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2006/05/01

フラット化する世界

050501flat  ニューヨークタイムズの花形論説記者、Thomas L. Friedman は、今世界に起こっている大変革を、「The World is Flat、世界はフラットだ」とのひとことで表現した。ITとグローバリゼーションが、インドのシリコンバレーと呼ばれるバンガロールを新世界に変えた。そこを訪問したとき、霊感のようなものを感じ、それをこの一語で言い切ったようだ。15世紀の末、コロンブスが新大陸を発見し、「世界は丸い」ことを実証したのに比較し、それから500年以上を経た21世紀の初頭、「世界は平ら」であることを発見したといいたいようだ。
 フリードマンは、一年前に「The World is Flat」を出版した。ベストセラーになり、反響も大きかった。その後も世界は大きく、素早く動いている。今回改訂増補版を出した。近く日本訳も出版されるらしい(「フラット化する世界」日経、06/5月刊)。ニューヨークタイムズは、最近 "Times Talk" という新企画を始めた。最新のトピックスについてパネル討論を公開で行い、それをウェブ上でビデオ上映するものだ。その初回が「グローバリゼ−ション」(すみません。TimesSelectの購読者でないと見ることができません)であった。Friedmanのこの本をテーマに、著者自身と、彼の考えに批判的なノーベル経済学賞受賞者のジョゼフ・スティグリッツ(Joseph Stiglitz)を登場させている。司会者は最近ABCのキャスターを降りたテッド・コッペル(Ted Koppel)。全文が掲載され、おもな部分をビデオで視聴できる。なかなか興味深い企画だった。そこで、まだ読み終えていない(600ページ弱ある)のだが、この本を話題に取り上げてみる。

 グローバル化された世界は、フラット、平らで、平準化が進む、ということが書名の意味である。20世紀の最後の20年ほどで達成された3つの技術的進歩、1.パーソナルコンピューター、2.インターネットと光回線、そして 3.インターネット上でのさまざまな仕事を可能にするソフトウエアの進歩が、世界をつなぐプラットフォーム(基盤)を生み出した。世界のどんな場所にいる、だれでもが、ほとんどコストなしに、このプラットフォームに自分をつなぐことができる。何でも知ることができるし、何でも発言できる。新しいビジネスを可能にし、それが小規模かつ安価にできることで起業機会のハンデがまったくない。個人なり、大小さまざまのグループや会社が結びついて、共同作業ができる、等々、さまざまな可能性が開かれた。その結果、世界中のビジネスのやり方、構造、地勢的分布地図が変ってしまった。

 インド、中国などにいる有能な若者たちは、新しく出現したこのプラットフォームを、先進国にいる人と対等に使うことができる。彼らは途上国にいるハンデを乗り越え、一気に世界第一線で仕事をし、起業し、富を手に入れることができるようになった。グローパリゼーションは、世界の格差をいっそう広げ、アメリカを富ませるだけだ、という批判があるが、結果は逆の方向に進んでいる。一部とはいえ富裕層が出来、それが周辺に波及することで、インドも中国も、高い成長を持続している。逆に、このプラットフォームに乗り遅れ、アウトソーシングで仕事を奪われたアメリカの一般大衆は、貧しくなってきた。IT革命とグローバリゼーションの進行を、ビジネス機会と富の平準化という点に注目して、世界はフラット化した、という印象的な言葉で言い表したのは、それへの賛否は別として、さすが一流のジャーナリストだと感心する(ピューリッツァー賞を37回受賞している)。Friedmanが、新しいプラットフォームによる新しい世界の到来を、インドや中国の現状に見て、こんなことを言っていた。

 『30年前には、もし東京やテキサスで中くらいの成績——Bクラスの——学生に生まれるか、北京やバンガロールで秀才に生まれるか、の選択ができたとしたら、みな東京やテキサスでBクラスの学生であることを選んだだろう。そのほうが、生涯における選択やチャンスがはるかに大きかったからです。しかし、世界が平らになった今、東京やテキサスで中くらいの学生でいたいとは思わないでしょう。北京やバンガロールの秀才学生が競争し、結びつき、協力することがこの舞台の上で簡単にできるようになった今は』

