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2005/04/30

温暖化対策が動き出すが

 京都議定書の批准国として、温暖化対策がいよいよ動き出す〈目標達成計画を閣議決定(05/4/30毎日新聞)〉。もっとも「目標達成計画」という名の努力目標を掲げたのに過ぎず、規制や環境税などの強い政策は見送られた。いわば及び腰でおつきあい程度の対策が動き出すわけだ。

 京都議定書による地球温暖化対策は、成功しないだろうし、抜本的に見直した方がいいと、私は考える。京都議定書さえ締結国が遵守すれば、地球温暖化問題は解決できると信じておられる方が多いようだが、とんでもない。とてもとても、そんなことでは、温暖化は止まらないし、先進国の経済は無為に傷つく。主な理由は4つ。

1.アメリカが参加せず、中国は何もしなくていい。そんなバカな。
2.シミュレーションによると、議定書による二酸化炭素削減シナリオが実施されたとしても、二酸化炭素濃度は減少しないし、温暖化も止まらない。
3.日本やアメリカでは、経済的損失も含めて削減にかかるコストが大きいのに対し、削減による便益が少ない。もっと最適化したシナリオが別にある。
4.そもそも地球温暖化の原因が、人間の活動による二酸化炭素排出のせいであるかどうか、不確実である。

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2005/04/29

シャラノキ枯れる

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 自宅の私の定位置から、はめ殺しの縦窓越しに、目を楽しませてくれていたシャラノキが、今年はいっこうに芽吹かない。近所にシャラノキの並木がある。昨日見に行ったら、若緑の葉を大きくを広げている。わが家のシャラノキは枯死したらしい。昨夏の猛暑のせいだろうか。

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2005/04/26

スピードを競う京阪神の電車運行が遠因か

 私の素人っぽい印象だが、東京首都圏に比べると、京阪神の電車は速い。競合する路線が多い。そこで所要時間を競う。車両を軽くし、大きな出力のモーターをつけて加速を早める。直線部で加速し、最高スピードを出す。カーブはきわどく減速して通過する。京阪神の電鉄同士の所要時間競争が、JR宝塚線(福知山線)の事故の遠因としてあるのではないか。

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2005/04/24

ネット歴17年記念日

 インターネット・プロバイダーの Nifty から、会員になって17周年、との通知があった。ほう、もうそんなに経ったかと、いささかの感慨があった。プロバイダーは、最初に加入したNiftyを続けている。ものぐさ、というか、何かを変えることにエネルギーを使いたくないので、同じプロバイダーにお世話になった。

 17年前というと、研究現場から離れて、企画部門に異動させられて、ちょうど一年経った頃だ。東京へ単身赴任して、ほとんど毎日、真夜中を過ぎないと帰宅できないほどの激務の時期だった。そんななかで、なぜパソコン通信などに手を出したのか、動機を思い出せない。

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2005/04/20

大分で会った友人たち(3)

 古希を期に高校同期生が集まった折に、50年以上の時を隔てて再会した旧友たちのことを書いている。今回は女性の同期生3人のことを書いてみよう。水彩画家のTaさん、声楽と朗読ボランティアのKさん。そして、もと女子アナで、朗読指導者として活躍しているToさんである。

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2005/04/18

日本と日本人は嫌われている

 中国各地での暴動について、さまざまな言論がなされている。中国当局が国内世論に配慮して厳しい取締りを避けている結果だとか、国内に鬱積している共産党政権への不満がこのような形で暴発しているのだとか、である。一応納得がいく。しかし私はもっと底流を見たい。韓国で起こった事件も含めて、日本と日本人が、近隣諸国から嫌われているのだ、という側面に注目する。ふだんは表に出ない潜在意識のようなものがあって、今回それが顕在化したのだと理解する。そうだとして、これについてどうしたらいいか、対応策はないだろう。そのような嫌日気分の中で、今後も近隣諸国と付き合っていくしかない、と考える。

