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2006/07/30

ロシアの核廃棄物引き受け、実現するか

 ロシア政府は、世界の核廃棄物(使用済み核燃料棒)を引き受けてもいいと、以前からいっていた。絵空事と思っていたが、最近アメリカ政府がそれを容認する方向に動き始めた。先月のサンクトペテルブルグでのサミットでの米ロ首脳会談で、交渉に向かって一歩踏み出したとの報道がある。そうおいそれと実現しそうな話ではないが、もし具体化するとすれば、どんなことが予想されるか。日本の、また世界の、原子力の将来がどう影響を受けるか。日本ではあまり報道されたり、問題にされていないようなので、紹介がてら問題点を整理してみよう。

日本の原子力 日本では、現状の原子力発電はほぼ受け入れられているようだが、再処理や廃棄物処分はこれからである。再処理工場が完成し、本格稼働を始めようとしているが、これですべてOKというわけではない。プルトニウムを使いこなせるか、半分しか再処理できない残りの使用済み燃料をどうするのか、高レベル廃棄物の処分をどうするのか、などの問題が残っている。

韓国と台湾では出口がない 日本はまだいい。いちおう自国で完結できるシステムを構築中であるから。しかしたとえばアジア諸国、韓国や台湾(やがてインドネシアなど多くの途上国)は、原発は使っているが、入り口も出口も、他国(主としてアメリカ)におさえられている。入り口とは、原発に使う低濃縮ウラン燃料の製造である。韓国も台湾も、アメリカとの原子力協定で、濃縮は禁じられており、アメリカなどからの輸入に頼っている。出口の使用済み燃料の後始末、すなわち再処理は、これまたアメリカから禁止されている。

アメリカとの原子力協定による縛り 原子力技術は、アメリカの技術なしには成り立たない。原子力利用をしようとすれば、IAEAの核不拡散防止条約(NPT)に加入した上で、アメリカと原子力協定(民間レベルの原子力利用を行うための核物質提供や技術提供についての取り決め)を結ぶ必要がある。この協定により、アメリカは、濃縮や再処理、プルトニウム利用について、他国の原子力政策を縛ることができるのである。インドやパキスタンのように、核不拡散防止条約(NPT)に入らず、全く自前で原子力開発を行うこともありだが、大規模に原子力発電を展開することは難しい。最近インドがアメリカと原子力協定を結ぶ方向に動き出したのも、それが分かっているからである。

つじつまの合わないアメリカの原子力政策 このアメリカの原子力政策には、泣き所がある。韓国、台湾それに続いて多くの国が原発を使うようになると、燃料は提供できるとして、使用済み燃料をどうするか、つじつまのあう政策を持ち合わせていない。韓国にしても台湾にしても、原発は稼働させているが、使用済み燃料の持って行き場所がない。アメリカは引き取らないから、発電所の敷地内に保管して、解決策の見いだせる時期を待つしかない。六ヶ所村の再処理工場で半数処理できるだけの日本とて同じである。原発は大いにやりたいけれども、出口がない、という状況が、アジア諸国で続いている。

ロシアは受け入れてもいいというが ロシアは、核廃棄物(使用済み核燃料)を引き受けてもいいと、以前から言い始めている。じじつ、外国からの使用済み核燃料輸入に関する国内法が整備された(2001)。国土は広い。核廃棄物を埋設する場所はいくらでもある(ロシア標準の考えだが)。引き受ければ、濡れ手に粟の大金が転がり込むと計算している。だが、アメリカは、そんなことダメと許さなかった。ロシアの核物質管理体制が信用できないこと(いまだに核兵器クラスの核物質を管理しきれていない。アメリカその他の国が手伝って来たが、秘密主義ゆえの壁がある)、ロシアが手にすることになる大金(何百億ドルとの試算あり)の使途があやしい、などの理由である。アメリカがダメ、といえるのは、アメリカ製の核燃料だけでなく、アメリカの技術を使っている原発から出た使用済み燃料の行方については、アメリカが発言権を持つからである。ロシアはアメリカとの原子力協定を結んでいない。だから韓国や台湾が使用済み燃料をロシアに引き受けてもらおうとしても、アメリカと原子力協定がない国へ移動することができないのである。

イランの核開発問題が流れを変えた ところが、ここに来て、事情が変わってきた。イランである。イランはロシアの援助のもとに、原子力開発を進めてきた。最近自前で核燃料製造をするといい、濃縮ウラン製造に手を出しはじめた。アメリカは、核兵器開発を目的にしているとして、阻止したい。だが、いうことを聞かない。ロシアは、イランに、原発に使う低濃縮ウランを提供するから、欧米諸国のいうことを聞いて、濃縮には手を出さないようにと説得をはじめた。この点に関しての共通の利害関係を持つことが、米ロを接近させたらしい。ロシアが、イランに濃縮に手を出さないように説得する、その見返りに、長年の懸案だった米ロ原子力協定を結ぶ、その結果、ロシアはアジア諸国の核廃棄物を引き受け、大きな収入源を得る。こういう構図が、アメリカでにわかに浮かび上がったようだ。

私の立場 アメリカの原子力政策の変化、ロシアとの協調などについて、日本のマスコミはあまり報道していない。私は原子力を巡る状況が変化しつつあるのではないかと、以前もここに書いたことがある(『原子力の風向きは変わったのか』06/2/13)。ここに来て、もう一つ重要な変化が起こりつつあるようだ。それを私たちはどう捉え、今後を見通すか。大事なことなので紹介しようとしている。私は原子力推進でも、反原子力でもない。多少原子力の事情を知る一市民の立場で、原子力の状況をウォッチし、問題意識を喚起したいという立場だ。このエントリで紹介する最近の情勢の出所の主なものは以下である。New York Times の記事は、Times Select に登録していないと、読めないかもしれないが、一応引用しておこう。

