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2005/11/22

55年体制から05年体制へ

 さきほどの解散・総選挙で自民党が大勝したことで、政治の空気が大きく変わった。解散断行という行為にも、郵政改革賛否だけを問うという争点の単純化にも、刺客などの刺激的なメディア戦術にも賛成できなかった。しかし空気が大きく変わったという、予想しなかった(できなかった)結果は受け容れざるをえない。いや、もっと率直に言うと、存外期待の持てる政治世界が、忽然と開けた、という感じがする。

自民党の思いがけない変態 古い自民党体質に嫌気がさし、自民党に代わる政権が誕生しない限り、日本の政治は変わらないと、その方向に動くのをずっと期待していた。自然とそうなりそうだった。小泉首相の出現は、そうなるはずの歴史の流れを一時足踏みさせる、変則的なものに見えた。ところが、さきほどの選挙で、自民党そのものが変わった。自民党政治が衰退し、新しい政治勢力によって実現するはずだった政治体制が、自民党そのものが変態することで突然出現したような気がする。変態(metamorphosis)という言葉を使ったのは、毛虫が蝶に変態するように、という意味である。小泉首相が、そこまで図っていたのかどうかは分からないが、結果としては、旧自民党は新自民党へと大変態を遂げたといえよう。

田中直毅『2005年体制の誕生』 何が変わったのか。田中直毅は、55年体制に代わって、05年体制が誕生した、と端的に言い切っている(『2005年体制の誕生』日経05/11/9刊)。この本の文脈に沿って、私なりに、現時点での政治状況をどう把握するか、整理してみる。眼前に起こったことを理解し、そこから日本の政治の将来を考え直していこう、ということである。

55年体制という表現には、いろいろな含意がある。よく言えば「優しい保守政治」、その実は各種業界と地方との部分利益(いずれも供給者側の既得権益)を、族議員や地域代表の政治家が口利きし、大物政治家が調整する。それを官僚がうまくフォローする。そういう実態が支配的だった政治体制である。別の言い方としてよくいわれるのは、保守といいながら社会民主主義的な政治体制だったということだ。一部の利益集団にとっては優しいが、行政組織は肥大化し、公共投資などで、国も地方も借金を積み増し続けてきた。

うまくいかなくなった55年体制 この政治体制がうまくいかなくなったのは、誰の目にも明らかだった。小選挙区制の下、部分利益の口利きでは、過半数がとれなくなった。派閥が機能を弱め、族議員の力が落ちた。口利き、談合に伴うスキャンダルが次々に明るみに出た。グローバリゼーションのもと、艦隊方式の保護行政に限界がきた。バブル以後の経済停滞も効いた。過半数がとれなくなると、別の階層を集約する公明党を抱え込んで、連合政権を維持してきた。その間、現状を何とかしようと改革のかけ声は出ても、既得権擁護の壁は強固で、改革は進まず、中途半端に終わるか、阻まれた。この経過に、一般国民、特に都市に住む消費者は、政治不信をつのらせるしかなかった。道路、年金、健康保険、地方分権、食品衛生、・・・。どれをとっても、供給者側の利益擁護の観点しか見えない。財政は借金がふくれ、先行きの見通しがない。ツケは次世代、次々世代に回されるというのに、少子化が進んでいる。途方もない増税や負担増が足もとに迫っている。

郵政改革は一点突破口 郵政それ自体は、改革の中心課題とは思えなかったが、そこが一点突破のはけ口となった。多くの国民は、改革に抵抗する既得権集団にノーを言い、郵政改革を是とすることを糸口に、何かが変わると感じた。これまでの体制では、もう日本はもたないという直感が、多くの国民を動かした。それが自民党自体の変態をもたらし、新しい政治世界が開けた。

05年体制とは 新しい05年体制とは何か。55年体制からの脱却である。供給者側の既得権擁護と行財政肥大化の政治から、より消費者の立場に立った政策立案が、しっかりしたマネージメントのもと、首尾一貫性をもって行われる政治体制へと切り替わることである。それは一部見えてきているが、すべてこれからである。

