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2005/02/01

70歳になった

 今日が70歳の誕生日である。70という年齢の実感は、今はほとんどない。これが70というものなのか、1年かけてじっくりと噛みしめてみようかと思う。

 60歳の還暦を迎えたときもそうだった。そのまま、老年の仲間入りをした60代を、さしたる自覚のないままに過ごしてしまった。そして今度は70である。60代の自覚の欠けていた人間が、どうして70であり得るのだろうか。

 今年になって「遺言ノート」なるものを買った。じつは「新」がついていて、「新・遺言ノート」(KKベストセラーズ)なのだが、「新」はなぜだかおかしい。遺言など、自由形式で書けばいいのだが、ある程度、決まったフォーマットがあって、記入していけばいいようになっている、らしい。「らしい」と書いたのは、まだ、ひとことも書いていないばかりか、中身の点検もしていないからだ。とりあえず、これを買っておけば、いつ死んでもいいような気になってしまう。これは本を買うときの「つん読」癖のせいだ。興味のある本は、買っただけで読んだような気になってしまう。それと同じく「遺言ノート」を買っただけで、遺言を書いたようになってしまう。

 しかし、こんな冗談ではすまされまい。脳卒中や心筋梗塞が不意に訪れても不思議でない年齢だろう。ワイフは、もう何年も前から「遺言を書いておこうね」と、遠慮がちに提案を続けてきているのだ。相続が問題になるほどの資産があるわけではない。ただ、何も始末をつけないうちに、急な死を迎えたら、あるいは植物人間状態になったら、まわりの人間が始末に困ることは多少はある。尊厳死をどうするか。葬式をどうするか。墓は? 死亡をどの範囲に知らせるのか。会員になったり、定期購読したりしているもの、ネットやメールの関係、などの始末の付け方。考えてみれば一人の人間が死ねば、ややこしいことが多い。簡単に「はい、さようなら」とはいかないことがよく分かる。だからせめて「遺言ノート」なのである。明日から少し真面目に考えてみよう。

 昭和10(1935)年生まれである。もっとも早生まれだから、昭和9(1934)年生まれと同学年である。小学校5年生の時に、戦争が終わった。戦時の辛酸を幼いときに経験し、戦後、欠乏と希望との両方が、いっぱいあった時代に育った。小学校は国民学校で始まり、終わった。国民学校世代というらしい。新制中学からの新しい学制を初っぱなに経験し、新憲法と民主主義が最も輝いていた時代に青春を送った。同世代人には、1934年生まれに、美智子皇后、田原総一郎、山田太一、井上ひさし、石原裕次郎らが、1935年生まれに、大江健三郎、小沢征爾、柴田翔、畑正憲、久世光彦、筑紫哲也、堺屋太一、蜷川幸雄などがいる(以上有名人誕生日データベースで調べたもの、こんなHPを作ってくれている人がいるのだ)。名前を挙げた人々には、いかにも同世代の仲間だという共感を感じる人が多い。特に大江健三郎は、35/1/31生まれで、私と一日違いである。大学在学中に作家デビューしたのを鮮烈に覚えている。NHK会長を辞任したばかりの海老沢勝二も、34年で、同学年ということになるが、あのような経歴をたどった人もいるわけだ。

 パートナーのみやは、同学年だが、4月生まれ。10ヶ月ほど年長である。昨年4月に誕生日を迎えてからというもの、あなたは70代、私は60代だと、ことあるごとに年齢差を強調してからかってきたのだが、今日からは同じ70代。若さ(といっても目くそ鼻くそだが、きたない表現、失礼)を誇れなくなってしまった。十年後の再び巡り来るチャンスを待たなければならない。

 先ほど、70という歳を実感しないと書いたが、じつは近頃老いを感じるようになった。年賀状代わりの家庭新聞『てとら05年号』に、こう書いていた。

 そうはいっても、老いを感じることもあります。疲れやすくなりました。たとえば旅に出て忙しい一日を過ごした後などに、それを感じます。重い食事を食べた後には、胃に疲れを感じます。もの忘れがひどくなりました。言いたい言葉が思うように出てこないことがあります。時間があるからとじっくり取り組んでいるつもりなのが、じつはスローに過ぎないことに気付きます。そんな老化現象は自然のものですから、逆らわずに受け入れて、それに慣れていくしかないでしょう。

 能力は確実に落ちている。集中力が足りなくなった。あれもこれもと並行してことを進めることには無理があり、一つのことだけしかできなくなった。それだのにあれもこれもやりたい気持ちは捨てきれずにいる。いや、今でも新しい知識分野や問題に手を出してみたくなる。むしろ何を諦めていくかを真剣に考えなければならない時がきていると自覚する。それを一つ一つ哀惜の念をもって切っていくのが、70代なのだろう。

