« 「新シルクロード」に中国発展の現状を見る | トップページ | 知るほどに疑念つのる温暖化 »

2005/01/04

研究者と老後

 年賀状代わりにと送っている近況報告『てとら』に、ていねいな返書をくださる方がいる。メールの場合もある。その中で、私がかつて研究者だった頃つながりのあったO先生からのメールは、自分の人生の転機とその後のことを振り返るきっかけとなった。この先生とは、ある時期、ご一緒に研究をしたことがあった。いや、ちょうど共同研究を始めたところで、事情があって私は研究から離れ、その後、別の道をたどった。先生はその研究を完成し、今なお発展させている。私より若い先生だが、大学を定年退官され、別の研究の場に移り研究を続けておられる。

 研究現場から早々と抜け落ちて、別のキャリアを歩み、今は退職後の老後を楽しんでいると現状を伝えた私に、うらやましいとおっしゃりながらも、ご自分の研究続行の現状を書き送ってくださった。今度は私がうらやましいと思う番である。こんな返書を送った。

 メールありがとうございました。
「てとら」をお読みいただいて、わざわざメールをお書きくださって恐縮至極です。メールに添付されていました外国人の研究仲間への Greeting Card で、先生の近況をもっとよく知ることができました。 Krumhansl 先生のお名前など、懐かしかったです。

 私が先生と研究面で関係ができた、ちょうどその頃から、私の「堕落」が始まり、研究者から抜け落ちてしまいました。そのなれの果てが現状です。もしあのとき管理部門に転向するなどということがなかったら、きっと先生ともっと研究を楽しめただろうにと残念です。あのころは、例の金属の格子不安定性は、私たちの側からも興味深い問題領域だと目をつけ、中性子散乱を使っての解明がお役に立つだろう、との予感を持っていたのでした 。しかし、ちょうどその時、私は研究現場から離れるのを余儀なくされてしまいました。あのまま続いていたら、私にとって別の人生があったと思います。その後、先生の方ではねばり強い研究を続けられ、深く極められたのでした。しかし研究の進展をフォローし、理解することすら出来ないままになっています。

 レビューの本をまとめられたとか、良いものが残りますね。きっとこれからのさらなる発展につながることでしょう。大学を定年後も、第2、第3とお仕事を続けられる場を得られているのは朗報です。歳には関係なく研究の第1線にとどまり続けてもらうことが、科学の世界にとってぜひとも必要な、第1級の研究者がいます。先生はそのお一人でしょう(2流、3流で、老害だけを垂れ流し、本人はさっぱり気づかない人も多いですが)。今後のますますの健闘を期待します。

 先生とつながりのできた頃、私は中性子散乱という実験手法で物質の構造変化の原因を研究していた。手法を中心に、解明できそうな物質群に目をつけて、研究対象にする。そういうやり方だった。一方、O先生は興味深い構造変化をする物質群(形状記憶合金がその一例)に集中して研究しておられた。研究の途上で、構造変化の原因を突き止めたいと私たちの実験手法に近づいてこられた。共同研究をやりましょうと、話が盛り上がり、予備的な実験に手をつけたところで、私は、社命で研究現場から企画部門へと移された。共同研究は他の人によって続けられたのだが、私なりにつかみかけ、発展させたかったアイデアまでは引き継げなかった。17,8年も前のことである。

 研究者を辞めたことは不本意ではあったが、その後の仕事で、それはそれなりにやり甲斐を見いだして、自分としては満足のいく生涯だったとは思っている。しかし、ときおり研究を完遂できなかったことを悔やむ気持ちが甦ってくることがある。続けたからといって、とてもO先生の業績には及びも付かないが、多少なりと何かはできただろう。今でもときおり夢を見る。研究現場にあって実験のトラブルに対処したり、人と研究上の議論をしたりしているのである。未練が夢にでるのだろうか。

 O先生は、その後も研究を進め、この分野では世界の第一人者として、国際的にも活躍しておられる。そんな研究者が定年で研究をやめてしまうのはもったいない。当然別の研究機関に移られて研究を続けておられる。いただいたメールにも、まだまだ研究を続けるが、日本の社会制度からすると、やがて研究から離れることも覚悟しておかねばならないだろう。まだそれへの心の用意がないと、私が「てとら」で吹聴している「楽しむ老後」をうらやんでいる様子なのである。

 研究者は研究一筋に集中する、寝ても覚めても研究のことしかない、という人が多い。O先生は人間味豊かな人で、そんなことはないだろうが、研究から離れたら何もない、という人がけっこういるものだ。私のように早々と研究から脱落した者のほうが、その点では割り切りがいいのかもしれない。

 年賀への返信メールをきっかけに、ある時点で交差したO先生と私との、その後の人生コースの違いを振り返ったのだった。なお、上に書いた仕事の転機そのもののことではないが、ホームページ本館に以前書いた「仕事を辞めるまで」に、仕事に対する私の考え方などが記録されている。

|

« 「新シルクロード」に中国発展の現状を見る | トップページ | 知るほどに疑念つのる温暖化 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/2466480

この記事へのトラックバック一覧です: 研究者と老後:

« 「新シルクロード」に中国発展の現状を見る | トップページ | 知るほどに疑念つのる温暖化 »