 これは、昨年9月朝日新聞がフリードマンを迎えて開いたシンポジウムでの発言である。日本の若者は、このフリードマンの指摘を知っているのだろうか。豊かな国日本に生まれ、比較的豊かな両親のもとに育ち、このまま何とか行くだろうとうかうかしているうちに、気がついてみると、インドや中国の若者のほうが、技術進歩の果実を味わう点で、遙か先を走っていることにならないか。

 情報社会の到来が、大きな社会変革をもたらすことは、ずっと以前から、多くの人々が指摘してきている。私の記憶にあるのは、1993年に誕生したクリントン政権でゴア副大統領のイニシャティブで打ち出した「情報スーパーハイウェイ構想」が、日本にも大きな衝撃を与えたこと、その構想のヒントを与えた本として、ドン・タプスコットとアート・キャストン共著の「情報技術革命とリエンジニアリング」(野村総合研究、94/4刊)がもてはやされたことなどである。最近では、梅田望夫「Web進化論」(ちくま新書)が、この分野の専門家として、インターネットの最近の技術的進歩の意味合いを「こちら側、あちら側」という印象的な言葉で指摘した。こちら、あちらは、おおざっぱにいえば、Friedman のいう、プラットフォームに乗っているか、どうかに対応するが、Friedman は、WEB2.0以前も含めて、もっと大まかにいっているようだ。いっぽう、Friedmanは、いつものことながら、現場に行き、じっさい見聞したことを自分の言葉でなまなましく語るという点が、この本の魅力である。

 グロバリぜーションには光と影の部分がある。Friedmanは、光の部分に注目し、現在起きていることが、歴史に残る大変革だとし、それを「フラット」というキーワードで捉えた自分の発見にいささか興奮気味である。グーテンベルクの印刷機の発明、さらには産業革命になぞらえている。そういう意味では、アービン・トフラーが、つとに「第三の波」として予言していたことである。1980年頃のことだったか。それが実現してみると、フラット化なのだと捉えなおしたに過ぎないともいえる。また、インド起きていることは、かつてアメリカから日本へ、さらには日本から韓国、中国、東南アジアへと移っていった製造業のアウトソーシングが、いま情報技術の分野で起きているに過ぎないともいえる。

 また、現在起きているIT革命によるグローバリゼ−ションが、ほんとうにフラット化ということになっているのか。先に書いたNYTの Times Talk パネルで、ノーベル賞受賞者のスティグリッツ教授は、フラット化という言葉はメタファーとしてはいいが、現実に見られるのは、非フラット化、格差の拡大だと、Friedman の主張に批判的だ。世界中どこを見ても貧しい国はますます貧しくなり、また一つの国の中では貧富の差が拡大していると指摘している。フラット化の要因だとFriedmanがしているプラットフォームにアクセスできるもの、アクセスできるだけの教育を受けることができたものと、そうでないものとの格差が、非常に大きい。

 それに対してFriedmanは、その側面はわかっている、自分はこのような歴史的潮流が起きているよ、という事実をそれとしてとして指摘しているのであって、今後それがどうなるか、当然起きてくる問題にどう対処するかをいうのは、まずは私の仕事ではないとしている。そういいながら、私の読んだ増補版ではその部分がずいぶん補強されていて、1.インフラ整備、2.教育、3.政策的対応がだいじだとし、上記トーク番組では、commpassionate flatism(同情心のあるフラット主義)などというモットーを掲げている。