 一日先輩の大江健三郎のインタービュー記事が、彼の70歳誕生日にあわせて、昨日(05/1/31)の朝日新聞夕刊に『古希を迎えた大江健三郎さんに聞く・晩年の方向性が見えてきた』というタイトルで載っている。現在『さようなら、私の本よ』の3部作を書き始め、その完成を目指している。盟友だったサイードが、芸術家の晩年の優れた仕事の特徴は統合ではなくて、「失われた全体性」、カタストロフィーだ、幻滅と快楽とを、両者の矛盾を解決することなく提示できるのだと、指摘したことに「晩年の方向性」を見ている。3部作のタイトルは、「むしろ老人の愚行が聞きたい」「またしても火に焼き尽くされ」「初めと呼んでもしばしば終わりになる」だそうだ。面白い。早熟な出発をした彼が、「僕は晩熟の人間だった」といい、「老人は探検者になるべきだ」という詩の言葉に刺激されて、老人の『大勝負』を描くのだという。まだこれからだ、と考えているらしい大江にはとうてい及ばないが、私も私なりにやっていこうと刺激を受けた。

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コメント

アクさん

おめでとうございます。

私も2月の早うまれでしたが、まさか同じ月生まれだったとは?

何月生まれの人は・・・といった、一ヶ月を一括りにした運勢などが、良くお祭りで売っていますけれども、そうすると、アクさんと私は、同じ運命を共有していたのかしら?

それにしては、アクさんの方は立派すぎるじゃない?
運勢の神様もいい加減だなと、腹立たしいいけれども、大笑いです。

4年先輩ですが、60才の時は、まだ何かやってみよう、友達をびっくりさせてらろう、そんな野心がありましたが、74才になってみて、一番に心がけているのは、やはり健康です。

遺言は、夫に書くように勧めています。
6才年上の夫が、順番とおりに行くとばかり愚かな妻は、考えていますから。
最近、突然死のかたが身近にいて、世の中って、順番とおりには行かないものだと、つくづく思いました。

そのことから、私のとった行動は、浴室の暖房をしっかりしようと、心がけたことです。
70代だから、こうしようと言うには、やや拍子向けでしょ?

大江健三郎や、アクさんのような哲学的な事など、思いも寄りませんでした。すみませんでした。

投稿: 美千代 | 2005/02/01 15:34

いろいろあるけど
兎に角、誕生日おめでとうございます。

いつまでも若々しくいてください。

投稿: のぶ | 2005/02/01 21:21

美千代さん
運勢の神様は、美千代さんのように豪儀で包容力のある気質を、私には与えてくれませんでした。どちらがどちらを立派と見るか、まあ、議論はやめておきましょう。お互い寒い時期に生まれ、幼い頃は一年近くのハンデを背負い込んだ仲ですね。握手!

投稿: アク | 2005/02/01 21:30

のぶ
いろいろあるけど、とにかく、お祝いをいってくれてありがとう。

投稿: アク | 2005/02/01 21:33

若輩もの、まだ31ですが、、
おめでとうございます☆☆
日々、楽しみにしております。。。

投稿: kgm | 2005/02/02 00:42

アクさん お誕生日おめでとうございます。

時々、ここへお邪魔をして、教科書にさせていただいています。

70才とおっしゃっても・・、みやさんのお書きになったものからは、いたずらっ子のような印象をいただいていますので、ちょっと想像しがたいところがあったりなどして・・・笑。
いつまでも素敵なナイスシニアでいらしてくださいね。
今後ますますのご活躍を祈っています。

投稿: 沙羅 | 2005/02/02 10:54

kgmさん
ありがとうございます。最近は、「日々」はむつかしく、「ときどき」になっていますが、おつきあいください。

沙羅さん
「いたずらっ子のような印象」を感じていただいているのは、うれしいです。からかったり、おちょくったり、、時には毒舌を吐いたり、は、お互い楽しく生きていくための薬だと思ってやっていますから。でも、いつもやられる方はストレスが溜まるようです。

