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2005/12/26

天皇の太平洋戦争についての発言

 天皇誕生日に行われた記者会見での発言は、マスコミでは小さな扱いだったが、記憶にとどめておきたいと思い、ブログに書くことにした。女系天皇問題を問われて「回答を控えようと思います」と答えたほど、公的な場での発言に慎重な天皇が、サイパン島を慰霊訪問したときの気持を語ったあと、「過去の歴史をその後の時代とともに正しく理解しようと努めることは、日本人自身にとって、また日本人が世界の人々と交わっていく上にも極めて大切なことと思います」と言われた。天皇があの戦争の歴史認識を正しく持った上で、この問題についての最近の対応への危惧を、慎重な表現がら言外ににじませていると感じた。同世代を生きたものとして、深く共感した。できることなら、小泉首相にも、この言葉をじっくり読んで、その行間を読み取ってほしいと思った。

 天皇の政治への干渉は禁じられている。政治的な影響のある行動や発言は避ける。しかし、サイパン島への慰霊訪問は、天皇の意向により実現したのだろう。記者会見での発言も、おざなりのものとしたくない、これだけは言いたいとの天皇の意志が反映したものだと受け取れる。ご自身で、また皇后とも十分に練り、宮内庁の高官に見てもらった上で、なされた発言だろう。抑えた言い方しかできない立場での、慎重な言い回しだけれども、天皇の歴史認識が透けて見える。

 天皇は、記者団からサイパン島での「慰霊についてのお気持ちや、かの地で感じたこと、今後の慰霊のあり方、次世代への継承などについて」を問われ、用意したメモを読み上げて、こう答えている。

 先の大戦では、非常に多くの日本人が亡くなりました。全体の戦没者310万人の中で外地で亡くなった人は、240万人に達しています。戦後60年にあたって、私どもはこのように大勢の人が亡くなった外地での慰霊を考え、多くの人々の協力を得て、米国の自治領である北マリアナ諸島のサイパン島を訪問しました。

さらに言葉を続けて

 昭和19年6月15日、米軍がサイパン島へ上陸してきた時には、日本軍はすでに制海権、制空権を失っており、大勢の在留邦人は引き揚げられない状態になっていました。このような状況下で戦闘が行われたため、7月7日に日本軍が玉砕するまでに、陸海軍の約4万3000人と在留邦人の1万2000人の命が失われました。軍人をはじめ当時、島に在住していた人々の苦しみや島で家族を亡くした人々の悲しみはいかばかりであったかと、計り知れないものがあります。この戦闘では、米軍にも3500人近い戦死者があり、また、900人を超えるサイパン島民が戦闘の犠牲になりました。また、この戦闘では、朝鮮半島出身の人々も命を落としています。

わざわざ「朝鮮半島出身の人々」のことを付け加えたのは、たいした配慮だと思う。訪問のおりに、わざわざ予定にない慰霊碑を訪れたという報道も記憶している。
 ついで、「彼の地で感じたこと」との質問項目には、

 このたびの訪問においては、それぞれの慰霊碑にお参りし、多くの人々が身を投じたスーサイド・クリフとバンザイ・クリフを訪れ、先の大戦において命を落とした人々を追悼し、遺族の悲しみに思いを致しました。61年前(ぜん)の厳しい戦争のことを思い、心の重い旅でした。

日本人島民たちが、「生きて虜囚の辱めを受けることなかれ」との軍人勅諭に準じて、身を投げた映像を見、この地を訪れて慰霊したいとの気持をずっと持ち続けたのだろう。ひとつひとつ丁寧に答えている最後の項目として「次世代への継承」があった。それへの答えで、かなり踏み込んだ。こうである。

 日本は、昭和の初めから昭和20年の終戦までほとんど平和な時がありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに、正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また、日本人が世界の人々と交わっていくうえにも、極めて大切なことと思います。戦後60年にあたって、過去の様々な事実が取り上げられ、人々に知られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により、過去の事実についての知識が正しく継承され、将来に生かされることを願っています。

 最初にマスコミの扱いが小さいと不満を書いたが、理由も分かる。たぶん天皇の発言を政治的に扱ってはいけないとの配慮だろう。もし私が上に書いたような趣旨で報道したら、中国・韓国寄りに天皇発言を利用した、と責める人々が出てくるだろう。そんなことも予想し、天皇を巻き込むことになると心配したのだろう。このようにして、まっとうな歴史認識をいう人の声が小さくなっていく。べつに中国・韓国寄りとかいう問題ではない。途方もない数の日本人自身が、大きな災難を被った歴史のことである。私だって幼かったが、辛酸をなめた。周囲にはそういう経験の人が多数いる。「日本人自身にとって、また、日本人が世界の人々と交わっていくうえにも、極めて大切なことと思います」との言葉を噛みしめてみよう。よくぞ天皇はいってくださった、と思う。

