては、病因があっての症状であって、それは治るということなのですね。素人は環境と自己意識が病状を作っていると考えてしまいます。さて、病気が治癒されれば、雅子妃はこれまでの延長線上にある皇太子妃としての日常に戻られるかどうか。浩宮が勇気を持って指摘された環境の問題が改善されないと難しいのではないかと、私は思うのですが。

投稿: アク | 2004/09/06 08:42

松本進作先生
お名前を間違えて変換してしまいました。申し訳ありませんでした。「信作」は間違いです。
なお上記コメントの「デジタル型とアナログ型」(04/8/10)にリンクをつけておきます。

投稿: アク | 2004/09/06 09:16

興味深く読みました。
原発性トルコ鞍症候群でホルモン異常なく、うつなどの症状はどのようになおすのですか?
教えてください。金井秀行

投稿: kanai hideyuki | 2014/11/23 15:41

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