投稿: アク | 2005/02/02 17:42

ご無沙汰しております。物忘れの話しでは、芸術新潮の1月号に『気がついたらボケていた」なる一文が裏表紙に掲載されています。
曰く『老年になると、言葉は脳というコンピューター内で、1年間使わなかったら削除というスイッチが入って、どんどん忘れる。これに比べて、音楽家、画家、建築家などが年ををとってもしぶとく輝き続けるのは、言葉を使わないで、手を動かして勝負しているからかもしれない』と述べています。
 アクエリアンさんは、プロ顔負けの写真を撮られますので、言葉を多少失ったとしても、それ以上の武器があるわけです。
 しかし、文章を拝見しても、博覧強記の上に、筋金が通っていて、たいへん楽しく読んでいます。
 今後の尚一層のご活躍を祈ります。

投稿: 魔法使い | 2005/02/02 19:07

お誕生日おめでとうございます。
 私の仕事上の同僚は64歳です。いつも同室で仕事をしていてくだらない冗談を年中話しております。
 彼は化学出身のテクニシャンですが、いつも最新の分子生物学の手法や情報を私から貪欲に吸収しようと努力しています。『Tell me about....」と質問するのが彼の常で、「質問するのは恥ずかしいが、知らないのはもっと恥ずかしい」といいます。いつも彼は俺が大学を出た時は分子生物学のぶの字もなかったんだと笑って話しますが、私が彼の年齢になって同じように新しいことを貪欲に吸収出来るだろうかと感じます。彼を見ていると老いとは一体どのように定義されるのだろうと感じます。老い、老いというとあまり響きが良くありませんので、無理せずにやるというのでよろしいのではないでしょうか。何事も長続きするこつは無理しないことだと思いますが如何でしょうか。

投稿: Aurora A | 2005/02/03 02:23

魔法使いさん
おひさしぶりですね。続けて読んでいただいてありがとうございます。芸術をすることは人をぼけさせないないというご指摘、確かにそうですが、写真は作品を自分の手を使って作りだしていない、という点では、当てはまらないかもしれませんね。イメージ勝負で、大部分を機械が、それも最近では、デジタル装置がやってくれます。チャレンジ精神だけが若さを保持するのに役立つのかもしれません。私が書いたものを「筋金がとおって」と評価していただいたのはうれしいです。自分の考えを自分の言葉で明解に、と心がけています。

Aurora A さん
無理せずに長続きを、とのお勧めありがとうございます。知りたい、やってみたいという欲求は大いにあるのですが、それを満たしきれないのが悩むところです。最近は今からはじめても、と諦めることが多くなりました。分を知る、ということでしょうか。写真にしても、いつまでやれるか、魅力的な新しい機材を入手してもどれだけ使えるか、と見送り気分が先立つようになりました。話は別ですが、写真道場での Aurora A さんの作品はどんどんよくなってきていますね。感心しています。

投稿: アク | 2005/02/03 10:53

お誕生日おめでとうございます。引き続きの大活躍を期待しております。

投稿: 余丁町散人 | 2005/02/03 19:12

アクさん、遅くなりましたがお誕生日おめでとうございます。アクさんのホームページ(知・遊・楽の世界)、このmemorandumから伝えられてくる活動・行動等からは、アクさんが自分で言わなければ古希に到達されたとは誰も思わないでしょう。心身ともに若々しく過ごされてるのが伝わってきています。話は変わりますが、わが師、白根元のコラムではアクさんの思い、心情が伝わってきて私自身白根さんのことを前から知っていた方のような気分で読ませてもらいました。     ご健勝を祈ります。

投稿: ラッキー | 2005/02/03 21:14

余丁町散人さん
どうもありがとうございます。散人さんは、前の日にご自分の誕生日のことを書いておられたのでしたね。遅ればせながら、ここでおめでとうございます、といわせてください。誕生日は一日違い、奇遇ですね。もっともこちらは、はるかに年寄りですが。

ラッキーさん
コメントの書き込みありがとうございます。年寄りが、年齢のの自覚を失って、年寄りらしくしていないのが、最近の傾向でしょうか。それは、いいとも悪いともいえますが。白根元さんのエントリに込めた気持ちが伝わって、書いたものとしてうれしいです。

投稿: アク | 2005/02/03 21:53

遅ればせながらお誕生日おめでとうございます。
最近物忘れが激しいとこの間も書かれていますが、まだまだおじさんはしっかりしているほうではないでしょうか?今年の正月は台湾に行っていましたのでお会いできませんでしたが、水戸に行く際は是非とも寄らせていただきますのでよろしくお願いいたします。

投稿: yujinak | 2005/02/05 21:16

「70歳になった」はたくさんの方に、おめでとうのコメントをいただき、ありがとうございました。交信不十分の息子が登場したり、最後には甥が登場したり、にぎやかでした。いつもはかたすぎてコメントのいただきようがないのでしょう。みなさんありがとう。

投稿: アク | 2005/02/05 22:06

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