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2005/12/14

姉歯を責められるか、耐震強度偽装証人喚問を聞いて

 今日は一日テレビの前に座りっぱなしで、耐震強度偽装問題についての証人喚問の様子を視聴してしまった。8時半からのワイドショーでの事前のテレビ談義に始まり、9時半から、昼休みを挟んで、夕方の5時45分頃までの委員会中継を、ずっと見た。伝えられる偽装問題に、いったいどんな人間が関与していて、事件についてどう釈明するか。厳しい証人という立場に置かれて、どんな答えぶりを見せるか。一問一答を漏らさず聞いた。ほとんどまる一日、時間を使ってしまった。ブログの記事一つぐらい書かないと、収まらない気持だ。月並みの感想しかないのだが。

 いちばん印象に残ったのは、偽装強度計算をした姉歯氏の「弱い自分がいた」との言葉だった。この人はクールな印象で、今度の事件への関与を、なにか人ごとのように淡々と話した。これまでのテレビで見た印象でもそうだったが、普通の喜怒哀楽の感情を共有できそうもない、感性の違う人にみえた。大きな仕組みの中に巻き込まれて、仕方なかったと、こういう事態になったことに諦めの様子だ。

 姉歯氏は、自分はこれはできない、と断ることはできた。しかし、彼が断れば、誰か彼に代わる人が同じことをしただろう。そう思えた。あるいは姉歯氏はこう考えたのかもしれない。建設会社から強制されて、仕方ない、耐震強度をごまかした申請書を提出せざるをえない。たが、きっと検査機関でばれるだろう、と。それがばれなかった。ばれないことが続いて、姉歯にやらせれば、鉄筋を手抜きしたコストの安い建物の設計が検査を通る、という図式が確立してしまった。抜けるに抜け出せないしがらみに取り込まれて、どうにもならなくなった。いずれすべてがばれて社会を騒がすことになるか。それとも激震が起きて、彼の設計になる建物がばたばた倒れ、被害者が出る惨憺たる事態に陥るか。そうなるまでは、これは止められないと、彼は諦めの中で偽装を重ねていたのではないか。

 「白い巨塔」での、財前教授の下での柳原医局員(里見助教授と対照)、「海と毒薬」での、生体解剖を手伝わされた医学生などを思い出した。

 すべてが大きな仕組みの中で動いている。不況の中で建設業界がコスト争いに走ったなかで、起きるべくして起きた不正事件だった、ともいえる。どの業界でもそうだが、競争の中で急進出する企業には、たいてい無理がある。何らかの綻びを露呈する。その一つだろう。リクルートや佐川急便を思いおこす。今回の木村建設、今日は呼ばれなかったヒューザーなどはそのひとつだろう。

 大きな悪が行われるとき、さまざまなレベルで、さまざまな人間が関与する。もちろん、上の方に何人かの大物がいて、かれらが共謀してワルを企むのだろう。その下に、手先となって使い走りをする器用なヤツがいる。今日、証人に出てきた篠塚(木村建設の東京支店長)などという小物がそれだ。そしていちばん末端で弱いものが、道具として使われて、全体の大きなワルが完成する。末端の弱者の中に専門的知識を持ったスペシャリストがいる。彼らは専門には強いが、人間として弱い。人間として本来持っているべき矜持を、やむをえない状況に追い込まれれば、たやすく譲り渡してしまう。

 彼らに理念としてのエートスを問うのはたやすい。しかし、現実の生活で、悪の誘いを決然として断る強い意志を、誰でも持つことができるか。自分がその立場に置かれたときに、どう振る舞うだろうかを想像してみるといい。自分と自分に生活がかかっている家族などを思うとき、長いものは巻かれた方がいいという諦めがでてこないか。悪の誘いを決然としてはねのける意志と、諦めと、その天秤の中でどちらに傾くか。そういう難しい選択の場面に遭遇することが、人生の一局面としてある。ありうる。そのような局面に遭遇せずにすめば、ラッキーなのかもしれない。誰もが意志を貫くことができるか。けっこう難しいと思う。

