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2005/07/03

論説の間違いを追求するブロッガー

 アメリカのブログでの話題から。アメリカの数学教育の質が低下していると、ウォールストリート・ジャーナルが論説(OP-ED)を掲げた。説得力ありと出したデータが間違っていた。論説者は確かめもしないで、他人のデータを孫引きしていた。孫引きされた論文の筆者のうち一人は、誤りを共著者のせいにした。そしてその共著者は雲隠れした。一連の真相追求をしたのが、著名なブログ”Political Animal" の Kevin Drum である。テレビや新聞の間違った報道を、ねばり強く調べ、本人にメールしたり、電話をかけ、その経緯をブログに載せる、というやり方で、数々の”成果”を上げてきた。問題になった数学教育のことも一つの話題だが、ここでは、誤った論説の書かれた経緯と、その危うさを追求するブロッガーの活躍ぶりを紹介しよう。

発端となった論説 まず問題の論説を書いたのが、Diane Ravitch(女性)、ニューヨーク大学の教育史の教授であり、ブルッキングス研究所の上席フェローである。フーバー研究所にもタスクフォースのメンバーとして関係している。ただし、今回問題にされた数学教育の専門家ではないらしい。彼女は、アメリカの高校教育が、その分野の専門家や教師たちによって、著しく政治的に歪められていることを主張する。高校で教えられている数学が、数学そのものではなくて、社会正義を教えるための数学という変なものになっている、と指摘している。リベラルの政治目標の中に繰り込まれていると、警告を鳴らしたいようだ。最近民族色を取り入れた数学(Ethnomathematics)などというものがあるのだそうだ。それが論説のタイトルになっている。その点の是非はともかくとして、彼女がその根拠に使ったデータが問題だった。1970年代の高校数学教科書と、1998年の教科書とを比較している。ただし、内容に立ち入っての比較ならよかったのだが、教科書の巻末についている索引項目の並びを機械的に例示して論拠としていたのだ。

根拠となった事実 1973年の教科書の巻末索引で、”f”で始まる項目を見てみる。factors(因数)、factoring(因数分解)、fallacies(論理の偽)、finite decimal(有限小数)、finite set(有限集合)、formulas(公式)、fractions(分数)、functions(関数)などである。確かに数学として当然の項目が並んでいる。それに対し、1998年の教科書の索引で、”f”の項目を見てみると、こんな項目が並んでいる、というのだ。families(in poverty data)(貧困データにおける家族)、fast food nutrition data(ファストフードの栄養データ)、fat in fast food(ファストフード中の脂肪)、feasibility study(可能性についての事前調査)、feeding tours(動物に餌を与えるためのツアー?)、ferris wheel(観覧車)、fish(魚)、fishing(釣)、flags(旗)、flight(飛行)、floor plan(建物の各階の平面図)、flower beds(花を植えるプランター?)、food(食料)、football(フットボール)、Ford Mustang(フォード社の車ムスタング)、franchises(特権的な販売権、またはフランチャイズ)、fund-raising carnival(資金集めのための催し物)などである。数学の項目など全くない。日常生活のさまざまな項目である。いったいこんな事柄を内容とした教科書でまともな数学が教えられるのか。論説の趣旨は、そういうことだった。

Kevin Drum の追求始まる この論説が出たのが6月26日。ここに引用された実例は、いくら何でも馬鹿げている、と直感した Kevin Drum は6月28日のブログエントリで、この件にコメントを寄せてくれと、読者に呼びかけた。たちまちのうちに、上記実例の引用は間違っていると、読者からのコメントが殺到した。6月29日のエントリに、それらのコメントで分かった真相が書かれている。1998年の教科書には索引が二種類あって、一つは数学に関する索引、もう一つは "Context index" と呼ばれている、数学以外の話題に関する索引で、上記の比較では間違って、後者の方を使っている。だから数学に関係のない項目が並んでしまったのだ、ということがわかった。

判明した事実 1998年の教科書の数学項目の索引を見ると、"f" の項目には、face(面)、face view(3-D drawing)(3D立体描像における面の見え方)、finding equation(using points, using regression, using situation, using slope and intersept)(方程式の見つけ方、点を使用する方法、回帰法を使う方法、状況を使う方法、勾配と切片を使う方法)、five-number summary(5数要約法?)、formula(area, perimeter, surface area)(公式、面積、周長、表面積)、four color problem(四色問題)、fractal(フラクタル)、fraction exponent(分数の指数)、frequency table(頻度表)、front view(3-D drawing)(3D立体描像における正面像、function(関数)などが並んでいる。古い教科書に負けないだけでなく、最近の新しい数学概念が取り込まれ、現代化されていることが指摘された。多くの読者からのコメントは、最近の高校での数学教育は、昔の世代が受けた代数や幾何という数学ではなく、それらを総合化し、最近の数学の動向を取り入れた大変レベルの高いものになっているということだった。

論説の筆者は孫引きだったと ここで止めないのが、Kevin Drum である。彼は論説の筆者に email を送って,間違いを問い糺した。その返信が6/29のエントリに載せられている。Ravitch教授は、二つの索引があるなんて思いもしなかった。フーバー研究所が2003年に出版した本 ”Our School & Our Future"の中で、Wiiliamson Evers と Paul Clopton が書いた章から、自分で確かめずにデータを引用した、と誤りは認めたが、論説の趣旨は依然正しいと主張した。

引用論文の筆者を追求 そこで Kevin はさらに引用された論文の筆者を追う。その次第が7/2のエントリにある。Evers に電話を掛けると、あれは共著者の Clopton が提供したデータをうのみにして書いたので、自分はそんな間違いだったと知らなかったと答えた。そこで、今度はCloptonを、6月30日、電話で捕まえた。彼は「え?、二つの索引があったのですか。思い出せないけど、そんなこと信じられないな」と言いながら、調べてみて、翌日電話をすると答えた。翌日(7月1日)、一日中待って返事がなかったので、Kevin の方から電話した。留守番電話だったので、メッセージを残した。さらに1時間後電話したが応答なし。そのまま週末に入ってしまった。決着は今週に持ち越された。Kevin のことだ。とことん突き止めた続報があるだろう。

政治ブログの切り込み方 アメリカの政治ブログが言論界に果たしている役割は、これまでもいくつかの実例で報告されている。著名なニュースキャスターの引責辞任に至ったケースなどが記憶に新しい。日本でも質の高い政治ブログはいくつかある。しかし大新聞などの既成ジャーナリズムを動かすほどではない。切り込む、切り結ぶ、それほどの意気込みはない。国民性や習慣のせいなのだろうか。

【追記】このブログエントリの稿を完成後、Kevin Drum の7月3日のエントリが、アップされた。上記二人の論文著者に同情できる事情があった。教科書の巻末に2種の索引があって、Context index の方があとに置かれている。2種のindexがあると思わないだろうから、普通なら、あとの部分を見てしまうのではないか、ということである。それにしても、項目の異常さに気づいてもいいし、だいたい教科書の内容を調べもしないで、索引項目だけから、教科書の質を論じてしまったのは、論者として極めて早計だった、との批判は残る。Kevin Drum はウォールストリート・ジャーナルに論説の撤回を求めている。

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