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2005/07/31

僕が「くろご5号」になったわけ

 ある団体のくろごになってしまった。「くろご」は、「黒子」あるいは「黒衣」である。黒衣を着て、舞台の主役たちの補助をする、あのくろごである。根が優しく、人の頼みを断れないたちである(ホント?)。人が困っているのを見ると、見るに見かねて手を出してしまう。今回もそうだった。気が付いてみたら、いつの間にか某団体の黒子になっていた。裏で働くまでは仕方がないが、表には出たくない。だから黒子。それも「5号」。団体の活動を裏で支えている方が、観察したところ、3,4人いらっしゃるようだ。私は、勝手に、その人たちを、黒子1,2,3号と呼んでいる。もちろん面と向かってではない。心の中でだ。だから私は、くろご5号。

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2005/07/27

野口宇宙飛行士にばかり注目するアホな報道

 スペースシャトル Discovery の打ち上げが成功した。関連の報道では、野口さんのことに焦点が当てられている。いつも通りの日本の報道の意識の低さにあきれる。イチローや松井が何本ヒットを打ったかだけに焦点を当てて、毎日飽きずに話題にしているアホなスポーツ報道と同じレベル、いや、個人の非凡な力量ゆえではないのだから、もっとレベルが低い、ともいえよう。国際的な田舎っぺですな、日本人は。

もはや宇宙飛行士はヒーローではない 今のシャトル乗組員は、もはや最初の宇宙飛行士ガガーリンや、初大西洋横断飛行のリンドバーグとは違う。巨大なシステムのなかで、分担して役割を担っている一員に過ぎない。前回のコロンビアの事故があった後から、多少リスクを背負っているとはいえ、別にヒーローであるわけではない。それだのに、野口がどうしたとか、何といったとか、何をやるか、そんなことばかり報道する。おまけに出身地の人々、出身校の同期生や後輩らの喜びようを伝えるなど、過熱する報道を見ると、恥ずかしくないのかと皮肉を言いたくなる。日本がお金をたくさん出しているのです。それだけのこと。

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2005/07/24

花酵母の純米吟醸酒「来福」

050723Raifuku

 日本酒をたしなむ。和食とのとりあわせは何といっても日本酒である。酒は味のバラエティが豊富で楽しめる。なかでも冷やした純米吟醸酒がいい。生酒や冷やおろしを特に好む。かつては姫路でなじんだ酒屋から兵庫県加西市の富久錦の生酒「播磨路」をクール宅急便で送ってもらったりもした。しかしいつまでも姫路の生活を引きずりたくない。地酒へのこだわりを捨て、全国銘柄の八海山や吉乃川でよしとしてきた。旨い酒との出会いは、偶然に来るものである。以前「十四代」の場合もそうだった。今回は、「来福」という酒が、福をつれてやって来た。先般外国旅行帰りのおり、遅い時刻の到着便ゆえに泊まった成田のホテルの夕食の席に、店長お勧めの酒として、これがあった。一口飲んで、これは何という酒だ、こんな日本酒があるのかと衝撃を受けた。舌の上で微細な泡がはじけるのか、シュワッとした渋みのような刺激がある。上品な香りが漂う。フルーティですっきりと甘く、軽ろやかでありながら、しっかりした主張がある。ビンを持ってきてもらって、酒造の名と住所をメモした。何のことはない、茨城県の酒だ。

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2005/07/22

小沢征爾、今年も水戸でやってくれた

050721Ozawa

 小沢征爾の音楽を生で聞けるのは、水戸に住むものの特権であると、小沢の水戸来演のことをブログやHPに書くたびに、くりかえしてきた。毎年1度か2度、水戸室内管弦楽団の指揮にやってくる。今年もその時期が来て、昨日(05/7/21)から3日間定期演奏会が開かれている。彼はサービス精神旺盛である。みんなに音楽を楽しんでもらいたい。しかしコンサートのチケットの入手は難儀である。そんな事情を小沢はよしとしない。今年は新企画がおこなわれた。昨日、コンサートの初日、会場から1kmほど離れた、千波湖畔にある芝生の広場に大スクリーンを置き、コンサート会場の中継をしてくれたのだ。事前申込は必要だったが、無料である。主催者の予想を超えて、4千人が集まった。

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2005/07/20

ローブという男

050720Rove

 政治は権力闘争である。権力奪取と維持のためには何でもやる。非合法なことまではともかく、ばれさえしなければ、すれすれのかなりきわどいことまでやる。政治家は担がれるお神輿であり、それを担ぐ人の中には、汚れ役を引き受ける策士がいる。卑近な例では、小泉首相における飯島秘書官、石原都知事における浜渦副知事などをすぐに思い出す。古くから、○の陰に●、という例はあまたあろう。政治の世界だけではなく、組織にもさまざまの裏事情があり、それを担う汚れ役がいる。

 それは政治、あるいは組織の、ある意味では必然であろう。ただ、陰の人ができすぎ、やりすぎでは、歪みも生じてくる。そうなると事件となる。小泉−飯島はどうにか持ちこたえてきたが、石原−浜渦は綻びを露呈してしまった。アメリカのブッシュ政権では、ブッシュの陰の人は、天才で、たぐいまれな策士で、かつ猛烈な仕事人といわれる。この人がとうとうまな板の上にのせられてしまった。ブッシュ大統領の次席補佐官カール・ローブである。