 そう思うとき、私たちは、その弱いものを、とがめることができるのか。「あなたがたの中で罪のない者が、まずこの女に石を投げつけるがよい」というイエスの言葉(ヨハネ8章7)を思いおこす。

 以上が、主な感想だが、ほかのことも書いておこう。今日の委員会審議で不満だったのは、一、二の質問者を除くと、議員たちは、きわめて斬り込み下手であったことだ。姉歯氏が「これ以上は無理です」と篠塚支店長に言ったとき、それ以上をやれと言われたこのは、基準を犯せ、という意味だと明確に理解した、と述べた。また、「自分だけでできることではなかった」と、篠塚を名指しした。しかし、この点に関して、篠塚を追い込むことができなかった。能弁な質問者が、問いつめていたらと、まことに歯がゆかった。

 その点で、内河総合経営研究所・所長を中心とする構図をあぶり出して、内河をたじたじとさせた、馬淵議員(民主党)の質問ぶりは頼もしかった。言葉の迫力だけではない。いくつかの新しい資料・証拠を用意して、それを効果的に使った。

 もう一つ本筋としては、あまり問題にされていない証言があった。木村建設の倒産に至る経緯である。偽装倒産かと疑ったが、取引銀行による人為的な倒産であったという。問題が発覚した直後、銀行が深夜にやって来て、手形を落とすことができないことを告げた。手形の額面を上回る当座預金があるのにかかわらずであったという。銀行が自己資産を確保するために、多くの潜在的債務者に先駆けて預金を抑えてしまったらしい。

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コメント

私も昨日のテレビを観てアクさんとおなじ感じをもつと同時に先の衆議院選挙のときの自民党議員の皆さんの苦悩をそおぞうしました。郵政民営化に反対の議員の皆さんも小泉ー武部の公認しないとの脅しの圧力に負けて信念を曲げて従わなければならなかったことを!
組織の人間として篠塚氏の苦悩がよく出ていたとおもいます。姉歯氏は専門家ではあるが末端であり、やらされたが、検査機関の専門家がきずいて止めてたすけてくれるだろうと期待していたように見受けられた。中小企業では日本の古来からの匠や職人魂の誇りが残っているが大企業では佐伯氏が取り上げていた「量、スピード、正確」をもとめるあまりに生きのこれないのかと哀しくなった。テレビやそのたの報道から最も信じていた検査機関や行政の機能が全く機能していなかったことが明らかになり愕然としたのは私だけなのか、何でも官から民への結果がこのようなことになったのではと心配になった。

投稿: 松本進作 | 2005/12/15 06:58

松本進作先生、おひさしぶりです。朝早く読んでいただいて、早速のコメント、ありがとうございます。
 篠塚氏の「組織の人間としての苦悩」はわかります。今回の事件は、構造的な問題だと思いますが、そのキー・マンとして、耐震強度の手抜きを強く指示した。しかしそれを認めたら、構造全体の悪を認めたことになる。自分のところで何とか食い止めなければならない。事件の発端でも、言葉を選んで暗黙の指示をしていたわけですが、昨日も事前の打ち合わせがあったのでしょう。決して言質を取られない言い方に終始していたようでした。その際の苦悩は、表情には出ていましたね。こういう真面目そうで、忠勤を励む小者が、一見好人物の社長の下にいて、組織としての悪を作ってしまう。それが人間の作る組織の怖いところ、弱いところでしょう。安全に関わるところだけは、規制面を強化せざるをえないでしょうね。
 官から民へ、効率化の追求、という流れの中で、この問題が起きたことは、ご指摘のように、この世相の行方を心配する、良いきっかけになったと思います。私は、政府の役割を減らし、市場に委ねるという、大きな方向は誤りないと思いますが、その過程で出てくる様々な問題に知恵を出して、適切な規模で対応していくことが大事だと思います。こういう問題が起きるたびに、官が焼け太りして、行政の非能率化をもたらすだけになることを懸念します。
 書いておられた、自民党内の異見の押さえ込み。それは一時的には成功しても、そう長続きはしないだろうと、見ています。そのうちに変化が顕在化してくるでしょう。
 佐伯氏とは、「風の旅人」編集長の佐伯剛さんのことと思います。私のブログが場を提供して、意見のつながりができたのを、うれしく思います。

