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2005/02/27

ポルトガルへ

 ポルトガルへ旅に出かけてくる。先日ニューヨークへ行ったばかりではないか、といわれそうだが、それは予定外の旅行だった。ポルトガルは、その前からの計画である。毎年ほぼ2回のペースで海外に出かけている。このところ、ヴェトナム、ミャンマー、そして去年のフンザ(北パキスタン)と、アジアに目を向けてきた。アジアは、人々に活気があって、生きる原型を見せてくれるような気がする。写真を撮る意欲もかき立てられる。私は好きだ。だが、問題もある。ソフィスティケートされていない分、やわな生活に慣れた身にはこたえる。まして老年者には。連れ合いのみやが音を上げて、しばらくアジアには行きたくない、という。私には平気どころか、むしろ楽しめたフンザの旅行(これについてはホームページ本館の方の旅日記掲載が完了しました。ごらんになってください)が、相当つらかったらしい。断崖の道を車が尻をバウンドさせたりして走るスリルが、こちらには楽しかったが、あちらには死ぬ思いをさせたらしい。溜まったストレスが回復するのにだいぶ時間がかかった。

 そこで、今度は、ポルトガルというわけである。特に何か目的や理由があるわけではない。ヨーロッパではまだ行ったことのない国である。古いヨーロッパを見ることができるという期待がある。もっとも、EUとなり、万博があったりして、ポルトガルもすでに昔のポルトガルではない、という人もいる。北部のポルトから、中央部のリスボンまで、ポーサーダ(古い宮殿などを改装した国営ホテル、主として田舎にある)を泊まり歩き、最後にリスボンで、4日間自由に過ごしてくる。人なつこく、食べ物は日本人にとって親和性があるという。その国を見、人々と親しんできたい。何を写真に収めてくるか。それにも工夫してみたい。

 いつも持っていくノートパソコンを今度は持たずに行く。写真画像のビューアー&ストレージの役割として必要がなくなった(単体でそれに代わるものが使えるようになった)。メールやインターネットなしで、旅に没頭したい。そんなわけで、しばらくこのブログはブランクとなる。3月16日に帰ってくる予定である。それまではoffということで。

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2005/02/24

年金生活者の確定申告

 所得税の確定申告は、会計計算に疎い老人には、けっこうきついものである。不慣れな作業で緊張を強いられる。準備からはじめると、ほぼ一日仕事である。郵送されてきたはずの源泉徴収票などを、もれなく取り揃えなければならない。しまい込んで見当たらないとあちこち探したりする。やっと見つけてほっとする。どこから手をつけたらいいのか、前年のことを思いだそうとする。「手引き」を解読しながら、ぽつりぽつりと計算する。間違えないように、2度、3度と検算をする。下書き用紙の欄をひとつひとつ埋めていく。仕上げたものを、もう一度間違いないか見直す。そして清書だ。さらに証明書の類を裏に糊貼りする。封筒に入れてポストに出しに行く頃には、鼻歌の一つも唄いたい気分だ。やれやれ、今夜は乾杯だぞ。

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2005/02/21

ヒルダとの再会

050221Steve

 【ヒルダと再会した友人宅とその庭。この斜面の先に大きな池がある】

 ニューヨークから帰ってすぐ、東京に出て二日ほど、あれこれの用事であわただしく飛び回り、水戸に戻る、といった常ならぬ日が続いている。時差もまだとれない。1週間後には、ポルトガルへの旅に出る。これは予定していた海外旅行シリーズもの。ふだんのペースでこのブログを維持できそうにない。先日の旅先で久しぶりに会った旧友とその家族のことを書いてみよう。アメリカのある家族物語、といったところである。イラク問題や大統領選などの渦中にあるアメリカ人ってどういう人たちなのだろう。もちろん一概にいえないが、たとえばこんな人たちが、その中にいるのだという実像を一つお届けしよう、というつもりである。

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2005/02/16

ニューヨーク行ってきた

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    【フェンス越しに見た世界貿易センタービル跡地】
  NY市に3日、ロングアイランドに3日。駆け足の旅から帰ってきた。短いが、充実した旅だった。明日から東京での用事があり、見聞をまとめて書くひまがないので、とりあえずのサマリーを。

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2005/02/08

ニューヨークへ

 明日からニューヨークへ出かけてくる。「わが師、、白根元の死」(05/1/25)に書いた、師のメモリアル・セレモニーが開かれる。地球を半周するほどの遠くだが、この人あっての自分、といつも思っていた。お別れをしに、何をおいても行かねばならぬ気持ちである。白根さんがほとんど大部分の研究生活を過ごしたブルックヘブン国立研究所の、研究施設近くのセミナーホールで、セレモニーが開かれる。仕事場で、多くの同僚、世界中にいる共同研究者、育てて祖国に送り返した日本の研究者たちに囲まれて、最後のお別れの会が開かれるのは、白根さんにとっても本望だろう。

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2005/02/07

Andrew Sullivan の休筆

 アメリカを代表する政治評論 Blog ”The Dayly Dish" の Andrew Sullivan が、しばらく休むと宣言している。知的でバランスのいい保守派の言論人として、いつも参照していたブログだった。ここでも何度か紹介している(「Blogosphere、ブロッガーが創った言論空間」「ブッシュはアンカーマンだと、Sullivan」など)。折々の政治トピックスについて、毎日数項目の的確なコメントを書き、自分の意見を表明する。そのブログを読みに行く人は、10万人を超えると自分でいっていた。その人が突然ブログを”hiatus(すき間、文章が欠けた状態)” にすると書いて、みなを驚かせている。

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2005/02/05

鹿島茂先生からの返書

 先日このブログに書いた「鹿島茂先生は、どうしてキュリー夫人をユダヤ人にしてしまったのだろう?」に、鹿島先生から返事があった。じつは、この記事のコピーに、手紙を添えて、先生の大学宛と、中央公論新社・中公文庫担当者宛に送ったのだった。先生からさっそくご返事をいただいた。

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2005/02/03

恵方巻きから,日本人の文化受容について考える

 今日は節分。今年は全国的に「恵方巻き」が大流行らしい。関東の辺地である水戸でも、スーパーやコンビニで、太巻き寿司を大々的に売り出している。つい2,3年前までは、関東にはなかった習慣だ。コンビニがはやらせたといわれるが、こういう慣習を、易々と受け容れてしまう日本人の習性が情けない。「俺は関東人だ、関西の、聞いたこともない変な縁起担ぎなどやれるか!」と反発する人はいないのだろうか。

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2005/02/01

70歳になった

 今日が70歳の誕生日である。70という年齢の実感は、今はほとんどない。これが70というものなのか、1年かけてじっくりと噛みしめてみようかと思う。

 60歳の還暦を迎えたときもそうだった。そのまま、老年の仲間入りをした60代を、さしたる自覚のないままに過ごしてしまった。そして今度は70である。60代の自覚の欠けていた人間が、どうして70であり得るのだろうか。

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