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2004/11/21

忘れもの哀話

 忘れものについてのしょうもない話を一席。
  
 出かけようとして、帽子がないのに気がついた。格好を気にして外出するときには、かぶることにしているセーム皮のハンティング。色はダークグリーン。どうも帽子は身につかないたちである。頭を締め付けられる感じが好きではない。だからすぐに脱いでしまう。屋内に入れば脱ぐし、乗り物に乗っても脱ぐ。すると置き忘れる。これまで、いくつもなくしている。

 このハンティングは、何度も失いそうになりながら、手元に戻ってくる、いわく付きのしろものである。街歩きグループで食事をした場所では、出たあとにこれが残っていましたよ、と世話係の人が持ってきてくれた。四谷坂町のそば屋で食事を終え、店を出て何歩か歩いたところで、女店員が、大きな声で「お客さん、忘れもの」と、このハンティングを振りかざしていた。上京の高速バスの中で置き忘れたときには、上野で降りてすぐ気が付いた。頭のあたりがなんだかすっきり、軽い感じがしたのだ。降りたバスは新宿のターミナルまで行く。地下鉄で先回りして、到着するバスを待ちかまえて取り戻した。

 今度は、どうも東京からの戻りのバスに、置き忘れたらしい。1週間ほど前のことである。記憶をたどってみると、その日はたしかに帽子を持って東京の自宅を出た。忘れてはいけないと、頭にかぶらずに、後生大事に鞄の中に突っ込んで持ち帰ろうとしたのを覚えている。それだのに置き忘れてきたとは、どうしたことだ。降りるバス停に近づいたときに、一度はかぶったのだろう。それをまたなぜ脱いでしまったのか。その覚えがない。雨が降っていたから、傘を用意した。それに気をとられて、帽子のほうへの注意がおろそかになったのかもしれない。

 ものを忘れるのは仕方がない。身の回りのものの管理に、十分気が回らないたちである。それが年とともにますますひどくなっている。忘れて、ものが失せるのは、老いながら生きていく際の、支払わざるを得ないコストだと考えて、ある程度なら許容していこうというのが、私の考えだ。のんびりと、気を安らかに生きていきたい。忘れものに限らず、やるべきことを忘れ、どこにものを置いたかを忘れ、読んだ記事がどこに出ていたかを忘れ、一度買って所蔵している本を2度買いするなど、ドジが増えている。それなりの対策はしている。しかし忘れものはどうしようもない。しっかりと所持品に気をつければいいのだが、そればかりを気にしていると、外出の楽しみがそがれるように思う。出かけてあれこれの用を足し、外の空気に触れ、それを楽しみ、刺激を受ける。家から離れて、のほほんとした気分、何か浮揚した気分になる。それが出かけることの楽しさである。その結果、多少の忘れものをしようと、まあ、仕方がないさ、と見過ごしたい。気を引き締めるより、のんびりと過ごしたい。そのために多少の罰を受けても、必要なコストなんだと思えばいい。

 ところが、しっかりものの女房殿は、それを許さない。忘れものをするたびに、えらく叱られる。しかも、過去の忘れもの歴を、その状況まで含めて詳しく記憶に留めている。ことあるごとに、頭の中にしまってあるブラックリストが持ち出され、過去の数々の過誤が披露される。女房殿には、わたしは至らない小学生のように見えるらしい。外出時には、忘れものをするなと釘を刺される。一緒に行動するときは、あれこれと指図が飛んでくる。こちらがちゃんと気をつけている時に、重ねて念押しされると、こちらだってムッとする。いったん私が忘れものをしたとなると、それを取り戻すため最大限の努力をさせる。あそこか、ここか、可能性のあるところへは全部、電話をかけるか、出かけるようせっつかれる。外国の某所で私が落とした財布を、彼女ががんぱって取り戻したという実績があるだけに、こちらは弱い(これについては、HP本館の「旅」の項目、中東欧旅行記34「ブダペスト延長滞在1日目」に、してやったりとの口調で書かれてしまった)。

 今回も、いつも通り、忘れた帽子を取り戻せと迫られた。気づいたのが、忘れものをしてから何日も経ったあとである。持ってきたつもりだが、ひょっとしたら東京の家に置いてきたのかもしれない。それを確かめるのに、さらに時間をかけた。水戸の自宅へ戻って、もう一度あちこちを探す。どうしてもない。そこでバス会社に問い合わせてみろ、とのご命令。仕方なく、電話をかけてみる。何月何日、何時何分の新宿発のバスに、これこれの忘れものはなかったでしょうか。あまり期待せずに訊ねてみる。女性の係の人が出て「ありましたよ。しかし保管期限が過ぎたので、警察の方に移管しました。遺失物番号はこれこれです」とのていねいなご返事。女房殿は、それみたことかと、満面の笑み。こちらはしょぼん。警察などという恐ろしいところへ行く気がしない。土日は警察の遺失物係の窓口は休みだろうとの口実で、先延ばししている。

 失せては、また手元に戻る、をくり返したダーク・グリーンのくたびれたハンティング帽は、警察の片隅で、寂しく眠っているのだろうか。

【04/11/22追記】 女房殿付き添いで、おそるおそる水戸署に出向いた。事情を話すと、「遺失物届けを出してありますか」と来た。忘れものをしたら、まずは警察に届けを出しておかなければいけないのだ。遅ればせながら、届けの書類をいただき、書き込んで提出した。その上で、届けられている遺失物と照合するらしい。待つことしばし。「JRバスさんから届けられいましたが、これは本当にあなたのものですか」。懐かしの帽子がその手にある。「あの、帽子の裏面に住所、氏名、電話番号が書いてあるはずですが」。「たしかに電話番号が書いてありますね」。これで一件落着。「遺失物受領証」なるものを書いて、捺印し、くたびれたハンチングが手元に戻った。なんだかとてもいとしい感じ。女房殿の言い付けを守って、小学生みたいに持ち物に名前や電話番号を書いたのが、役だった。この間、女房殿は満面の笑み。彼女の頭には、ペアで買い整えた赤のハンチング。「戻ったのは、バス会社さんのおかげですから、そちらの方に感謝の電話をしてください」と、警察官のありがたいご助言もいただいて、早々に警察署を出た。黄色く色づいた銀杏の並木が青空に映えていた。 

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コメント

アクエリアンの甥のyujinakです。
こういうエピソードはなかなか面白く読めますね。
うちの親父殿は齢75歳となり、かなりの忘れが増えてきています。ただししっかり者のおふくろがついていますので、大きな失態はないようですが・・・・・
やはりK保家の血統はしっかりしていますね。

投稿: yujinak | 2004/12/02 17:40

おや、U君。
今朝、しっかりもの一族のU君ママから電話があって、お話しをしたところでした。そちらは、とても繁盛して忙しいらしいですね。出かけていっても、ゆっくり話す暇もないとか。わが身に恥をさらけ出した話も、気分転換の読み物になれば結構なことです。

投稿: アク | 2004/12/02 17:58

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