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2005/06/26

肯定-否定の軸に、考えの深さの軸を

 前回書いたエントリを再考するヒントを、美千代さんのコメントからもらった。美千代さんのやんわりとした表現を、身も蓋もなく言ってしまえば、「なんだか難しそうに書いているけど、そんなことみんな分かっていることよ」としていいだろう。その通り。「肯定主義」などと難しそうに言っているが、私たちが毎日普通に生活していくのに、当然の考え方なのだ。そこでちょんにしてもいい。だけど、そうもいかないともう少し書いておきたい。

 人は「考える葦」(パスカル)である。日常生活の中で「なぜ、こうなのか」「どうしたらいいのか」を考える。考えたことを交わしあう。お互いに意見が合わない。えらい人がいて、それはこうだよ、と教えてくれる。納得いかないとまた考える。政治のこと、経済のこと、人間関係のこと、自分の生き方のこと、あれこれを考える。考えを深めると、それらのことが相互に関連して、見えてくるものがある。本や雑誌・新聞だけでなく、最近ではブログでいろいろな人の意見を読む。広く深い意見の持ち主がいて、感心してその所説を読みふける。

 そこで感じるのは、考えることの深さのレベルである。たくさんのことを知っていて、難しい専門用語を使って、分かったようなことをいう人が、必ずしも考えが深いとは思わない。思想などに縁がない日常人だが、経験に根ざして、じつに深い考えを持っている人がいる。そのような人を含めて、考えの深い、浅いを一つの軸の上に配置できるとしよう。無理は承知で、そう考えてみよう。

 この考えることの深い浅いの軸と、前回紹介した須原一秀の肯定ー否定の軸とを縦横で考えてみる。非常に大雑把なだが、2次元の座標軸である。さて、この座標のどこに自分がいるか。また、あの人、この人はどこにいるように見えるか。考えてみると面白い。

050626Illust


 須原によれば、、世の中の知識人、ジャーナリスト、正義感に駆られてものを言う人などなどは、おおむねBのあたりにいるのではないか。もっとも、一見考えが深そうでいて、じつは浅くてCにいる自称知識人もいよう。それに対して、健全な一般大衆の平均値は、Dにいると考えて良い。先に言ったように、考える、とは、別に学問的に、ということではないから、市井の賢者でAに位置づけるべき人もある。

 須原は、知的世界では、一般に、Bにいることを尊しとしているようだが、そうではなく、Aが、ものを考える人の立ち位置であるべきだと,勧めているようだ。

 別に思想の言葉が要るわけではない。しかし、高尚な思想の言葉をあやつる知識人、学者の言うことに惑わされたくない。日常の考えのレベルを少し深めて、人間と社会を自分なりに判断し、行動したい。人間、社会、歴史、世界などのことを、人間は何千年も考えてきた。あるいは文学や芸術で表現してきた。その積み重ねを学びながら、自分の考えを深める。また他人と対話する。どうせぐるぐるまわりで、進歩はなさそうなのだが、それでも、考え、かつ書くことは続くのである。

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コメント

アクさん

なんて面白い図表なんでしょう。これならすっきりよく分かりますよ。

私の立ち位置はまさしくDの中です。

人間は考える葦だといっても、それはそれ。生身の人間は、やっぱり幸せにくらしたいもんでしょう。

そうなれば、吾等D族の勝ちですよ。孤高を保って、ひたすら思索にふけるよりも、仲間と気楽なおしゃべりの方が楽しいです。

Aの中にいる賢者は、周りから理解されないのです。

でも、肯定的ですから敵はいません。さりとて、けむたがられて味方もできない。わずかなもう一人の賢者の慰めが唯一の救いになります。

私は、やっぱりDの中の安楽椅子にどっかり座りたいとおもいました。

みんなで渡れば 怖くない!

投稿: 美千代 | 2005/06/26 17:49

アクさん

私は根がおっちょこちょいですから、考えるより先に反応してしまうのです。

それで、もう一度考えてみたことを、追加させていただきました。

>須原は、知的世界では、一般に、Bにいることを尊しとしているようだが、

そうでしょうか?私は、芸術家といわれる人はAグループに多くいるのではないかという気がするのです。
例えば、音楽家などは、当然深い思索と肯定的な気分が要求される仕事ではありませんか?

しかし、勿論Bもいます。絵描きでいえば、ゴヤ、ボッスなどはBグループ。ブリューゲルはましかしたらAグループかもしれない。

人間をそうやって分類するのは、楽しいですね。

私などは、自身はCに近いDにいながら、好みの芸術家はAグループですよ。

投稿: 美千代 | 2005/06/26 20:28

美千代さん、早速のコメントでしたね。

先日のコメントにコメントを返そうとして、書いているうちに美千代さんへの返事ではなくなってしまい、別のエントリにしました。

勝ちといって、何が勝ちなのか分かりません。こういうことで勝ち負けがあるとしても、それはとても難しことでしょう。たぶんに主観的で、その点では美千代さんの自己評価には負けます。

私のことをいっているのかどうかわかりませんが、私は少なくとも孤高ではありません。

では、また。

投稿: アク | 2005/06/26 20:31

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