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2005/05/26

ちょっと小旅行

 提出期限付きの写真作品の用意、グループ写真展の準備などに追われ、パートナーは裂織や旅行記の執筆に追われる中で、暫時の休養をとろうと、2泊の小旅行に出かけた。短距離を高速道路で移動することで、短時間のドライブですませ、ゆっくり温泉で休もうと、ごくごく近場を選んだ。やむをえず車は使うが、ドライブは好きではない。泊まるところは、大きな観光ホテルは敬遠する。さりとて民宿は居心地が不満。というわけで、隠れ里的な旅館を狙ってみた。なかなか思うようにはいかなかった。旅館やホテルは、夕方着いて一泊し、朝早々に帰っていく客を想定している。毎夕同じような宴席メニューでもてなすに違いない旅館に連泊する気は、こちらにもない。ゆっくりと逗留し、のんびりと温泉を楽しむなどというのは無理だった。結局、日中はあちこちと動き回ることになった。常磐自動車道を水戸から北に向かい、初日から二日目にかけて、北茨城市あたり(自宅から1時間もせずに着いてしまう)、二日目から3日目にかけては、福島県の浜通り(富岡、双葉、大熊)あたり、を見て歩いた。温泉はまずまず。食は、私たちがふだん食べる量の2,3倍が供されるのにはまいった。もったいないとがんばって食べたら、帰宅後の計量では、1.5キロも増えている。これから減量に励まなければならない。以下見聞のサマリー。

 北茨城では、
・野口雨情が育ち、愛した磯原風景(天妃山や大北川河口)
・野口雨情記念館(誰もが口ずさみ、懐かしく思う童謡の数々、「七つの子」「赤い靴」などを作詞した雨情の放浪の人生を知る)
・大津港漁港で、小規模漁獲の競りの様子(地方漁港の漁業の実態や、漁業を下支えする女性たちの働きぶりを見た)
・五浦(いずら)風景(岡倉天心や横山大観が愛した、入り組んだ入江、断崖の連なる風景。大きなホテルが断崖上に立地し、かつてあった自然のままの風景が大きく損なわれてしまったのは残念)
・茨城県天心記念美術館(天心をテーマに県が作った立派な施設、明治の文明開化の時代に、日本美術の伝統的価値の見直しと外国への紹介者、美術の行政面での指導者としての天心をあらためて知る。良い時期に良い人材が働いた実例。西欧に対するアジアの対置と称揚の考えが、その後戦時イデオロギーに利用されたか)
・茨城大学五浦美術文化研究所(天心邸や日本美術院研究所のあと、ここの建物は自然に溶けこんでい邪魔にならない。ホテルと対照的)
・平潟漁港(江戸時代には、北からの回船船着き場だった良港、今は小規模な漁港と観光でもっている。温泉が出て、旅館や民宿が多数。ここに泊まる。良い営業をして成功している旅館のようだ)

福島では
・阿武隈山地に入った玉ノ湯温泉に宿泊。山奥のひなびた温泉宿の風情を楽しむ。暖めた鉱泉だが、肌がぬるぬるする、温泉らしい湯。美人の湯だとか。泊まり客は私たち以外にいなかったようだ。温泉にはいりに、朝から地元客が出入りしている。
・双葉バラ園。ここは東北。まだバラの時期が到来していない。わずかばかり咲いているバラを探し歩く。園側が気の毒がって、コーヒーの無料サービス。
・東京電力の福島第1,第2原発によって、僻地のこの地方の経済が支えられている様子を実感。
・東電の原発広報館(東電エネルギー館)を見る。掲示物の原子燃料サイクルには、プルトニウム利用はごく控えめにしか書かれていない。高速増殖炉サイクルは、全く触れられていない。広報上の配慮と見たが、このあたりが電力の本音か。

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