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2005/04/11

大分で会った友人たち(その2)

 「俺は、ふりかえってみて、本当にいい生涯を送ったと、つくづく思うな。もう一度生まれ変わって、やり直しができるとしても、今までの生涯をその通りにやり直したい」と、I君は、あっけらかんと言い放った。先日大分であった古希記念の同期会で、同じテーブルを囲み、いろいろと話し合ったときのことである。

 「ボッチャン」というあだ名の彼は、無邪気で、開けっぴろげで、誰とも隔てなく付き合う、じつにいい奴だ。あだ名は、漱石の「坊ちゃん」からではなく、いかにも良家のおボッチャンらしい表情、振る舞い、人柄からきている。クリッと愛らしく、またいたずらっぽい目つき、色白の顔立ち、無邪気な振る舞い、自由闊達なもの言いなど、戦後の混乱期にあった田舎の高等学校では、群を抜いて目立つ存在だった。秀才である。勉強熱心でできるというより、頭がよく、格別勉強などしなくても抜群の成績を上げられる、というタイプだ。

 理数系では、私がリードしていたと思うが、文系科目では、彼に一目おいていた。それでも彼は、「お前はあのころ、斉藤秀三郎の『英文典』なんていうのをいつも読んでいて、俺はかなわないと思っていた」などといっていた。そんな本を勉強した覚えがないから、誰か別の奴と取り違えているのだろう。この高校へ多数の入学者を送り込む中学が、市内に二校あって、お互いに競り合っていた。彼はU中、私はS中と出身中学を異にするライバルだった。

 彼はたぶん私大に進んだ。卒業後、文系ながら自動車メーカーに就職した。技術優位の会社で、彼はどんな仕事をし、コースをたどったか、彼から話しを聞いたことはない。卒業後何年かたってから、同期で年に一度程度集まるようになったが、彼は滅多に会に顔を出さなかった。私も皆勤ではなかったから、すれ違いが多かったのかもしれない。彼と親しくしている連中から、あいつは恋多き男だ、と聞いた。大学に入ってすぐ、彼は年上の女に「飼われて」いる、というような噂を聞いたのを思い出した。その会に、彼が相変わらずの童顔で、久しぶりに現れたとき、「女って、しょせんアナだよな」と宣(のたも)うて、うぶな私を驚かせた。げんこつを突っ込むような仕草をしたが、彼だとそれが、卑猥でもなんでもなく、無邪気に見えた。

 今度会ったとき、「俺は常時7,8人の女に同時並行で惚れていた」と、またもや唖然とすることをいって、私を驚かせた。以前、私に「お前の姉さん綺麗だったよな、俺、惚れていたんだ」といったことがあった。一つ年上の姉は、ごく平凡な顔立ちで、誰かに惚れられたというような話しを聞いたことがない。彼はやたら惚れっぽく、会ったり、見かけた女性の魅力的なところの見つけ上手で、すぐ惚れ込んでしまうたちなんだ。そのレベルで、何人かの片思いの女性を常時持っていた、ということだろう。それにしても、そんなことを堂々と言えるのはすごい。

 こんな話のあと、冒頭の「本当にいい生涯を送った」発言が飛び出したのである。齢70になって、生涯に悔いがないだけではなく、いい生涯だったといえるのは、希有な奴だ。男は、仕事での成功や充実感をもって、生涯の善し悪しを計るのが普通だが、彼のは、それも含めて、女性関係での満足感をいっているように聞こえた。全く幸せな奴だ。女性に惚れ続けて、脳の若さを保ち、こいつは長生きするだろうなと、相変わらずのボッチャン顔をじっと見つめた。

(匿名で書きたかったが、ボッチャンというあだ名を出さずには、この話は成立しない。それを書けば、仲間には誰のことか分かってしまうだろう。ごめんよ、ボッチャン!)

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