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2005/04/16

郵貯の攻防

 郵貯改革は、小泉改革の本丸といわれるが、それほどの問題ではあるまい。年金とか近隣諸国との外交とか安全保障など、もっと優先されるべき問題があるのではないか。自民党の大騒ぎを、そんな考えで、冷ややかに見てきた。しかし小泉首相と抵抗勢力との対立は尋常ではない。これまでの道路や地方分権などの改革では、テキトーな妥協をしてきていた。改革を期待する国民の立場からすると、肝心のところで既得権が手厚く守られ、名ばかりの改革に終わってしまったと、裏切られた気持ちできた。しかし、今度の自民党の首相への抵抗の激しさを見ると、郵貯改革は、見かけ以上に自民党の何か琴線にふれているな、と思えてきて、叩かれている竹中担当大臣と、小泉首相を応援したい気になった。

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2005/04/12

Aurora A さんのコメントに注目

 「法王死去で考えたこと」のエントリに、Aurora A さんが、コメントを書き込み、私が答え、というやりとりが何度かあり、出だしの「法王死去」から離れているが、いい議論の展開になっている。一つのコメントが、エントリ一つ分くらいの長さがあって、話題も多岐に展開されている。Aurora A さんは、アメリカの研究所で働く生命科学分野の研究者だ。もともとは、インターネット上の写真仲間として知り合った。

話題にされているのは、たとえば、こんなテーマである。

・アメリカの宗教保守の圧力が、生命科学研究(例えば Stem cell 研究)の足かせになっていないか。
・米国の政府予算は、軍事優先で、科学技術予算が削減されている。
・アメリカの大学や大学院で、自然科学志望のアメリカ人学生が極端に減り、アジア系が目立っている。
・研究費が乏しくなるにつれ、研究評価が厳しくなり、それが研究現場に悪い影響を与えている。
・日本は生命科学分野で遅れをとっていたが、大きな研究予算が投じられるようになり、最近は日本人の業績が目立つようになってきた。いつまで続くかは疑問だが。

Aurora A さん、さらに続きのコメントがありましたら、新しいエントリを立てましたから、こちらへ書き込んでください。

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2005/04/11

大分で会った友人たち(その2)

 「俺は、ふりかえってみて、本当にいい生涯を送ったと、つくづく思うな。もう一度生まれ変わって、やり直しができるとしても、今までの生涯をその通りにやり直したい」と、I君は、あっけらかんと言い放った。先日大分であった古希記念の同期会で、同じテーブルを囲み、いろいろと話し合ったときのことである。

 「ボッチャン」というあだ名の彼は、無邪気で、開けっぴろげで、誰とも隔てなく付き合う、じつにいい奴だ。あだ名は、漱石の「坊ちゃん」からではなく、いかにも良家のおボッチャンらしい表情、振る舞い、人柄からきている。クリッと愛らしく、またいたずらっぽい目つき、色白の顔立ち、無邪気な振る舞い、自由闊達なもの言いなど、戦後の混乱期にあった田舎の高等学校では、群を抜いて目立つ存在だった。秀才である。勉強熱心でできるというより、頭がよく、格別勉強などしなくても抜群の成績を上げられる、というタイプだ。

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2005/04/10

映画「永遠(とわ)の語らい」

050410Towano

 ポルトガルに旅をしたこともあって、にわかにポルトガルづいている昨今、評判の映画「永遠の語らい」を昨日観た。水戸芸術館で2週間後にあるファド歌手クリスティーナ・ブランコのコンサートの関連で、映写会をしてくれたのである(上記リンクはAmazon販売のDVD紹介)。

 観ながら、そして見終わって、なんとできの悪い映画なのだろうと、期待していただけにがっかりした。それが第一印象である。しかし、くりかえし思い直してみると、現在96歳で現役のオリヴェイラ監督が、2003年に作り、ヴェネチア映画祭に出したこの映画で、何を言いたかったがだんだん分かってきた。西欧人が今、イスラム世界起源のテロリズムに出会っての衝撃、理解不能をそのまま描写したかったのではないかと。

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2005/04/09

法王死去で考えたこと

 私は脱宗教をしたものであり、今は無宗教というより、もう少し積極的に反宗教を主張しているのだが、今回の法王の死去に対する世界全体の大きな反応を見ると、宗教なるものの現実的な力をあらためて考えてしまう。カトリックという宗教のおかしな姿、それが人間現実に巧みにあっているということ、そして現実世界に対する影響力の大きさなどについてである。