投稿: アク | 2005/12/15 09:47

休みの日だったのでリアルタイムで見ておりました。姉歯氏は基本的には正直な人のように感じました。篠塚支店長に法律違反を強要されたと言うこともなく,自分としては「これ以上は無理です」とは法律違反になってしまうという意味だったというに留まりました。逆に言うと,篠塚支店長に「鉄筋を減らせといっても,もちろん法律の範囲内の話」と強弁させる余地を残してしまいましたが。いけしゃあしゃあとよく言うよな,というのが篠塚氏に対する感想ですが。思うに汚れ仕事と修羅場には慣れているのでしょう(笑)。これくらいで白状するようなやわな神経では建設業界ではやっていけないのかもしれませんね。
また,姉歯氏の「単純な偽装なので検査機関でばれると思った」という発言は,もし自分だったら同じように考えたからもしれないなあと複雑な気持ちです。追いつめられた立場としては,論理的な選択肢だったかもしれないと感じるからです。自分は篠塚に言われた通りにした。しかし検査機関がノーと言った。だから言ったでしょう,駄目だって。これなら篠塚も納得するだろう。そして自分の仕事も守られる。自分でもこのように考えるかも知れません。そう思うと,姉歯氏には同情します。罪は罪として。

投稿: sukarabe | 2005/12/16 00:47

アクさんのおすすめブログを読ませていただいております、海外のブログも。佐伯さんとは風の旅人の編集長です、すばらしい見識の方と尊敬しています。「量ースピードー正確」だけを評価のバロメータとする傾向は企業だけでなく最近独立法人化した旧国立大学にも出ていることを先日出席した医局の忘年会での主催者の近況報告からも感じ、愕然としました。収入をあげられる部門が優遇され、学会発表や論文を量産する人のみが評価される傾向のようです。以前はすぐには人に理解されないが、大切な後日認められた立派な仕事をこつこつしていた学者がいましたがこれからは無理かなと暗い気持ちで帰ってきましたが佐伯氏のグログを多くの指導者に読んでほしいとあらためて思いました。

投稿: 松本進作 | 2005/12/16 06:28

sukarabe さん、おはようございます。コメントありがとうございます。昨日、姉歯氏は、NHKの単独インタビューで、これまでと違った顔を見せていました。リラックスした表情で、「ばれてよかった。これでやっと肩の荷がおりた」というようなことを話していました。私が記事本文で、「普通の喜怒哀楽の感情を共有できそうもない、感性の違う人にみえた」と書いたのは、何もかも話す以前の緊張状態にあった姉歯氏の姿で、やはり同じ感情を持ち合わせた普通の人だった、ということが分かりました。「抜けるに抜けられなかった」と、こういう偽りごとの仕組みの中に取り込まれた、弱い人間の立場と心境を語っていました。これからの償いの重いことは分かっていると思いますが、これまでの重荷の方がもっとつらかったのでしょう。
 今朝の報道で、木村建設の建てた建物で、姉歯氏が関係せず、強度偽装が行われたものがあるらしいとの新事実が出てきました。第二の姉歯氏がいる、ということですね。ほとんど誰もが、きっとそういうことがあるのではないかと予感していたことです。
 手を変え、品を変え、こういう不正が、どこまでも起き続けるのが、人間の社会というものでしょう。私はモラル面にそう信用をおかない考え(性悪説)です。しかし、規制はできるだけ少ない方が良いとも考えます。自由競争と規律とをどのあたりでバランスを取って、自由を確保しつつ、不正を予防していくか、ことが起きるたびに、とりあえずの対策を講じ、それを積み重ねていくしかないのでしょう。

