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2004/12/12

同期会に出て、人生いろいろを感じる

 高校同期生の忘年会があった。九州の高校だが、仕事や結婚で、東京やその近郊に住みついているものが多く、在京組同期会を続けている。毎月決まった日に、同じ場所で飲み会を続けている連中もいる。忘年会には30名ほどが集まった。表参道を全面ガラスの壁で見下ろすモダンな会場を借りて、イタリアンのご馳走にワイン飲み放題のパーティだった。酒とともに話が弾んで、今だからできる話というのがポロリと出た中で、驚かされたのは、若いころ左翼非合法活動に身を投じていたK君と、警視庁警官として彼を追う立場だったT君との因縁話だった。

 この高校同窓会については、一度HP本館の方に書いたことがある。県下随一の進学校であり、逸材も輩出している。私の同期生も多才である。その中でも、K君は、某学園の常務理事、某業界団体の理事、某区の市民運動家と、いまだに老いることを知らずに働き続けている。私は、仕事を離れて初めて人間としてのあり方が見えてくる、との持論を彼に話したりした。彼は、働き活動することにこそ自分の生きるすべてがあり、周りからそれを求められているという手応えを感じ続けながら、最後の最後まで働き続けるしか考えられないと、これまた熱く語り返した。さすがに髪や眉毛に白いものが目立つようになったが、ほかの誰よりも若く見え、仕事の現場から持ってきた活気を身辺にみなぎらせている。

 順番に短いスピーチをしたのだが、彼は自分の改名の経緯をはじめて明かした。Kという姓で、いまだにその姓が僕らにはなじみの名前なのだが、彼と同窓会で再会したときにはAという姓に変わっていた。養子になったのだろうと軽く考えていたのだが、もっと悩ましい事情があったのだ。

 彼は大学生時代、学生運動に入れ込んだ。最後には全学連の幹部だったらしい。少し前まで火炎ビンを投げていた共産党は、武闘革命方針を撤回したあとだったし、安保闘争以前だった頃だ。学生運動は比較的穏やかな時期だったと記憶している。しかし左翼運動の内部では、共産党の路線論争を反映して、熱い論争が行われつつあったようだ。ブントなどの懐かしい名前が彼の口から出た。どんな運動をしていたのかは知らない。ともかく彼は、いわゆる「公安」に追われる身となった。居所を変えても、常に身辺を監視する影を感じ、まともな会社や官庁への就職もおぼつかない。身の置き所のない不安定な生活を送ったらしい。

 ブラックリストから免れようとと、結婚を機に名前を変えた。その頃には、若気の至りの左翼運動からも離れていた。奥さんの実家の家業関連で業界団体の世話を手始めに、やり手だけに仕事はどんどんと拡大したようだ。そんな彼が周りから押されて選挙に出た。詳しくは聞かなかったが、区会議員か都議会議員だろう。もう過去はすっかり清算したつもりだった。ところが選挙となると、彼の過去をあばくものがいて、アカ呼ばわりされて、つぶされた。そんな過去を引きずりながら、めげずに今も精力的に社会活動を続けている彼のエネルギーに感心した。

 驚いたのは、同じ席にいた同期生の中に、彼を追う側のものがいたことだ。出身校のある県は、巡査や自衛官になるものが多いことで知られた県である。同期や前後の先輩後輩にも警視庁務めが多い。たしか防衛大学校の始まった年度だったか。第1期に入学を果たし、その後同校の教授になったのもいる。警視庁務めから探偵業に転じ、その方面の団体の総元締めになっているのもいる。

 K君と私との話を聞いていたT君が、お前らむつかしい話ばかりするなと、いささかの嫌悪感を露わにしてそばを去っていった。T君は高卒ですぐ警視庁に採用された。地方にいて、警視庁の警官になるのは誇らしいことだった。I君という秀才ながら愛嬌ものが、当時をおもいだして、お前は警視庁に採用が決まったとたん、街の盛り場を俺は警察だぞ、という顔をしてのし歩いていた、とからかった。肩で風を切って街を歩くほどのことだったのだ。

 そのT君が、いいかげん酒の酔いが廻った頃、私の耳元でささやくように話し始めた。いいか、お前は知らんかもしれんけど、Kはアカだぞ、付き合うのを止せ。俺は彼の裏の裏までよく知っているのだと、女性関係までほのめかした。Tが直接かどうかは知らぬが、組織として、彼と彼の仲間を、継続してウォッチする立場に彼がいたようだ。いまどきアカ呼ばわりなんて、時代遅れだとあきれたが、Tは真剣だった。

 ほとんどの同期生が70才か、その年を迎えようとしている。来年の3月末には、全員が古希を迎えたのを期に、出身地に帰り、地元や他の地にある同期生とともに記念会をすることになっている。卒業後四十数年、KとTのように対照的なあり方も含めて、それぞれに生きてきた。その過去を抱え、いまだに引きずりながら、酒を酌み交わしている。同期会の、ひいては人間の生涯というものの、不思議を感じたのであった。

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コメント

いやああ、、とても、感動しました。。ちょっと涙、、
私も、そのような、価値ある人生を送れるよう、、
精進して参ります。。。

すばらしい、コラムありがとうございます。。

投稿: kgm | 2004/12/12 23:34

kgmさん、引き続き読んでいただいているようで、ありがたいです。自分の道を探しながら、こつこつと歩いていくと、そのあとに自分なりの人生が残っていくものでしょう。同じ場から巣立って、さまざまな生き方を、それぞれなりに残してきたのだな、という感想を書いてみたのでした。

投稿: アク | 2004/12/13 07:07

まだまだですが、そうなれるよう頑張ります。!
言葉の一つ一つに、重みを感じます。。

ありがとうございます★

投稿: kgm | 2004/12/14 01:06

左翼運動など波瀾万丈の人生を送りながらも完全燃焼する方、古い価値観にとらわれながらつつがない一生を送る方、まさに「人生いろいろ」ですね。私も後から思い起こして悔いが残らないよう、よく考え、家庭に仕事に充実した毎日を暮らしたいと思います。

投稿: Aurora A | 2004/12/14 14:49

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