 宗教は、どれであれ、常識では理解できない奇妙なところがある。中でもカトリックは変な宗教だと、私は常々思っている。カトリックの真面目な信者さんには叱られるかもしれないが、こんな宗教を信じるなんて、私の理解を超えている。また一方ではこうも思う。こんな変てこりんな宗教が存在するのは、人間なるものがそもそも変てこりんなものだからだ、と。

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2005/04/07

大分で会った友人たち(その1)

 大分であった同期会で、何年ぶりかで出会った友人たちのことを、書き留めておきたい。個人的な思い出話になるが、お許しいただきたい。

 まずはWのことから。彼が今回の同期会の推進役だった。彼なしには、会そのものが行われたかどうか、と思えるほどだ。世話人会を組織し、何度かの打ち合わせを行い、多くの実務を彼自身がやり、一部は地元の世話人に役割分担をさせ、2百数十人出席の記念会と、翌日二つのコースに分かれての親睦バス旅行を実現した。記念会の進行全体を裏で差配し、翌日の親睦バス旅行では、リーダーかつガイド役を務めた。旅行では、細かいところまで配慮が行き届いていて、みな感心したものだ。湧水に行けば、大小さまざまのペットボトルを人数分だけ用意してあり、それをぶら下げるボリ袋まで使用済みのものをきちんとたたんで持参してあった。途中で銘菓を買い求めて、味わわせてくれた。高原レストランでは、二人ひと組となり、ステーキとビーフシチューの両方を賞味できるようにし向けてくれた。こんな心配りの人だったかと、あらためて見直した。

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2005/04/05

雑誌『風の旅人』の定期購読を更新して

 このブログで何度か紹介してきたが、雑誌『風の旅人』を愛読している。いまどき希有な雑誌だと思う。映像を主体とした雑誌だが、単なる写真雑誌ではない。問題を投げかけてくるテーマ性のある雑誌だが、社会問題を主とするグラビア誌とは違う。風土と文化を中心に据えているようだが、既成のいかなるものの見方の枠にも収まらない、独自の「自然−人間」観を問いかけている。深い思索を求めているようでいて、決してその方面の専門を目指さず、誰でもが読め(眺め)、理解できるものを目指している。大衆性を求めず、大衆に訴えている。編集者佐伯剛がユニークな方針にもとづいて創っている雑誌だが、優れた映像作家と執筆者をして、言葉を超えたものを暗喩的に表現させている。その指し示すものを、どう受け止めるのかは、読者に委ねられている。表現者と編集者の意図を、私が的確に受け止めているとは、とうてい言えないのだが、いつも強い刺激と、多くの示唆を与えられている。

 2年の定期購読期間が終わり、編集者佐伯剛の名前で継続依頼の文書が届いた。さすがユニークなものだ。「この世知辛い時代に、『風の旅人』のような雑誌を読み支えていただき、心より感謝いたします」との書き出して、こんなことが書いてある。

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2005/04/04

大分へ、何十年ぶりかの「帰郷」

 大分市は、幼年から少年の時期を過ごした思い出多い場所である。小学校4年途中から高校2年までを、そこで過ごした。米軍機が市内を焦土と化した空襲、その果ての終戦、食糧不足の中での買い出しや代用食、新憲法と民主主義の到来、学制改革による新制中学と新制高校のスタート、朝鮮戦争による復興景気・・・・そんな変動の時代のすべてをそこで経験した。栄養不足のせいか、極めて晩生(おくて)ではあったが、この場所で私は、青年への生長を始めたのだった。

 旧制の中学と高女が統合されて、市内に唯一の高校ができて、そこに進学した。市の中心部から少し南に離れた丘の上にある旧制中学の古めかしい校舎が、私たちの学びやだった。3年生になってすぐ、父の任地が変わり、東京に転居した。だからその高校の卒業生ではない。この高校の同期生が、古希を迎えたのを機に、みな故郷に集まろう、という催しがあり、卒業生でない私にも声がかかった。明日大分に出かけるのはそんなわけである。

(このエントリは、3月30日に東京自宅から書き込もうとしたものなのだが、手持ちのノートパソコンが故障し、予備に置いてあったパソコンから書き込もうとしたところ、これがWindows95という古いシステム。メールはできても、cgi形式の書き込みに対応していなかったため、入力できなかった分である)

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