 なおかつてこのブログに書いた天皇の靖国、小泉の靖国(05/1/12)を関連してお読みいたければと思う。

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コメント

 戦争責任については何かバブル経済がはじけて発生した多くの会社の責任問題に似ていると思いますが如何でしょうか。結局、国や会社を間違った方向に指導した責任はどうなのかという点です。「個人でどうできるものではなかったから」とか、「その時点での最良の選択だったから」という言い訳もできるでしょうが、多くの亡くなられた方々や失業された方々、さらに辛酸をなめた方々はその説明で納得されるのでしょうか。社会で管理する側、すなわち何かしらの政策や意思の決定に関わる方々は日々行われておられる判断の結果、後世の後輩たちにはかりしれないほどの重大な迷惑や問題を残す可能性があることを十分に自覚して職務にあたって頂きたいと思います。そして政策や判断が失敗であったと明らかになった場合は誠心誠意ご自分たちの間違った判断を悔い改め、全てをもって償う謙虚な態度で望んで頂きたいと思います。
 「その時の判断としては仕方がなかった」などという責任の所在をうやむやにする擁護論は私は到底受け入れることができません。多くの指導的立場の方々には判断するためのリスクと責任を元に高い給与や地位が与えられていると思うからです。危機管理における責任所在の追求なしでは給与と地位の横領になってしまうと思います。大戦後の裁判もGHQの強引なやり方ぬきだったなら、きっと上層部は戦犯にすらならなかったでしょう。多くの会社でも本当は「バブル戦犯」なんていう問題が出るべきだったと思います。
 日本の社会、黒船以来いつも「外圧がないと変わらない、変わることができない」側面が見えてきます。

投稿: Aurora A | 2005/12/30 01:14

追記です。陛下のお言葉をバブル期のことに言い換えてみましょう。

日本の多くの会社では、バブル経済がはじけるまでほとんど正常な経営判断されることがありませんでした。この過去の歴史をその後の時代とともに、正しく理解しようと努めることは日本人自身にとって、また、日本人が世界の人々と交わっていくうえにも、極めて大切なことと思います。バブル期の清算にあたって、過去の様々な事実が取り上げられ、人々に知られるようになりました。今後とも多くの人々の努力により、過去の事実についての知識が正しく継承され、将来に生かされることを願っています。

 先の大戦のこともバブルのことも、過去の様々な事実を取り上げ、人々に知らしめることを「死者にむち打つ」と言うならば、鞭打つことは大変重要なことと思いますが如何でしょうか。

投稿: Aurora A | 2005/12/30 01:28

Aurora A さん、面白い見方ですね。責任の所在がはっきりしないまま、誰も責任をとらずに、曖昧にされているところなど、そうですね。ただ、戦争責任については、その責任を問わないだけでなく、あのひどい戦争を正当化するような動きすらあるところが、違うでしょうか。
バブルでいえば、あの当時の指導者はよくやった、というようなものです。会社のために命を捧げた企業戦士を祀る会社の神社があるとして、そこに会社をつぶした社長や経営者をこっそり祀ってしまった。再起した新会社の社長がそれを大事にするのを、企業の犠牲になりつらい思いをした社員やその家族が、それはおかしいという。実権のない会長職にあった宗家の当主は、私は参るつもりはない、どうして会社があのようなことになったか、みなでよく考えてみた方がいい、といっている。そんな図でしょうか。

投稿: アク | 2005/12/30 15:52

私は天皇制を支持しないのですが、伝え聞くところによると、アキヒトさんとナルヒトさんはなかなか面白い、勇気のある人だということです。アキヒトさんもナルヒトさんもお会いする機会は生涯ないと思うので残念ですが、会った人はなかなかの人物と言います。マスコミ報道は、配布されたチェック済み原稿の内容のみですが、実際は原稿にないご自分の考えをはっきりとおっしゃるのだそうです。これに対し、東宮である兄の批判をわざわざ公の場でするフミヒトさんやアルカイックスマイルで固まってしまったキコキコさんはいやですね。兄弟の争いは、カインとアベル、ヤコブとエサウの物語や、大和朝廷の紛争で、おなじみですからね。
更に、宮内庁という、皇統を国民となじませないようにする勢力もあります。学会での展示でアキヒトさんから直接質問を受けない人でも、同じブースに立っているというだけで、家族調査までされたそうです。週刊誌は、時に新聞の広告で見るだけですが、マサコさんについて悪意としか思えない記事を堂々と書いていて、声が出せなくなるほどいじめられたミチコさんやノイローゼになるほどの締め付けにあっているマサコさんという、学習院出身者でない「国民統合の象徴」さんの家族への悪意に満ちた記事を排除する方が、君が代を歌わせるより、「愛国」と思いますね。
ですから、戦前、戦中も同じですが、このファミリーを高い所に上げて置いて、一方で彼らが自分の頭で考えたことは尊重しないという不思議な構造がこの国にはありますね。
王にはしたくない皇太子を持つ英国人と話していると、アキヒト家の人々を一人一人の人間として捉え、評価しているのに驚かされます。同家と親しくしているわけではないので、私の印象が間違っている可能性も大ですが、先ずは「妻を守る」との約束をどう守るのか、注視したいですね。

投稿: Miekli | 2007/02/27 23:04

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