« ポルトガル旅行の写真撮影をふりかえる | トップページ | 大分へ、何十年ぶりかの「帰郷」 »

2005/03/29

社史、思い出を誘うが、没個性的なもの

 長年働いた組織から社史が送られてきた。今年の10月、他の組織と合併して新組織となる。ほぼ50年の歴史を持つこの組織の看板を下ろすのを機に、最後の社史をまとめることにし、それが完成したようだ。日本におけるある分野の創始を担い、業界の発展とともに、縁の下の力持ち的な役割を果たしたこの組織の50年が集約されている。

 私は、退職を機に組織とは距離を置き、一個人に戻って、もう一つ別の人生を歩もうとしてきた。そのことは、HP本館のあちこちに書いたし、このブログのいくつかのエントリにも反映している。組織にいたことを過去のこととして、一市民としての立場で、この組織と業界を見て、発言したいと思ってきた。

 しかし、生涯の大部分を過ごし、働いた組織の歴史に目を通すと、さすがに懐かしい。自分史の一部が確かにそこにある。年表やさまざまな事業の総括を読むと、そのいくつかに自分が関わった足跡をみいだす。じじつ二つ、三つの大きな事業の創設に関わった。その発展の記録を見るのは楽しい。

 執筆の依頼を受け、原稿を送った部分もある。今回は、一部については、現役が記録にもとづいて書くより、往時の当事者に書いてもらうという方針をとったようだ。表現の調子を全体として整える中で、丸められているようだが、確かに私の書いたものも、そこにあるようだ。

 社史を読みながら、いろいろと考えた。いったい社史とは何なのか。読みものではない。こんなものを通して読む人はいるまい。大型本(A4版)で、600ページほどある。公的なまとめとして、文献にはなるだろう。あとは、この組織に関わった人たちが、自分の関わった部分を見いだして、私と同じように懐かしむためのものだろうか。

 それにしても、社史の没個性的な調子はどうだろう。日本では、組織内で行われたことは、組織の力でやったことになる。組織内の一人一人は、どんなキーパーソンであれ、無名性の中に埋もれる。記載されている個々の研究開発を行ったのは、個人あるいはグループだが、名前は出ない。事業のきっかけを作り、興し、その発展に大きく寄与した中心人物の名すらでていない。全部組織がやったことになる。日本では、組織と個人との関係は、そういうものだということになっている(青色発光ダイオードの発明をめぐる中村修二氏と会社との係争も、そういう日本の企業文化が背景にあることを思いおこす)。私の属した組織にも、プロジェクト-X的なことはたくさんあった。ほとんどの仕事は、個人の発想と、グループのたくましい努力によって成否が決まった。あるいは管理部門にいて、事業の命運を分ける働きをした人もいた。そんな物語性は、社史にはない。社史とはそういうものだ。しかし無名性を脱した別の歴史物語があっていい、と思う。

 日本では、と上に書いたのは、たとえばアメリカで、同じような社史があるとすれば(そのようなものを目にしたことはないが)、きっとそれぞれの事業の始まりや発展を記す中で、個人の名前が前面に出てくるに違いないと考えるからだ。社内報や広報誌のような小冊子を目にすることはよくある。日本では、どこそこの部門で、こんな特筆すべきことがあった、と報じられるが、個人名はほとんど出さない。それが特定の個人の発想や努力によりなされたとしても、組織がやったことになるからだ。アメリカの社内報や広報誌では、どこの誰それがこのような画期的な成果を上げた、と個人中心に報じられる。私のいた組織の広報誌は、ある時から、ある程度方向転換をし、個人の名を表に出すようになった。珍しい例かもしれない。その組織にしても、公式的な社史ともなると、無名性に徹してしまう。

 そんなことよりも、この組織の50年が何であったか。そのことが大局的に語られていない。仕事は、1950年代の半ば、バラ色の夢の中で始まった。業界は大きく発展した。しかし一方では様々な問題もあった。部分的には挫折・行きづまりに直面しているともいえるが、関係者は、さらなる発展を目指している。そんな業界の中で、この組織は何を成し遂げたか、遂げなかったか、多額の国費に見合うものを社会に返したか。その観点での評価を、第3者に、おべんちゃらではなく、辛口で書いてもらったらよかった。しかし、これも社史にはなじまない部分なのだろう。

 この社史をもって、組織はなくなる。少なくとも組織の名はなくなる。これから新組織となっての発展はあるだろうが、私ら元在職者にとっては、卒業生にとっての母校がなくなったようなものだ。社史は亡くなろうとしている組織の墓銘碑のような気がする。

|

« ポルトガル旅行の写真撮影をふりかえる | トップページ | 大分へ、何十年ぶりかの「帰郷」 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/3483981

この記事へのトラックバック一覧です: 社史、思い出を誘うが、没個性的なもの:

« ポルトガル旅行の写真撮影をふりかえる | トップページ | 大分へ、何十年ぶりかの「帰郷」 »