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2006/03/01

「・・・させていただく」の使いすぎ

 つねづね感じていて、前にもどこかで書いたことがあるのだが、「・・・させていただく」という言い回しを使いすぎると思う。民主党の前原党代表の昨夜(06/2/28)の記者会見でも「あのメールは本物でないと、党として認識させていただきました」というような言い方をしている。へりくだっているようであるが、「このように認識しています」、と言った方がよほどきっぱりしている。

ビジネス界が起源か いつ頃からか、この表現をビジネス世界の若い世代が、ひんぱんに使うようになったようだ。何かの助言や要望を受けて、「はい、そのようにさせていただきます」というのが、もとの形だろう。いわば受け身の表現だ。それがいついのまにか、自分のほうから発意し、このようにする、という主体的な部分まで「・・・させていただきます」というようになった。たとえばメーカーの新製品の速報などで「当社は、このたび○○という新製品を開発させていただきました」というような具合である。「わが社は、○○という新製品を開発しました」と、どうして言い切らないのか。たぶんに業界同士の配慮が働くのだろう。どこかの社が、この言い回しを文書に使いはじめ、それが普通になってしまったなかで、「・・・します」は、不遜に聞こえてしまうのか。

人のふりに習って やがてビジネス世界にいる人たちの、顧客や社外の人に対する敬語表現としてふつうに使われるようになり、社内での会合などで上司を前にしての発言で使われ、個人の付き合いのレベルでも、ていねいな言い回しをしようとすると、つい口にでるようになっていったと想像する。人のふりに習うのが、日本人の生活の知恵だ。「・・・させていただきます」は、いまやあらゆる場面で聞かれるようになった。

受け身の謙譲表現 「・・・させていただきます」は、先ほど書いたように、助言を受けて、受け身でものをいう以外に、謙譲語として用例はある。たとえば、人のお宅に訪問し、家の中に入る場合に、「おじゃまさせていただきます」とか「あがらせていただきます」というような具合にである。しかしこの場合でも、暗黙裏に相手の招き入れを受けて、そのようにするという受け身の気持ちがある。

「新明解」で調べると 「新明解国語辞典」で「いただく」をひくと、(接尾語的に)のなかに「・・・させていただく」の字義の記述があって、「A.何かをすることについて相手の承諾を求める B.「いたします」のえんきょく表現」とある。Aの用法は私が上に受動的と書いたのと同じ用法だろう。Bの意味が、私の問題としている用法だ。本来的にもあるようだ。ただ新明解という辞書は、日常的な用法を敏感にとりいれる傾向がある。対照してみると「広辞苑」には、「・・・させていただく」の説明は、「させる」の項目にも、「いただく」の項目にもない。

英語ではどういうのだろう 英語ではどういうのだろう。直截な表現の多い英語にも敬意表現はある。「・・・させていただく」ほどの、敬意表現はないが、May I ・・・?、Let me・・・、が普通の表現で、Allow me ・・・. がやや形式ばった敬意表現であろうか。いずれにせよ、陰に相手の承諾を求めながらものをいう場合である。自分から何々します、という場合に「・・・させていただきます」というほどの英語表現はないのではないか。識者のご指摘をいただきたい。

会話の実例 この用法を多用して、会話を交わしてみよう。「Aさん、あなたさまを、昨日○○あたりで見かけさせていただいたのですが、どちらにおでかけだったのでしょうか。お尋ねさせていただいてよろしゅうございますか」「昨日私は、○○書店に行かせていただきました」「何をお求めにいかれたのか、伺わせていただいてよろしゅうございますか」「○○という最近評判の本を買わせていただこうと思いまして」「あれですか。私も最近読ませていただきました。なるほど評判通りのご本だと感心させていただきました」「私はこれから読ませていただくところです」「もっとお話しさせていただきたいところですが、先を急ぎますので、ここで失礼させていただきます」「また近いうちにお会いさせていだきます」

 いくら何でもこれほどではあるまいが「失礼させていただきます」だけがどうにかOKか。それも私なら、「失礼します」という。ぶっきらぼうだが、心の通い合う会話のほうが、やたらに謙譲しあって、中身のない、自信のない会話よりよほどましである。

