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2006/02/17

イスラムを怖がる風潮

「デンマークの新聞で始まったムハンマドの風刺画に、イスラム人が怒っている問題。収まるかと思ったら、各地に飛び火して、むしろ拡大しているのは怖いわね。どうしてこうなっちゃうのかしら」
「そうだね。一昨日はパキスタンでは死者が出たって。僕らも行ったことのあるパキスタンだけど、ラホールとか、ペシャーワルなんかで、外国人の店というのか、外国製品を売っている店が攻撃されているらしいね。トヨタの店もやられたらしい。

イスラムのことを避ける風潮 週刊のTIMEが、この問題について、いろいろな人の考えを聞いている(Feb.13,06)。そもそもの漫画を載せたデンマークの新聞社の編集担当者はこんなこと言っている。この漫画は、一人の画家が描いたのではなくて、競作らしいんだね。僕もネットで見たことがあるけど、いくつかの漫画が並んでいる。それは別々の人が描いたものらしい。この競作をしようとした動機は、いまヨーロッパではイスラムのこととなると、尻込みして自己規制してしまう風潮がある。それを問題にしたかったのだそうだ。ある出版社が、ムハンマドの生涯を書いた本を翻訳し出版しようとした。翻訳者は名前を出さないでくれと言った。イラストを描いてくれる人を探すのに苦労したらしい。やっと描くことになった画家も名前は勘弁してくれといった。別にムハンマドやイスラムのことを批判した本ではない。それでもみんなイスラムに関係することをいやがる雰囲気がヨーロッパにあるんだね。ロンドンでのテロ、フランス各地での暴動があったから。ロンドンのテート美術館では、「神は偉大なり」というインスタレーションを展示からはずした。これはタルムード(ユダヤ教の律法の釈義書)とコーランと聖書の三つをガラスに埋め込んだ現代アートだったらしい。最近どこでもイスラムのことを避けてしまう風潮がおかしいのではないかと、この編集者は考えた。そこで、40人のデンマーク人の漫画家に、ムハンマドをどう見るか印象を漫画に描いてくれと依頼した。12枚が新聞に載った。一部の漫画(catoon)は風刺画(caricature)だった。それは、デンマークでは普通のことなのだという。女王だろうが、政治家だろうが、何でもかでも風刺画の対象にするという伝統がデンマーク流だという。それはヨーロッパでも、アメリカでもそうだろう。日本でもそう。天皇家にはちょっと遠慮するかな。編集者は、このデンマーク流がこんな騒ぎにまで発展するとは予想しなかったらしい。結果としてイスラムの人たちを侮辱したことになったことには謝りたいと書いている」


デンマークという国
「デンマークは大人の国だと思うのよ。人間らしい暮らしを追求することの先進国。昔、内村鑑三が『デンマルク国の話』で、日本が模範にすべき国と紹介したことがあるし、アンデルセン童話とか、レゴでも有名ね。昨日読んだ雑誌「クロワッサン」(06/2/25号)には、デンマーク人の心地よい暮らしが取り上げられていた。大いに共感したばかり」
「そう、小さな国だけれど、大国の間に埋もれず、独自性を保っているね。僕ら物理をやった人にとっては、ボーアのいるコペンハーゲン研究所はメッカだった。エネルギー政策でも、一時は原子力をやり、原子力研究所もあって、ほら、僕らの知っているヨルゲン・ケムが所長だった。でも、原子力はすっぱりとやめて、風力などに切り替えた。飛行機から見ると海の中に、風力発電機が林立しているよ」
「そういう民主主義の成熟した国だから、風刺画は何でもありでOK。だけど、イスラムの人には、その価値観は理解できないのね。そこを分かり合えるようにするのは、至難の業だわねえ」

西欧人の価値相対主義「これは特にデンマークの問題ではなくて、ヨーロッパあるいは西欧社会対イスラム社会の問題だよね。ヨーロッパの人たちは、キリスト教会内の対立、国家間の対立戦争などの難しい歴史を経て、価値が多様であることを互いに認め合い、共存しあうしかないことがわかっている。価値観の相対主義だね」
「プロテスタントとカトリックの対立、殺し合いなど、そしてナチズムによるユダヤ人大虐殺を経験している。でも、ヨーロッパ以外の国に対して、植民地時代にやったことがまだ精算されていない、ということもあるのじゃないかしら?」
「イスラムの国は、ほとんどかつての植民地にされてしまい、ヨーロッパ人の支配を受けた。その結果、ヨーロッパ人は富を蓄え、植民地だった地は貧困のまま取り残されている。産油国は一応豊かだとはいえ、一部の支配階級がいい思いをしているだけ」