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2005/07/16

NINAGAWA 歌舞伎『十二夜』

050716Kabuki
 今月の歌舞伎座公演は蜷川幸雄演出のシェークスピア劇『十二夜』である。大の蜷川ファン、多少の歌舞伎ファンとしては必見である。果たして、というより、大々的に予想を上回って堪能させてくれた。これぞ、観劇の醍醐味。商業演劇の世界で、古典的なものに新鮮な息吹を与えて観るものを魅了し、演出の妙を示してきた蜷川。他方、たいそうな伝統を世代伝承のなかで守りつつ、新しいスター性のある役者を生み出して、芝居好きを惹きつけ続けた歌舞伎。この二つの世界が見事な共同作業で、古いシェークスピア(沙翁)を、新しい装いで産み直してくれた。本家のシェークスピアや、英語圏のシェークスピア劇ファンが見たら、これがシェークスピアか、「十二夜」かと、たまげる出来映えだったのではなかったか。シェークスピアにしても、歌舞伎にしても、大衆演劇である。要は、観客を楽しませるもの。そのためのさまざまの趣向がそれぞれに違っても、基本は同じ。その点で共振し合い、予想以上の高みに達したといえる。それを可能にしたのが、主演の菊之助と芸達者な助演者たち、そして蜷川の演出と、歌舞伎座という大舞台だった。

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2005/07/12

Ken Burns エフェクトをiPhoto5 スライドショーで楽しむ

 Mac の iPhoto は、しろうと向けの、かんたん画像処理ソフトだと、PhotoShopの使い手としては、見向きもしないでいた。しかし今度のヴァージョンアップ(iLife04→05)で、スライドショウー機能に付加された「Ken Burns エフェクト」は、とてもいい。これまでのスライドショーでは、せいぜい画面の切り替え時のトランジション・モードを選ぶことで変化を出すこと位しかできなかった。このエフェクトは、静止画をパン&ズームして、動画風に変えてくれるのだ。画面全体を見せておいて、その一部にズームしていく。あるいは一部を拡大して見せておいて、ずぅーと引いてくる。縦画像を見せて、それを、たとえば左から右へ動かすことなど、工夫次第でいろいろと変化をつけられる。

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2005/07/09

ロンドンの血の歴史に、新たな一頁が

ブルームズベリーが現場とは ロンドンの同時多発テロが起きた地下鉄駅の一つ、「ラッセル・スクエア」の名前を聞いて、現地の様子を懐かしく思いおこす。ここは、ブルームズベリーと呼ばれる地区で、南に大英博物館、その北にロンドン大学が広がる、静かな文教地区である。2階バスの爆破現場になったタヴィストック:スクエアは、1ブロック隔てて、対になっているゴードン:スクエアとともに、住宅用の建物や、大学の建物に囲まれた、こぢんまりとした広場である。ゴードン広場に面した住宅の幾つかには、かつて有名な作家、学者そして芸術家たちが住んだ。それぞれの住宅には、そのむねを書いた銘板がつけられている。20世紀前半、ブルーズムズペリー・グループと呼ばれる文化人たちがこのあたりに住んで、互いに往き来しながら、真実・美・自由をひたすら追求する創作活動をおこなった。なかでもヴァージニア・ウルフやリントン・ストレイチーが有名である。経済学者のメイナード・ケインズもこのグループの一員だった。それから60年、70年の時を隔てて、ロンドンは変わった。ニューヨークに匹敵する多民族都市となった。しかし、このあたりの佇まいは、ブルームズベリー・グループが活躍していた時代とそうは変わっていない。ただ今回は違った。地下鉄駅からは、血を流した人々が煙に巻かれながら出てくるは、タヴィストック広場わきの通りでは赤いバスが吹き飛ばされるは、という事態になった。古き良きロンドンを愛する人々にとっては、とんでもないことだが、ロンドンはもともと血なまぐさい事件の繰り返された都市である。そこに新たにテロという1ページが加えらえたことになる。

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2005/07/05

医者の中にも、悪質「リフォーム」業者が?

 老人の弱みにつけ込んで、過剰なリフォームを繰り返した業者が、やっと犯罪として立件されようとしている。屋根裏や床下をのぞき込み、大変なことになっている、すぐに手をつけないと、屋根が落ちる、家が倒壊するとだまし、大金を払わせた。もちろん一部のとんでもない業者の話であるに違いない。ところが、同じような詐欺まがい、脅迫まがいのことが、もっと広汎に医者や病院で行われているのではないか。これは、私の思いつきではない。付き合っているぼくとつな医者がぽろっと、そうもらしたのだ。なるほど、医療は身体のリフォームといっていい。人の身体をのぞき込んで、こりゃ大変だ、このまましておくと、身体が壊れてしまいますよ、とやれるのである。

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2005/07/03

論説の間違いを追求するブロッガー

 アメリカのブログでの話題から。アメリカの数学教育の質が低下していると、ウォールストリート・ジャーナルが論説(OP-ED)を掲げた。説得力ありと出したデータが間違っていた。論説者は確かめもしないで、他人のデータを孫引きしていた。孫引きされた論文の筆者のうち一人は、誤りを共著者のせいにした。そしてその共著者は雲隠れした。一連の真相追求をしたのが、著名なブログ”Political Animal" の Kevin Drum である。テレビや新聞の間違った報道を、ねばり強く調べ、本人にメールしたり、電話をかけ、その経緯をブログに載せる、というやり方で、数々の”成果”を上げてきた。問題になった数学教育のことも一つの話題だが、ここでは、誤った論説の書かれた経緯と、その危うさを追求するブロッガーの活躍ぶりを紹介しよう。

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