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2005/11/02

みやも歩けば、Isaに出会う

【今回はパートナーのみやが、こちらのブログにはじめて登場します。アクは現在久しぶりの東京で諸行事をこなし、忙しく過ごしています。HP本館でアイルランド旅日記を執筆中のみやが、その番外編をこちらに書きます。これからも時には登場して、アクとは違った記事をお目にかけます】

 いろはカルタにも登場する諺に、「犬も歩けば、棒にあたる」というのがある。子どもの頃に遊んだカルタの絵柄を、今でも鮮明に思い出す。現在のペット事情の犬と違って、昔の犬は庭や玄関先で飼われ、野良犬も多かった。そんな犬がときどき綱を解かれ、あるいはうろついて、悪戯をした。「コラーッ。何するんだーッ」と怒鳴られて、棒で叩かれることがあったのだろう。ジッとしていればなんにもないのに、なまじ動くから、棒で叩かれることになる。冒頭の諺のそもそもは、そんなドジな犬の姿を現していた。そのことから、何かをすると思いがけない災難にあうものだ、という譬えになっている。

 ところが、いつの頃からか、この諺はプラスの意味で用いられるようになった。ジッとしていないで何かやれば、思いの外の幸運にぶつかるというのだ。犬だって歩いていれば、いいこと(ひょっとして美味しい骨=棒!)に出会うのだ。犬が棒で叩かれるなんてことは動物虐待にあたるから、最近ではそんなことは滅多には起こらないし・・・!。

 つい先頃、この諺の意味を思いおこす出来事があり、「みやも歩けば・・・」とつくづく感じた。私は戌年。犬大好き人間である。

織りが一段落、旅へ このところ、趣味の織(特に裂織)に熱中している。織仲間が増え、織の組織のひとつ(全国裂織協会)に加わり、全国公募展に出品して入選し、研修旅行にも参加した。数年前には予想だにしなかった織の世界が、いまや生活の大きな部分を占めているのだ。とりわけ、今年前半は「織」で過ぎたといってもいい。その展覧会なども終わり、私の織の仕事も大きな節目をつけたところで、お疲れさんの意味を込めて海外への旅に出た。そして、「犬も歩けば・・・」の諺が、我が身に起こった。

バンラッティのレストランで 夫とアイルランドへ出かけ、レンタカーをして気ままな旅を続けながらの9日目。バンラッティ(Bunratty、ボンラッティと表記したガイド本もある)という古城で有名な町に泊まった夜。夕食をとるために、古城に近いレストランへ行った。壁際の席に案内された。そこはカップルが並んで座るようにテーブルがセットされている。いわゆるラブ・チェアの席だ。「いい歳して、ラブ・チェアだなんて・・・」と苦笑したが、この席は悪くなかった。私たち夫婦は、どちらかといえば好奇心旺盛だ。客の出入りや、どんな顔ぶれなのか、運ばれてくる料理はなにかなど、レストラン全体が見渡せるのだから、ラブ・チェアなんてことには拘らずに、楽しんだのだ。

着ていたポンチョに目をつけて 私たちよりやや遅れて、熟年カップルが、すぐ前のテーブルに案内されてきた。見たところアメリカ人観光客らしい。このバンラッティは、シャノン空港に近い。ここへは、アメリカ東海岸のニューヨークやボストンから直行便がある。夕方見に行ったバンラッティ城にも、私たちが宿をとったB&B 村にも、アメリカ人観光客がたくさんいた。そのカップルの夫人だが、席に着くと、食事の注文のためのメニューを見るのもそこそこに、私のほうをしきりに眺めている。やがて好奇心を抑えきれずに、立ち上がって私に近づいてきた。「それ、あなたがつくったの?」と、私の着ていた上着を指さす。この日、私は自分で作った裂織のポンチョを着ていた。うす紫を基調に、それに合う色あいの裂いた布をところどころに配し、部分部分には和服の模様をそのまま活かしている。それが効果的に織られて、自慢の作品だ。自分でも気に入って、よく着る。防寒とお洒落を兼ねて便利なのだ。

織り作家が好奇心を 「もちろん、お手製ですよ」と、ちょっと得意だ。「どんなふうに織っているの?」と、尋ねられる。「お見せしますわ」と、ポンチョを脱いで背面も見せ、織りの方法を説明する。裏を眺め、経糸と緯糸の絡み合いを興味深く点検していた夫人は、「私は絹糸で手織りをしているんですよ」と言う。道理で、ポンチョに興味を持ったのだ。ウエイトレスが注文をとりにきたので、「また、あとでね・・・」と言いながら、目の前のテーブルにもどった。それでも気になるらしく、ときどき私たちを見ては微笑む。それからしばらくは、それぞれの夕食に専念したが、デザートが済んだころ、「あなた方がよろしかったら、そちらのテーブルでご一緒していいでしょうか?」と声をかけ、「もちろんよ!」と大歓迎されて、テーブルを移り、4人で食後の談笑を繰り広げた。

