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2005/12/12

司馬は今日の日本を見通していた、と養老

 雑誌「文藝春秋」06年新年号の巻頭論文、「司馬遼太郎さんの予言」で、養老孟司は、司馬が「過去を掘る人」であっただけではなく、現在を見抜く人であったゆえに、その晩年に書いた日本社会の分析は、「今の日本を見通していたかのようだ」(副題)と書いている。解剖学者として、また無類の虫好きとして、対象をよく見ることを大事にする養老が、司馬は、過去に聞く「大きな耳」をもった人であったと同時に、現「場に足を運び、対象の前に立ち、何かを見て、何かを感じることを大切にし」た、「大きな目」をもっている人だった、と自分との同質性を感じているようだ。

 1987年以降、小説を書かなくなった司馬は、1996年に亡くなるまで、「街道を行く」を書きつぐとともに、「国のかたち」などのエッセイを書いた。この時期の司馬の書いたものを、司馬信者たちは、あまり評価しない。司馬信者、と私が呼ぶのは、司馬の歴史小説から「司馬史観」なるものを読み取り、それを偏狭なナショナリズム昂揚に援用する人たちのことである。たとえば鷲田小弥太「司馬遼太郎。人間の大学」(PHP研究所、1997)などがその一例である。この人は、司馬の歴史小説を大人の必読書と大いに持ち上げる一方で、「国のかたち」を書いた司馬は、「年をとり、先がなくなると、ああ昔は良かった、それに比べ、現在は駄目だ、と悲憤慷慨するようにな」る、どこにもいる老人に過ぎないとして、全く評価しない。

 養老は、これとは逆に、晩年の司馬の発言を重視している。「坂の上の雲」のなかで「明るい明治」を書きながら、折に触れて「余談だが・・・」と断りながらも、「暗い昭和」への転落を嘆いていた司馬が、戦後の日本を「こんな明るい世の中が来るとは思っていなかった」と養老に語ったという。その司馬が、昭和40年代の終わり頃から、日本の現状に憂慮を感じて発言したことを、養老は「司馬遼太郎の予言」として、前述「国のかたち」などから引用し、現在の日本へ司馬が何を言うだろうかとの観点から、読み直そうとしている。

 たとえば、これはよく知られている言葉だが、

 要するにね、日本は土地を公有にしなきゃどうしようもないと思う。産業問題もなにも解決が不能だと思うね。地面そのものに途方もない値段がついていて、地面をころがすことによって金が儲かる。自他ともに加害者・被害者の一人二役を演じていて、電子レンジの中にいるみたいです。こんな社会はどこの国にもないことでしょう。 (『土地と日本人』「日本の土地と島民について」)

と、バルブが発生し、やがてはじけるよりずっと前に、司馬は書いている。この発言を、前述の鷲田小弥太は、社会主義という、とんでもない意見に晩年の司馬は転んだと責めている。見当違いである。養老が書いているように、地価高騰の危うさを、司馬ならではの感覚でいち早く気づき問題としたこと、を評価すべきであり、「土地公有」という刺激的な言葉は、警告のための手段に過ぎないと考えるべきだ。

 バブルの予言は過去のことだが、今の日本について、司馬は何を予言していた、と養老はいうのか。一つは単純化、均一化、抽象化が支配する怖ろしさである。

 いまの社会の特性を列挙すると、行政管理の精度は高いが平面的な統一性。また文化の均一性。さらにはひとびとが共有する価値意識の単純化。たとえば、国をあげて受験に熱中するという単純化へのおろかしさ。価値の多様状況こそ独創性のある思考や社会の活性を生むと思われるのに、逆の均一性への方向にのみ走りつづけているというばかばかしさ。 (『この国のかたち』一「14江戸期の多様さ」)

との、1988年頃書かれた分析は、今の日本社会のことを言っているようだととし、養老自身の言葉で、こう書いている。

 確かに価値意識の単純化は、今も「感覚」からどんどんと離れていく方向で進んでいる。たとえば今の科学の世界は、ナノテクノロジーや理論数学的なものなど「感覚から外れたもの」が新しく、リアリティがどんどん失われている。手で触れたり感じたりする分野をやっている科学者は「遅れている」のだそうだ。あるいは先に触れた「お金の単純化」もそう。何千億という額に、お金としての手触りはまったくなく、ただその手の情報処理が得意な人、つまり、目に見えないものを動かすのが得意な人が出世していくのだな、と思うだけである。ただ、これが進むと、日本社会の足腰は決定的に弱まっていくだろうな、と思う。

 また、司馬史観について、司馬自身は、歴史の見方は主観的であり、ひとりひとりの見方があっていいと、あらかじめ釘を刺していることを指摘する。司馬の考えを「史観」などという衣で包んでしまうことは、彼のもっとも嫌うことだ。

 日本人にとっての「公」と「私」、会社と会社人間、村の論理、家、などを取り上げている部分は興味深い。昨今、日本人の「個」の自覚の無さについて、それは良くないと、否定的に論じられることが多いが、司馬は、それが日本人なのだと、書いているようだ。養老も同調している。その関連で、日本人は無思想であり、価値の絶対基準をもたない、それがいいのだ、としてこういう司馬の言葉を引用する。

 (日本人は)価値の絶対基準がなくて、何となくお互いをわかりあい、のんびり暮らしてきたわけです。これはマイナスの面もあるけれど、日本という国がうまくやってきたプラスの面のほうが大きいと思います。そうした相対思考の社会の中で、”点”だけの絶対性を信じる人がいると、体内に異物が入ったようにとまどうようですね。(『週刊文春』95年8月17・24日号、立花隆徹底インタビュー パート1 司馬遼太郎「麻原彰晃は史上最悪の人物」)

 この点については、少し私には異論がある。このような日本人特殊論で、日本社会を見ていくことは必要だ。しかし、ビジネスや科学技術の世界などで、あるいは国際政治の中で、この特殊論とグローバルスタンダードをどうつじつま合わせができるか。私は、どちらかといえば、特殊であっていいとの論には、くみさないつもりだ。といって、価値の絶対基準などありはしない。相対思考でいい。しかし、「何となくお互いをわかりあい、のんびり暮らす」などということは出来はしまい。じゃあ、どうしたらいいのか、司馬の予言を超えて、どう進むか、ということになる。それが一つの問題だ。

 この点について、もう一つ。実際問題として、日本社会が特殊であることは認めざるを得ない。そして、そのような日本社会で、「”点”だけの絶対性」を説くものの考え方や主張が、時に応じ入れ替わりつつ、社会を動かすことの危険性を感じる。いや今の時代風潮の中にも、「”点”だけの絶対性」の動きを感じる。依然として、司馬の予言に聞くべきところが大きい、とも感じる。

 ほかにも引用して、論じたいところは多々あるが、やめておこう。この二人の知の巨人は、不思議と共鳴するところがあるようだ。書き手としての二人は、私からみるとずいぶん違って見える。司馬は、誰もが分かる筋道を立てて、骨太の文章で、ぐいぐいと説得してくれる。養老は、独特の感性で得た直感的な結論を「だってそうでしょ」と、まるで天の声が着地したかのように導き出す。しかし、ものごとの表層を抜けて、芯を見抜く目の確かさを共有しており、結論とするところが、おのずと共鳴しあうのだろう。司馬を論じる養老の文章は、この人にしばしば感じる論理の飛びがなく、わかりやすい。

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