 格差拡大を指摘する反論は、小泉改革にたいし、最近振れ戻し気味にいわれていることを思わせる。大きな変革が起きるとき、付随して必ず出てくることであり、それが歴史の必然なら、痛みを伴いながらも乗り越えていかなければならないことだろう。それよりも、Friedman がフラット化の実例としてあげていることは、低賃金と良質の労働力を求めて仕事が移転しているだけであって、それは経済原則からして当然のことなのだ、ということの方が問題だろう。たとえばアメリカの多くの企業の苦情電話受付が、実はインドにあって、インドの若者が、インド訛りの英語を徹底的にアメリカ訛りに直すよう訓練しされて仕事をしていることなど、話としては面白いが、これが歴史的変革を担う例示なのかと首をかしげてしまう。

 以上とりあえずの紹介である。日本訳がでることもあり、これから話題になることだろう。私としても読了していない。必要があったら再論したい。

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コメント

おっしゃることももっともだと思いますが、一方でインフラが整っている国で生きていて、そうでない国を見たときに一歩進んでいる利点もあると思います。
丘永漢さんがよく言われてることでもありますが(^^;
それぞれの人がそれぞれの持ち味を生かして、生きていけばいいかと思ってます。

投稿: ひろ | 2006/05/07 00:13

ひろさん
コメントありがとうございます。
インフラの整備が進んでいることだけが頼みだと、あっという間に追いつかれてしまいます。
この本が予測として指摘している世界は、数年後というより、十数年後、2020年頃と考えたらいいでしょう。

投稿: アク | 2006/05/08 19:45

この書はグローバルの光りの部分に焦点をあてている。ネット社会の浸透により、地球上の如何なる場所においても、ビジネスチャンスがあり、才能溢れるものには、格段に優位な社会が形成されている。反面、デジタルデバイドに象徴されるように乗り遅れる人間がおり、彼らはドンドン下方に追いやられる。事実この果実を手に出来る人間の割合は一握りで大多数はその恩恵には与かれない。感情の起伏が無くなり、感覚は麻痺し、残虐なニュースにも慣れテレビ画面に写し出される映像がどこか無機質に見える。日々報道されるにより覇権国家として実態が明らかになるにつれアメリカ文化に象徴されるハリウッド映画、スポーツ、娯楽などを始めとする数々の文化、フランス文化も今まで抱いていた憧れのようなモノが崩れさったように思う。グローバルがも齎した格差社会、貧困、二極化、移民に対する偏見、異宗教に対する蔑視、その背景が鮮明になるにつれ何処か空々しさが漂い嘗ての様な感動は呼ばない。何よりこの絶望的な環境悪化がその要因として大きい。そういう意味での"フラット化する世界"を感じる。

投稿: ヨクイク | 2007/10/08 12:19

ヨクイクさん

コメントありがとうございます。

グローバリゼーションは光と陰の両面をもたらします。グローバリゼーションは、言うなれば、世界のアメリカ社会化です。アメリカ社会は一見豊かなようで、とんでもない格差社会です。しかし、機会の平等といういい面があります。誰でもやる気と才能があれば、成功者になれるのです。グローバリゼーションの訪れていない世界は、現在私たちが問題にしている格差社会以上に悲惨です。そういう点では、グローバリゼーションには評価してよい面があります。先進国がそして一部の富裕層だけが甘い汁を吸えるとか、その他の問題点は多々ありますが、それらに対応しながら、おだやかな自由化、市場経済化を進める方が世界はよりいい方向に行くという考え方に私は軸足をおきながら、様々な問題を見ています。

投稿: アク | 2007/10/08 15:24

若者に勇気とエネルギーを与える力作かと存じます。

確かにもう通信インフラは世界中に概ね繋がっていて

そういう意味で国境という概念が希薄になりつつあるのが

昨今の状況ですよね。

うちも来年から(現時点でフリーターに委託している)

データベース構築業務は煙台の企業にお願いすることにしました。

この書籍を読んで

自分にも十分チャンスがあるんだという現実を

認識した読者が多々いるんでしょうね。

日本社会を活気づけてくれたという点で

この著者には感謝の気持ちで一杯です。

投稿: 電気通信主任技術者 | 2010/10/17 19:32

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