世代論的考察 時代史的に見れば、高度成長時代、モーレツの時代は、いささかギスギスした時代だった。そのころ手厚く育てられ世代が、モーレツよりビューティフルや優しさを求めるようになった。きたない言葉や隠語で話し合うガキどもに対し、私は立派な大人のひとりなのだ、という自己表現が、この「・・・させていただく」を使えることなのかもしれない。この表現を使えるかどうかが、いわば記号となっているともいえる。よくいえば優しい世代、皮肉に見れば自信のない世代。「させていただく」のではなく、自信をもって「・・・します」と言ってくれよ。

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コメント

同感です。「サービスは停止させていただきました」なんて文章をみると「そんなこと頼んだ覚えはないぞ〜」といいたくなりますよね。新明解の「A」があくまでも正しいんで、「B」には違和感があります。

投稿: 余丁町散人 | 2006/03/01 16:43

ははは、よくおっしゃってくださいました。「させていただきますを使わない同盟」を作らせていただきたい(!?)と常々思っていました。

投稿: 猫犬事務所 | 2006/03/01 19:39

余丁町散人さん、どうもコメントありがとうございます。私よりずっと若い散人さんに、同感していただいて心強いです。

猫犬事務所さま、「させていただきますを使わない同盟」私も提案「させていただこう」と考えていました。変な「させていただきます」を見かけたら、記録しておいて、まとめて公表するとか、年末に「させていただきます」カウントの最高得点者を表彰するとか、いろいろと活動がありそうです。前原民主党代表は、すでに候補者にノミネートされました。

投稿: アク | 2006/03/01 20:05

私の兄の提唱する「させていただきますを極力使わない運動」にすでに参加しておるものですが、この際「同盟」さんと合流し、この嘆くべき流れを阻止すべく「...使わせない同盟・運動」として新たな展開をすることを提案させていただきたく、ご賛同をお願い申し上げます。兄はこの表現の多用を、相手にも無理やり責任を感じさせようとする卑劣なやり方だ、と考えているようです。アクさんのいわれる自信のなさと同根でしょう。(1948生まれ、男)

投稿: サム | 2006/03/05 20:29

サムさん、はじめまして。
なるほど「相手にも無理やり責任を感じさせようとする卑劣なやり方」という見方」ですか。卑劣かどうかはともかく、責任が自分にないかのような表現ですね。

投稿: アク | 2006/03/06 20:17

なるほど…勉強になりました。
私も思い当たるふしがあります。
「会話の実例」には思わず吹き出してしまいました。お互い気を遣い合って、ペコペコ腰を折って譲り合うような姿が思い浮かびます。多分、この後お互いにこの会話に疲れ果てていますね。“実”の無い会話になってしまった結果、次回会った時にお互い無意識の内に避け合うような間柄になってしまう。
私も、当初義母に対してそんな風な対応をしておりました。いつまで経っても心の垣根が取れない。有る時お互い限界まで達して、爆発してしまいました。それから…お陰様で本音言葉で話せるようになりました。それに気づくのに7年の歳月を要しましたが。
言葉に裃を着せるのも堅苦しいばかりでいけませんね。つい口癖のように使ってしまう。反省です。
私も「させていただきますを使わない同盟」に入会させて頂きたく存じます。いやいや、入会します。
自信のなさの表れ、責任のがれ、痛いところを突かれました。(1966年生まれ)よく効く“お灸”ありがとうございました。(笑

投稿: 木曜の女 | 2006/03/23 00:58

木曜の女さま。使わない同盟への入会歓迎します。会員といっても、みずから「させていただきます」を使わないように心がける、周辺にも「させていただきます」を使いすぎるのはおかしいよ、との考えをじわーっと浸透させるようつとめる、などにより同盟参加者であることを自覚していること、それ以上の義務はありません。よろしく。
 つい先日も、ソフトバンクの孫社長が、「このたVodafoneを買収させていただきました」と記者会見でいっていました。さんざん迷った上での大博打ともいえる決断の発表です。胸を張って「買収しました」とか「買収することを決めました」でよいと思うのです。この種「させていただきました」発言を聞くたびにゾクッと嫌気がさします。

投稿: アク | 2006/03/23 10:06

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