投稿: アク | 2005/12/16 08:41

松本進作先生、おはようございます。独法化にともなう旧国立大学や研究機関の変化については、私も聞いています。私のいた研究機関で、私のいた頃は、どちらかというと基礎研究重視の方向が強調されていたのですが、今は振り子が、「役に立つ、すぐに成果の見える研究」の方へ揺れ戻しているようです。
 これは、1980年代、イギリスでサッチャー首相の下、行われた改革がひとまわりも二回りも遅れて来ているな、との印象です。当時イギリスの研究者たちは、環境の変化に苦闘していました。しかし、ほんとうに実力のある人は、変化をものともせず、成果を出していました。研究の分野はともかく、国全体についていえば、サッチャーのやった変革は偉大なもので、これでイギリスは甦ったのでした。よくいわれる「甘えの構造」を断つという意味で、多少の行き過ぎはあっても、現在進行中の改革は必要なものだと、私は大目に見ています。
 その一方で、表層の変化のもとでの、社会の底流の変化を見抜く人々(佐伯氏のような)は警告を発し続け、その考えを共有する人々は変わりなく存在し続ける、と、私はおおまかには楽観しています。しかし、この表層の変化が、どのような人間観、社会観の変化をもたらしつつあるか。表面で踊っている人たちにではなく、普通の人々の暮らしの変化、考え方の変化、そしてさまざまな社会問題に予兆として現れてくる変化などに注目して、考え続けていかなければならないとも、思っています。

投稿: アク | 2005/12/16 09:12

偽装問題、世の中をにぎわしていますね。この偽装問題の話を聞くたびに思うのは検査機関のチェックの甘さです。検査機関も聖域なき構造改革によって人員を減らされてしまった結果、全ての物件を細かくチェックすることが出来なかったと聞きました。結局、日本の検査機関は生命保険詐欺と同様に「申請者の良心をよりどころにして成り立っている」ということです。アメリカなのでは税務署も同様ですが全く申請者の内容を信頼せずに決められたルールに基づいて厳格にチェックしてきます。ここらあたりで「性善説」に基づく判断と言うあたりを見直す時期に来ているように思います。結局、今までこのような悪意に基づいた(本人たちはやむにやまれぬ事情もあったのでしょうが)申請に対する危機管理の甘さが露呈したように思います。
 興味深いことにほぼ同時期にお隣の韓国ではヒトES細胞のねつ造データスキャンダルが出ています。また日本の東大でもRNAiに関するねつ造疑惑が指摘されています。これらの2つの技術は近年、医療を含む生命科学領域で将来的に革命を起こし、場合によってはノーベル賞対象になるであろうと期待されたものです。耐震強度偽装問題もこれらの生命科学領域でのデータねつ造問題も何か根幹が同一であるように私は感じています。以前は偽装やデータねつ造をしても大して利益が得られないために良心に基づいて申請、発表が行われるものであろうと考えられていました。しかしながら設計段階を含む過度のコストダウンの要求や大型研究費や製薬会社を含めた利権が新たな状況を生み出しています。このような早い社会の流れにまだ監視機関などの危機管理システムが十分に対応出来ていないように思います。
 何でも民営化することが錦の御旗であるような昨今、何でもコストダウンが正義のような風潮、何でも論文のインパクトファクターで業績をはかる近頃ですが、これらを何も考えずにどんどん押し進めると何とも寂しい世の中になって行くような気がします。

投稿: Aurora A | 2005/12/26 02:55

Aurora A さん、コメントをありがとうございます。
偽装問題は、民か官かの問題ではなく(官も見のがしていた)、検査制度のあり方の問題でしょう。検査機関にダブルチェック(再計算)をすることを義務づけるか、官のお墨付きのソフトに抜け道をなくすか、何か技術的な面と制度面で対応するしかないでしょうね。

ES細胞問題については、近くブログに書こうかと思っていました。熾烈な競争の中にある研究者がつい誘惑に負けてデータを偽造してしまう問題。今回の場合は、それに国の科学技術政策と、さらには国民的なナショナリズム感情がからんでいます。ただし、科学の場合でも偽装の場合でも、結局ばれてしまうはずだと思うのですが、やはり当面の利の誘惑が強いのでしょうね。

投稿: アク | 2005/12/26 13:35

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 平成17年12月14日の証人喚問について、忠臣蔵、浪士の討ち入りとまではいかず、いまひとつだったが、姉歯証人は真実を語っているように思えた。他の証人は、自己保身が最優先のようだ [続きを読む]

受信: 2005/12/17 20:27

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