体制変革は本物か 05年体制の誕生を歓迎するとして、そんなに画然と政治世界は変わるだろうか。前に引用した田中直毅は、体制変革の衝撃を強調するあまり、それを理想化しすぎており、先行きに関して楽観視しすぎているように思う。今後も、問題山積だろう。55年体制から抜けきれない政治勢力と、05年体制推進の政治家との綱引きがあり、揺り戻しが必ずあることだろう。以前「逆コース」という言葉がよく使われた。戦後の民主化に対する反動勢力が、そう呼ばれた。同じように旧体質の政治勢力とそのもとにある利益集団が、影響力を保持し、抵抗する「逆コース」が見られることだろう。新自民党は、内部に矛盾を抱え込んだままに見える。地方組織は、体質として旧態依然たるものである。官僚支配が、もう一つの大きな問題点だ。省ごとの権限を抑え、官邸主導に移行しつつあるようだが、まだまだ。それに官邸主導といいながら、実質的には官僚支配が強化されつつあるのではないか。そんなことも心配だ。しかし、日本の政治の舵は大きく切られた、としよう。もう後戻りはない。自民党の中に、そして行政府に、05年体制がどう定着していくか。そこに日本の政治の将来がかかっている。その流れを見守るしかないだろう。

民主党は? 民主党が、自民党に代わって政権を取ることによって、日本の政治が変わるという、一つのありえた未来は、今度の体制変革により、代替されてしまった。民主党が政権を取ることは、近未来的には、無くなったと見る。自民党がこれだけ変わったのに、民主党は旧体質を温存している。このままでは、この党に将来はありそうにない。これからありうる公務員の削減問題をめぐって、労組と国民の利害が対立する局面で、既成勢力を削ぎ落とすこと(小泉さんがやったことだ)ができれば、民主党も新しい党に生まれ変わるだろう。

改革競争? 民主党が、自民党に改革競争を挑もうとするのはよい。両者を分けるのは、改革課題の優先順位の付け方、個々の問題への具体的政策、手法などだろう。国民はそれを見ている。年金や増税問題で、自民党案よりアピール度の高い提案が出せるかどうか。そのあたりが当面の問題だろう。前原党代表は、京都の地域運営学校を訪ね、「温かみのある政治をしないといけない。何でも効率化、民営化という今の政治風潮には危惧(きぐ)を持っている」と述べ、小泉純一郎首相が進める「小さな政府」路線と一線を画し、教育や福祉を重視する姿勢をアピールした(共同通信05/11/21)、という。05年体制における「弱者」はたしかに大きな問題だ。しかし、真の弱者と、弱者を装い既得権に執着するものとを仕分けして、ある意味で厳しい対応をしていかないと、「暖かみのある政治」では、アピールしない。局面は変わったのである。

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コメント

いろいろと考えましたが,やはり一言書かせていただきます.
現在の状況は,第二次近衛内閣の状況であるとある書物に書かれてありました.小生も同様に思います.
戦後の独裁政治として,現在の体制は最悪でしょう.

投稿: drhasu | 2005/12/25 03:20

蓮沼ドクター、コメントありがとうございます。

小泉政治をどう評価するか、については、私のこのところ書いてきたものは、揺れています。改革は賛成だが、政治手法に危ないものを感じる、というあたりから、最近は、結果としてはよかったのではないか、という見方へと変わってきています。

私のこの問題について書いたエントリは、お読みいただいていると思いますが、ここで最近のものだけ、リストにしておきましょう。

小泉政治、危険な単純化(05/8/14)

小泉首相に感じるアンビヴァレンス(05/9/04)

予想はしたが、こんなにひどいとは(05/9/12)

弱者が、弱者切り捨ての快感に酔っている、と内田樹(05/9/13)

気に入らない、宮崎哲弥のコメント(05/9/22)

そしてコメントをいただいた、本エントリです。

第2次近衛内閣の状況かどうか、はいずれ歴史が判定するでしょう。独裁か、リーダーシップか。近衛の時代に比べると、今は民主主義が機能していますから、国民がチェックして、選挙で判定を下せることでしょう。私は先行きそんなにひどくならないだろう、改革が進むのはいいことだろう、とどちらかというと、楽観的です。ただし小さな政府指向によって、中負担低福祉(今回の医療改革はその方向でした)となることを国民が選ぶのか、消費税を含む増税を受けいれ、福祉のレベルだけは守るのか、それを選挙で問うことを、ごまかさずにやってほしいと考えています。いま消費税アップを07年度からやらずに、参院選後に持ち越そうという、ごまかしの政略をとろうとしているようです。こういう政権運営中心でものを考えるところは、小泉首相が単なるポピュリストであって、改革者としての根性が座っていないところだと見ています。

