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2004/11/25

柳原和子の、幸運な忘れもの物語

 トイレから新聞を手に、「あなたに似た人がいる」と、女房殿がニコニコしながら出てきた。この人は、トイレで朝刊をゆっくり読む癖がある。朝日新聞木曜日の「お金」欄に、柳原和子が、このところ連載している記事である。柳原は、医療問題を鋭い視点で書いてきたノンフィクション作家であるが、自らガンを患い、「ガン患者学」(中公文庫)などの著書で知られる。

 なるほど、「忘れ吻、落とし物の常習者である」という書き出しで記されている忘れもの歴は、私も脱帽である(私が忘れものについて前回書いたのは、帽子についてだった)。ある忘れものについての挿話がとてもいい。その部分だけも、朝日新聞を読まれない方に紹介したい。この記事(04/11/25)には。アサヒ.コムにリンクがないので、転載を許してもらおう。

 財布も数え切れぬほど落とした。いつにない金額が入っているとき、財布も消える。だが、なぜか財布だけは必ず戻ってくる。東欧崩壊直後、内戦の旧ユーゴスラビアでも落とした。長距離バスに携帯ケースごとパソコンを忘れた。中に5千ドルが入っている。すぐに諦めた。民族浄化、難民、虐殺、失業、治安の悪化等々、国際社会が旧ユーゴを敵対視している時代。5千ドルあれば国外脱出もできる。闇物資も買える。が、パソコンと5千ドルは戻った。
 届けてくれたのは元軍人ミーシャである。家に招かれ、温かい家庭料理をごちそうになり、激戦地での苛烈な経験を聞いた。数日を共に過ごし、平等の理想は宗教、民族を超えられず、強いられた理念は憎悪に変わる、と彼の個人史を聞きながらため息をついた。それにしてもきちんと掃除された居間、台所を飾る保存食。戦時下、人は営々と日常を紡いでいる、戦争と正義を戦場の残虐性からだけで判断してはいけない・…・・。ごく基本的なことを学んだ。落とし物も不運ばかりではない。

 これで、私も思い出したことがある。現在大統領選挙で混乱の渦中にあるウクライナを旅したときである。映画『戦艦ポチョムキン』で有名なオデッサの街で、レストランで支払いをすませたあと、おしりのポケットに押し込んだ米ドル札の束を、歩いている間に落とした。あまり高額の現金を持ち歩かない主義だから、百数十ドル程度である。それでも痛かった。青空市場でお土産ものを物色し、レースのテーブルクロースを買おうと決めたときに、金を落としたことに気が付いた。買う気が失せて、早々に集合場所に戻った。その間女房殿に、いたく叱られたことは勿論である。私は、柳原と同じように、すぐに諦めた。この貧しい国の誰かが拾い、彼らにとっては大金を、思わぬ幸せと喜んで活用してくれることだろう。それでよいと。柳原のエッセイを読んで、落とし物にもいいことがあると、意を強くした。
(オデッサでの落とし物については、女房殿が旅行記にしっかり書いてある。(HP本館の地中海・黒海クルーズの旅のページの左コラムの目次で「13.オデッサ(下)をクリックして、ご覧いただきたい。)

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