« NINAGAWA 歌舞伎『十二夜』 | トップページ | 小沢征爾、今年も水戸でやってくれた »

2005/07/20

ローブという男

050720Rove

 政治は権力闘争である。権力奪取と維持のためには何でもやる。非合法なことまではともかく、ばれさえしなければ、すれすれのかなりきわどいことまでやる。政治家は担がれるお神輿であり、それを担ぐ人の中には、汚れ役を引き受ける策士がいる。卑近な例では、小泉首相における飯島秘書官、石原都知事における浜渦副知事などをすぐに思い出す。古くから、○の陰に●、という例はあまたあろう。政治の世界だけではなく、組織にもさまざまの裏事情があり、それを担う汚れ役がいる。

 それは政治、あるいは組織の、ある意味では必然であろう。ただ、陰の人ができすぎ、やりすぎでは、歪みも生じてくる。そうなると事件となる。小泉−飯島はどうにか持ちこたえてきたが、石原−浜渦は綻びを露呈してしまった。アメリカのブッシュ政権では、ブッシュの陰の人は、天才で、たぐいまれな策士で、かつ猛烈な仕事人といわれる。この人がとうとうまな板の上にのせられてしまった。ブッシュ大統領の次席補佐官カール・ローブである。

 凄腕らしい。岡田義昭「最新アメリカの政治地図」(講談社現代新書、04/4刊)は、ブッシュ再選前に書かれたものだが、アメリカの政界事情を論じるのに、まずカール・ローブから始めている。岡田は、ローブが「陰の大統領」「政権の実力者」「大統領の政治指南役」「大統領の懐刀」「大統領の側近中の側近」「筋金入りの保守派」「裏方を担う策士」「ホワイトハウスでもっとも忙しい男」などと、政界やマスコミで形容されていることを紹介している。ブッシュは、再選直後の勝利宣言スピーチで、ローブを再選の "archtect(建築家)"と呼んだ。彼の活躍なしには、ブッシュの再選はなかった。それは対立したケリー側も認めたことである。彼らはブッシュには勝っていたが、ローブの戦術にしてやられたと、敗北の原因を分析した。

 私が毎日敬服して読んでいる「極東ブログ」で、finalvent氏が、この問題について書いたエントリ(05/7/14)の最後にこうあった。

 さて、個人的なローブの評価だが、率直に言えば、私はローブを援護したい心情がある。彼という人間に関心があるからだ。ローブにはバチェラーの学位すらないたたき上げの人間であり、そしてここまで勝利してきた。しかも安逸な戦いではない戦いを勝利してきた。そして、いよいよブッシュがレイムダックとなるかならないかという、歴史にその意義を問う最後の決戦が近い。このスキャンダルはその緒戦でもあろう。

 同氏は、このエントリを書いた時点では、この問題は単なる民主党のブッシュ叩きに終わるのではないかと、どちらかというとブッシュ寄りの報道を引用して観測を書いている。この問題を巡ってのブッシュ対反ブッシュ両陣営の宣伝合戦は、日を追うごとに激しくなっているようで、TIME(05/7/25)も、Newsweek(日本版05/7/27)も、ともにかなり大きな特集を組んでいる。どうなるかは予断を許さない。最高裁判事候補が指名され、そちらの方に米政界の動向は向くだろうが、この問題はただでは済まないだろう。
 
 このエントリでは、この問題の成り行きとか是非は別に置いておいて、finalvent氏に刺激されて、カール・ローブなる男の有りようを紹介することに絞って書いてみる。用いた資料は、前記岡田氏の新書以外は、

1)TIME誌 04/12/27号、この年の Person of the Year として再選されたブッシュを選んだ特集号。ブッシュ再選の立役者として Karl Rove の人となりが、くわしく取り上げられている。
2)英語版wikipedia Karl Rove 、今回の問題の経緯にも詳しい。
3)Newsweek日本版 05/7/27 号「側近ローブ、報復リークの大きなツケ」

 カールの父ルイスは、石油関係の地質学者だった。母レノと5人の子は、父の転勤に伴って、各地を点々とした。カールが19才の誕生日、父は、次の任地へは一人で行きたいと、家族に告げた。両親の別居、離婚、家族の崩壊の始まりだった。まもなくカールは、父は実父ではなく、彼が2才の時、母は二児を連れて、養父と再婚したことを叔母から明かされた。母レノはその後何年かして自殺した。カールは「とてもいい少年時代だった。いい両親だった。両親に何があったのか知らない。つらいことを二人は乗り越えたのだろう。養父は、なぜ別れることになったか最後まで明かさなかった。ただ、そのことが、養父の後半生を苦しめ続けていたのは明らかだった」とこの件をふりかえっている。

 母レノは辛酸をなめて育った。彼女の父は道路工事に従事したり、人里離れた村落でナイフを売り歩いたりして暮らしを立てていた。家族の住んだ家は、冬は壁に新聞紙を貼って寒さをしのぐほどだったという。