投稿: アク | 2005/12/25 10:02

お返事ありがとうございます。
賢明なるアク教授が諸手を挙げて現在の状況を礼賛していないということは承知いたしておる所存です。
ポピュリストは「大衆迎合政治家」の意味でネガティブに用いられることが多いようですが、私の心配は彼がもっととんでもない人物であるかもしれないということです。
ネットも含めたアンダーグランドの話題と比べて、現在のマスコミの沈黙は無気味でさえあります。
「国民がチェックする」はずの議会制民主主義は前回の衆院選ですでに機能停止しているのではないかと感じます。
杞憂であれば良いのですが。

投稿: drhasu | 2005/12/25 17:10

蓮沼ドクターのご心配が杞憂に過ぎないことを、私も願っています。わざわざ議会制民主主義とお書きになったのは、現在、実質的に大統領的首相が誕生してしまったことと、議会が首相とその周辺に対し、異論を唱えられなくなっている、ということを心配しておっしゃっているのだな、とわかります。これはいいことではありませんが、派閥のボス交によってたいていのことが決まっていた、あの自民党政治には戻ってほしくはありません。マスコミがものをいわなくなった、というのも、言えなくなったというより、先の選挙で国民の選択として出来上がった新体制が予想外でありすぎたため、当面無気力になってしまった、ということのように見えます。私の心境もそんなものです。できてしまった現状にノーを言うよりも、いったん受けいれて、その上でいいところを見ていこう、いずれ揺れ戻しがあるだろうし、というところでしょうか。そのうちに今の事態が懐かしくなるような、異論百出、容易にまとまらないような世の中が戻ってくるのではないでしょうか。

投稿: アク | 2005/12/25 17:48

 小泉首相の改革を国民が支持している理由として、「どうにもならない閉塞感」があるのではないかと私は感じています。結局、今の状態では官僚やいろんな利権が絡み合って、大きく何かを変えたくても合議制の悪いところが出て結局無難なところに落ち着いてしまいます。以前、アメリカにいた時に友人が「今の日本はタイタニック号が沈みそうになっているのに、誰がどのような順番でボートにのるか円卓に座ってずっと会議をしているようなものだ。ちなみに全員が会議が終了するまで動けないようチェーンと鉄球で縛られているのだ。」と皮肉っていたことを思い出します。私は国民は改革の結果、良くなろうが悪くなろうがあまり興味がないのではないかと思います。今の現状を打破してくれる可能性があるのなら、少々難があっても良いと悟りきっているように思います。既成概念の破壊や新しい刺激があれば是非はともかく何でも良いということです。近衛内閣の状態に近いのではないかと蓮沼先生のご意見でしたが、私は幕末に近いのではないかと思います。さんざん改革をやろうとしてきたがどれも失敗に終わってきたところなどそっくりではないでしょうか。この状況が続くと歴史上は一揆や打ち壊しが始まることになるのですが、今の日本国民はあまりにおとなしく飼いならされているのでそこまでの根性があるかどうかが見どころのように思います。

投稿: Aurora A | 2005/12/26 03:20

Aurora A さん、ご意見ありがとうございます。
Persons of the Year を選んだ、新刊のTIME誌は、アジアでの今年の注目人物に小泉首相を選んで、いろいろ書いています。小泉さんは、今までなかなか分かり難かった日本の政治を、外国人にも分かりやすいものに変えてくれた、西欧並みの政治スタイルに変えてくれた、と見えるようです。それも反対勢力を、こんなに見事な手段で排斥し、勝利を収めた。見事だ、というわけです。しかもその結果、沈滞していた日本に活力が戻ってきた。外から見ると素晴らしいリーダーのようです。私たち日本人も、こんなに希有なリーダーを、この時代に持てたことを、最高の幸せと喜ぶべきなのかも知れません(笑)。

投稿: アク | 2005/12/26 13:52

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筆者は、今回の与党圧勝を受けて、なぜかイギリス労働党のイラク戦争参戦が気になってなりません。何ゆえ、リベラルな政策を掲げて圧勝した英労働党が、二つ返事でアメリカの戦争に加担したのでしょう。 確かに、90年代後半から、イギリスの銀行・証券等の金融機関はアメリカ資本に乗っ取られてしまった事情はあります。国の経済がアメリカに牛耳られている状態では、ノーと言えないのかもしれません。その点、今回の郵政民... [続きを読む]

受信: 2005/11/23 01:23

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