イスラムの独自なところ「イスラム圏に住む人々に対して、イスラム教はとても影響力が強い。他宗教とは根本的に違うものがある。もっとイスラム教のことを知る必要があるわね」
「イスラム教は、イスラムの人たちの社会全体を支配している、というのかな。キリスト教などが、個人本位なのと、ずいぶん違うよね。社会を構成している人はみな生活のすべてを、イスラム信仰に従ってやっている。政治も社会の仕組みも信仰と分離できない。法律も本来はイスラム法であるべきだとしている。ある意味そこまで徹底している。だから西欧の個人主義と相容れない」

イスラムは攻撃的なのか「イスラムって、穏やかというより、なにか攻撃的な感じがするのよ。右手にコーラン、左手に剣、とよく言われるけれど、イスラム教が出てきた歴史を見ると、イスラムの信仰を守り広げるために、最初の段階から戦争に次ぐ戦争をしている。信仰と戦いが結びついているところがあるのね。そのイメージが、最近の自爆テロなんかと結びついてしまう。武器を持って闘うことを聖戦(ジハード)として正当化していることは、どうしても理解できない」
「うん、そのイメージが強いけど、それは西側の人が、一方的に作り上げたイメージでもある。今度の漫画でも、イスラムの人たちが一番問題にしているのは、ムハンマドの肖像画で、頭に巻いた黒いターバンがそのまま爆弾、というもの。要するに開祖からしてテロリストそのものだった、というイメージなんだよね。イスラムの人たちからすると、むしろ西側の人たちが、勝手に侵略して、無駄な殺戮をやっている。自分たちの方が西側の暴力にさらされている。それだのに、あろうことか、ムハンマドをテロ主義者と風刺するなんて、とんでもないと」

イスラムの人と共存できるのかしら「でも、私はもうイスラムの国に行きたくないし、日本に来てイスラムの行動規範を頑として打ち出す生活は、ご遠慮したいわ。価値観を共有できない人たちが一緒に住むって、なにかと摩擦がおきて、むずかしいもの。ほんとはこういう考えはいけないことは承知してまずがね」
「それが今、ヨーロッパで起きている問題だね。どこの国もどんどんイスラムの人が入り込んできている。労働力としても必要としている。フランスでは、もとの植民地の人は、もう何世代も住み着いている。その人たちを公式にはフランス人として扱っているけれども、じっさいにはイスラムの人たちは差別されていると感じている。むずかしいよね。やっぱりハンティントンの言う『文明の衝突』ということになりつつあるような」

「これからどうなるのかしら」
「時間がかかるだろうね。かつてイスラムが西ヨーロッパの一部を征服圏にしていたときには、イスラムの人たちはけっこう寛容の精神があったというのだが。お互いに、相手の価値観を認めあって共存の道が探れるかどうか」
「そう。スペインなどに残ったイスラム文化の跡などすばらしかったし、異なった宗教の人々も共存できたという話は聞いたわ」
「今、イスラムを西側から見れば、不寛容で暴力的に見えるのはたしかだね。ハンティントンは、イスラム圏にリーダーシップを行使して、秩序を維持し、規律を正すような中核国家がないことと、出生率が年々向上して若年層が多くなっていることを、イスラム人の一部が暴力的になる原因としてあげている。もしそれが原因だとすると先行きはまだ見えない」
「それにイスラエル・パレスチナ問題もあるし。シャロンが倒れて、代わりに和平を進める人がいなくなったし、ハマスが選挙で大勝利するし、イランには変な大統領が現れちゃったし。何よりアメリカがイラクに居座っていて、ひくにひけないんでしょう?」
「当分こんな情勢が続くのだろうね。中東問題の出口は見えないね。とにかく、イスラムの、それも一部の突出した人ではなく、おとなしく暮らしている市民の気持ちになって考えてみる、ということが大事なんじゃないかな」
「私たちは西側の見方でしか、イスラムをみていない。その姿勢を改めなければいけないところもあるのでしょうね」