一緒になっておしゃべり 夫妻はアメリカのニュー・ジャージーからツアーでやって来て、今夜がアイルランドの最後の夜だという。「あなたのポンチョを見て、インスピレーションがあったの。素晴らしいヒントが貰えたわ」と、言う。その頃になると、お互いに名前を名乗り、これからも連絡を取り合おうと、メール・アドレスや住所を教えあうまでになった。私たちがこれからの予定を話すと、「あの地方へ行ったら、ぜひこの町を訪ねたらいい」などと教えてくれたし、私たちがアメリカに住んだことがあることや、今のアメリカ事情など、話は尽きなかった。彼女Isaと私、二人の関心事は、なにより織りについだった。

日本をよく知る夫妻 夫妻は、日本に2度来ている。ずっと昔、ご主人は空軍で働いたとき三沢に住んだ。その頃からIsa は、日本の着物、特に絣(かすり)に関心を持ったらしい。2年前に再来日したときには、絣と藍染をしている土地を訪れたという。名古屋の近くの何とかという場所、金沢、京都、奈良・・・。次々に訪れた土地が出てくる。アメリカでよく知られている日本人が書いた織りの本をあげる。「ジュン・トミタの本2冊持っているの。’シボリ’という本は、1986年に出ているわ。ヒロユキ・シンドウの本も読んだわ・・・。2人はアメリカで展覧会をしたりして、日本の織物について、いい紹介をしています」。私は、絞りや染めの方面に疎く、感心して聞くだけだ。夫妻はニューヨークの日本協会(Japan Society)のメンバーだという。

織り作家として高名な人 帰国するとすぐに英語グーグルで検索し、彼女が絹織物作家として活躍していて、工芸としての織りの雑誌に寄稿するだけでなく、本を出版していることを知った。まもなく彼女からメールがあった。日本に戻る日を伝えていたから、時期を見計らったのだろう。

メールのやりとり こうして、その後半月の間に、4回のメールのやり取りがおこなわれ、「昔のものだけれど・・・」と、12年前に彼女が出版した書籍(共著)が届いた。「Planned & Unplanned 」という題で、「Creative Handwoven Clothing 」という副題がある。どんなパターンを織るか計画して織るというのが Pat Whiteという名の共著者。Isa Vogel は計画なしで織り始め、そのときどきのインスピレーション次第で偶発的に予想外のものができてくる妙味を主張している。そんな2人の作品が、作る動機と技術を交えて対照的に紹介されていて、面白い。著書の扉ページに「Happy day to have met you, Happy doing weaving!」とサインがあった。

重なった偶然 この旅に出かけなければ、あの夕方、バンラッティに泊まることにしなければ(夫はもう少し先まで行く予定だった)、B&B の女主人に、あのレストランを教えてもらわなければ(司馬遼太郎の「愛蘭土紀行」に出てくる別のレストランを考えていた。あそこは、今は騒々しくてよくないと、女主人はこちらを勧めてくれたのだ)、あの席につかなければ、あのポンチョを私が着ていなければ、Isaが声をかけてくれなければ、などと考えてみると、さまざまな偶然が重なって、この人と出会えたのだ。この記事の「みやも歩けば、Isa に出会った」というのは、そういうことだ。旅に出かけずにジッとしていては、間違いなく、Isa には会えなかった。こうして、織りの友だちとなったIsa と、これからのつき合いが楽しみだ。そのうちに彼女を訪ねたり、あちらが日本に来たりということになるかも知れない。早速、私の作品のいくつかの写真を送りだした。

飛ぶ鳥、歩く犬 ヨーロッパの諺にも、「飛んでいる鳥は、いつも何かを手に入れる」とあるのを、思い出す。「犬も歩けば・・・」は、間違いなく、これに通じている。ジッとしているのではなく、歩き、飛ぶ。それが思いがけない喜びになる。歳を重ねるとつい億劫になって、行動範囲が狭まってくると自覚する。だが、戌年に相応しく動き廻ることは悪くない。そんな経験だった。

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コメント

みやさん

本当に素晴らしい出会いでしたね。

旅に出て何時も思うのは、人との出会いの素晴らしさだとかねがね思っていましたが、まさかそんな偶然があるとは?

アメリカの織り作家と日本の織りの作家が運命の神の粋な計らいで出会った!なんとすばらしい偶然!彼女はインスピレーションの作家だそうですから、これからどんな発展があるのか、他人事ながらドキドキものです。

名古屋の近くの地名のことですが、しぼりで有名な所なら、鳴海かしら?とも思いました。私も鳴海絞りの着物を一枚もっています。

あちらを尋ねたこともありますよ。

例の今年受賞した、コートはお持ちにならなかったのですか?

投稿: 美千代 | 2005/11/03 23:12

美千代さん
早速読んでいただけてありがとうございます。

旅には、例のコート持参していったのですが、レストランには着ていきませんでした。話の中でコートのことにも触れたら、Isaは見たがり、どこに泊まっている?見に行きたい、とまで言われたのですが、私たちの宿が彼女たちが泊まったホテルが遠かったので、諦めたのでした。後で考えましたら、私たちには車があったのですから、一走り宿まで往復してくれば、お見せできたと後悔しましたよ。帰ってからコートの写真を送ったり、連絡を取り合うことができて、これからが楽しみです。

名古屋近郊の絞り。地名がはっきりしなかったのですが、「ああ、これだった」と、理解しました。ありがとうございます。彼女は、一生懸命に、説明してくれましたよ。

投稿: みや | 2005/11/04 08:21

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