 こういう育ちから、筋金入りの保守政治屋が育ってくる。両親が別れた前後、カールはすでに政治に熱中していた。ユタ大学にいたカールは共和党の学生団体College Republicans (CR) の運動に入り、大学を巡り歩いて、組織の拡充と活性化に努めた。共和党内の人脈は、その頃から培ったものだ。CRの委員長に立候補し、当選するが、それは当時共和党全国委員長だった父ブッシュの支持のおかげだった。これがブッシュ家とのつき合いの始まりという。カールは政治活動のやりがいに魅せられ、学業はどうでもよくなったのだろう。テキサス大学を含めて、5つの大学に入退学をくりかえし、どこも卒業できなかった。finalvent氏が「バチェラーの学位すらない」と書かれた事情である。養父は養育費を送り続けたそうだ。貧しくて大学を終えられなかった、というより、政治運動に深入りしすぎて、いつの間にか活動家になっていた、ということなのだろう。

 彼の得意技は、ネガティブキャンペーン(相手候補のネガティブな側面を宣伝する政治活動)だった。wikipeiaにはこんなエピソードが載っている。19才の時(両親の別居の年だ)、イリノイ州上院議員選にあたり、民主党候補の選挙事務所に潜入し、レターヘッドの印刷されている用紙を盗んできて、それにでたらめを書いたものを印刷してばらまいたのである。本人も後日あれはpranks(いたずら)だったと認めている。彼は、その後、ウォーターゲート事件の一味だったセグレッティや、父ブッシュの大統領選で汚れ役をつとめたアトウォーターの下で働き、この手のやり方に磨きをかける。

 たとえば、セグレッティのやったのは、民主党の大統領予備選に干渉し、マスキー候補のレターヘッド入りの用紙を使って、同じ民主党のジャクソン候補に17才の隠し子がいるとの怪文書をばらまいたとか、アトウォーターの「仕事」として彼を有名にしたのは、82年の予備選で民主党候補として有力だったデュカキスが、州知事時代に一時帰宅を認めた婦女暴行殺人犯が他州で再犯したことを取り上げ、テレビや新聞で「犯罪に弱腰のデュカキス」というネガティブキャンペーンを大々的におこない、彼を候補から引きずり降ろしたことなどである。

 彼らの系譜を受け継いだローブが得意とするのも同様の手口である。テキサス州知事に現大統領ブッシュが立候補した選挙戦では、当時の現職知事である女性対立候補がレスビアンだという噂を振りまく作戦で成功した。ブッシュファミリーの政治活動の中心を担うようになったのは、それからである。父ブッシュにも大いに用いられたが、現ブッシュとは、ツーカーの仲で、この人なしには、現在のブッシュはないし、ブッシュを大統領に仕立て上げ、再選まで可能にすることに、ローブは仕事師としての一生を賭けてきた。お坊ちゃんブッシュと、苛烈な人生から立ち上がってきたローブと、身分的には対照的な男同士が、かくも密接な関係を作ったことは興味深い。

 政治は権力闘争だと、最初に書いたが、それだけではない。政治的な理念の実現を目指すものでもある。彼らにも政治理念の面で共鳴関係はあるのだろうが、ローブにとっては、理念の実現を目指す情熱より、人を立て、その人のために組織の細部までを動かし、有効な策を練り、政敵をとことん追いつめ、最後の勝利を勝ち取る、この仕事師としての情熱がまさっているように見える。

 今回問題になった事件も、政権にたてつく者を潰し、報復するという、彼らしい手法でやってみたものが、綻びを見せたともいうことだろう。これからは死力を尽くした攻防戦がおこなわれるだろう。今まで攻めに強かった彼の腕力が、守りにも発揮されるか。ブッシュとの信頼関係に揺るぎはないか。正義と規律を重視することで、保守派の心情を捉えてきたブッシュ陣営への支持が揺るがないか。今後が見ものだろう。

|

« NINAGAWA 歌舞伎『十二夜』 | トップページ | 小沢征爾、今年も水戸でやってくれた »

コメント

こんばんは。
ローブと言う人間の幼少期に、この人の陰湿さの根源が潜んでいそうです。

例は良くないかもしれませんが、うちには鶏がいて親鳥が、自分で孵化させて育てた鶏は、大きくなっても、皆、仲良く暮らします。

一方、養鶏場などから、引き取った鶏は、陰湿なつつき合いをして、おとなしい鶏を痛めつけ、えさを横取りして、自分だけ肥え太ります。
養鶏場の鶏を、放し飼いにして、良い環境で育てても、性格は変わりません。

尚、養鶏場では、孵化から子育てまで、機械化された「 愛情 」の薄い環境で育ちます。

投稿: U-1 | 2005/08/20 21:38

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/5069133

この記事へのトラックバック一覧です: ローブという男:

» 米政権を揺るがすローブ問題 [TIME ガイダンス-choibiki's BLOG-ホンモノで学ぶ、英語を学ぶきっかけ探し]
【英英辞書】 aid The act or result of helping; assistance: An assistant or helper; A device that assists 行動 or 結果 ←助ける; 支援: 助手(補佐官) or 支援者; 装置←力を貸してくれる fascinate To hold an intense interest or attraction for もつ  激しい興味を or 魅力を …にとって decent ... [続きを読む]

受信: 2005/10/20 13:14

« NINAGAWA 歌舞伎『十二夜』 | トップページ | 小沢征爾、今年も水戸でやってくれた »