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コメント

>「イスラム教は、イスラムの人たちの社会全体を支配している、というのかな。キリスト教などが、個人本位なのと、ずいぶん違うよね。社会を構成している人はみな生活のすべてを、イスラム信仰に従ってやっている。政治も社会の仕組みも信仰と分離できない。法律も本来はイスラム法であるべきだとしている。ある意味そこまで徹底している。だから西欧の個人主義と相容れない」

今回の記事は対話形式。
「歴史が現在」をさまざまな角度から提示してくださってることに、なにかしらお知恵を拝借させていただいてるのでしょうか?個人的には民族宗教を超えてそれなりによい関係を保てたとしても、なかなかうまく行かないのが現実、その現実をふまえつつ折り合いをつけていけたら、などと脳天気に考えてしまいます。私の身近にもイスラム教徒のヨルダン人青年がいますが。。。イスラム教は、イスラムの人たちの社会全体を支配している、というのかな、って考え込んでしまいます。それがいいとか悪いとかではなく。

守分晴子でした。

投稿: ハルちゃん | 2006/02/20 19:33

ハルちゃん、イスラムについて自分のものの考え方に収まりかねない気持ちをありのままに書きました。対話形式は一部夫婦での話し合いの反映です。こんな書き方も堅苦しくなくなっていいかと(しょせんかたいですが)。イスラムは、たぶんこちらの枠組みにあわせていいの悪いのといってはいけないものなのでしょう。西の世界では、中世から近代にかけて、いや現代においてもいろんなことがありながら、それをどう見たらいいか、およそ共有できる価値観ができてきていると思うのです。それからすると、アメリカにあるキリスト教原理主義は、おかしいといえるのですが、イスラム世界はそのような考え方を超絶しているように感じています。身近におられるヨルダン青年。イスラムの人たちも、いったん個人として外国にいると、外見だけかもしれませんが、西側のものの考え方に合わせていて、自分の生活の場にいるのと、かなり違った様子を見せていますから、分かりませんね。これは経験からの私見にすぎませんが。ところで小島信夫の「手紙」、一日に少しずつしか読みませんから、明日の返却日に借り直してもう一期かけて読み終える予定。

投稿: アク | 2006/02/21 20:04

アク様

コメントありがとうございます。

とっても複雑かつ難しい問題を地に付いた言葉で様々な角度から、やさしく(?)語っていただいてくださってて、私も少しずつ自分の言葉を綴れるようになれたら、、なんて思っております。今はインプット、インプットただひたすらインプット、バカみたいにインプット状態です。
でも少しずつ言葉をとりだせさせてただけてるかな?ありがとうございます。
「手紙」お読みになってるのですね。私も半年前にとりあえず読了(不思議な気持ちでしかも妙に面白いって感じ、嗚呼、オーケストラだ、共鳴してる、響きあってる、なんだ、これ?)
アク様が読んで下さってると知るに及び今また借りました、図書館から。読みこめなかったことをちらちらと眺めながら、確かめてみたいと思って。。。
そして、その前進ともいうべき「女流」を読みつつあります、です。いうまでもなく「重層的」な面では遥か「手紙」に及ぶものではなさそうですが。

ただ今、わたくしこちらのサイトのファンになってしまいました。お仲間のHPなどにも足を運ばせていただきつつあります。

アク様って、ほんとに大きなかたですねぇ。

でももっと面白いのは、そんな方の背後にいらっしゃって、ニュー・イヤァーズ・レゾリューションに頭を痛めて(?)らっしゃる方の傍で高笑いをなさったり、こんな方をまるで小学生のように扱う存在のあることのウレシサたるや、なんともいえない愉しさです。

投稿: ハルちゃん | 2006/02/21 22:37

ハルちゃん
 私はいまだにインプット、インプットです。70歳にもなっているのに。いや71歳だったか。あれこれ読み歩き、本を買い、ワイフには買うより捨てろと叱られています。
 小島信夫を知るにつけ、「女流」と、「菅野満子の手紙」と、「残光」を比べ読みするにつけ、この人は熟年からさらに老年になるにしたがい、よくなっていると、私ら老年にとっては、うれしい人です。彼の歳になるには、20年ある。そんなに長生きできるかどうかは分からないけれども、今、彼と比べればまだまだ私らは若輩者であると、成長の余地、というか、可能性を考えることができるわけ。
 まだまだ変わっていくつもり。高笑いに耐えて。その跡をこのブログに書いていきますから、おつきあいください。

投稿: アク | 2006/02/22 23:22

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