Russia Wants to Store Nuclear Waste(Washington Post, 06/7/12)
Bush's Nuclear Energy(Washington Post, 06/7/16, Op-Ed by Jim Hoagland)
U.S. TO NEGOTIATE RUSSIAN STORAGE OF ATOMIC WASTE(New York Times, 06/7/9)
Loose Nukes(New York Times, 06/7/24 Editorials)

原子力のリバイバル さて、アメリカはずっと原子力について足踏み状態だったが、地球温暖化問題が切迫してきたこともあり、原子力ふたたび、という情勢になってきた。中国、インドなど経済成長を遂げつつある国々が、多数の原発を新設する計画を持っている。中国は今後10基、20基、さらにもっとと、原発を増やす計画だ。インドは現有の15基に加え、5年以内に8基が運転をはじめ、さらに増やす必要がある。ヨーロッパでも「脱原発」の政策を転換し、原発を見直す方向に潮流が変わりつつある。地球温暖化問題もあるが、なんといっても化石燃料への依存度をできる限り減らしたい、ということだ。世界的に原子力が勢いを盛り返す機運にある。

アメリカの新政策 問題は今後より多くの国が原発を持つと、核拡散にますます歯止めがかからなくなる恐れがあることだ。原子力の普及と核拡散は相関関係がある。核兵器の拡散はなんとしても防ぎたい。さりとて、原発を持つなといえない。この事態を乗り越えるため、アメリカは新政策を打ち出した。今年の初めのことだ。全地球的原子力パートナーシップ(Global Nuclear Energy Partnership, GNEP)と呼ぶ。国内向けの対策も含んでいるが、原子力を今後国際社会としてどうしていくかについて、大胆な方針を示している。

供給し、後始末を引き受ける 一部の原子力先進国(供給国)が、核燃料の提供と、後始末を全部引き受ける、というのが基本方針である。発展途上国には、安全で核不拡散を保証できるタイプの発電炉と核燃料を提供する。問題は後始末の方だが、その具体策はこれからだ。どうやら、以前からアイデアとしてはあった消滅処理(プルトニウムを含む生成物を専用原子炉か加速器で燃やしてしまう技術)を考えているらしい。細部の紹介はここでは省略するが、確証されていない技術である。実現まで何十年もの技術開発が必要だろう。ロシアをこの計画の主要メンバー国として招き入れようと、アメリカは考えているようだ。そして、その第一歩として、アジアの国々の使用済み核燃料をロシアに引き取ってもらうおう。そんな話が進んでいるらしい。米政府は予算要求をしており、むこう10年で、400億ドル規模の研究開発を計画している。もちろんこれには反対意見(一例)も出ている。民間の再処理を放棄するとのこれまでの原子力政策の大転換になるからだ。

ロシアにもアメリカにも反対意見 使用済み核燃料の受け入れを、ロシアの市民が歓迎するはずがない。ロシアが全世界の核のゴミの捨て場所になる。お金ほしさに引き受けるなんて、とんでもないと、世論調査ではつねに90%が反対意見を表明しているという。しかし、プーチンの強権政治がそれを押し切るのだろうか。アメリカでも、議会の賛成を得られるか、見通しはあまりない。協定は議会承認が必要だが、ロシアの原子力への不信感は議会サイドには強い。実現するとしても時間がかかるだろう。

もし実現したら 実現するかどうかも分からない話だが、もしロシアが使用済み核燃料を引き受けることになり、日本のものをロシアに引き受けてもらおうとなったら、どういうことになるだろうか。一応考えてみよう。日本は核燃料サイクルに固執することはなくなる。むしろ、ワンス・スルーといって、燃料棒と原子炉での燃やし方を工夫し、できるだけ燃焼率を上げ、一回きりで捨てる、という方式が現実味を帯びてくる。ウラン価格がそれほど高くならないなら、プルトニウムをリサイクルすることに経済性はない。鉱物としてのウラン資源が足りなくなったら、海水からウランを捕集して使えばいい。今は技術開発段階だが、ウラン価格が上がってくれば、経済的に成り立ち実用化される見込みがある。

プルトニウム利用は続ける ただし、たとえ使用済み燃料をロシアへという、いまのところ具体性のない選択肢が現実のものになるとしても、全量をワンス・スルーにすることはない。いくつかの選択肢を並立させる方が現実的だろう。再処理とある程度のプルトニウム利用は確保しておくのがよい。次に書く問題への対応策のほか、プルトニウム使用権とでもいおうか、原子力先進国としての技術と権利は保有しておくのがよい。

ロシアに死命を握られる? もしすべての使用済み核燃料をロシアへということになると、原子力の終端部分をロシアに委ねることになる。対ロ関係が安定的に推移すればいいが、ロシアの政情、国際関係の推移などでどうなるか分かったものではない。西欧諸国への天然ガス供給価格を、ロシアが意のままにコントロールするようになった最近の例がある。使用済み核燃料の受け入れ価格も、ロシアのいいなりになる可能性がある。全面的に委ねてしまうと断れない。極端にいえば、自国のエネルギー政策の死命をロシアに制されるおそれがある。

国際的原子力利用共同体? もう一つ。そもそも、自国で持てあましたものの後始末を、金にものをいわせて、他国に依存していいのか、というモラル的な問題がある。ゴミや産業廃棄物問題と同じ構図が、国際的なレベルで出現する。しかし、原子力に関する様々な問題は、国際的解決を図らなければどうにもならない面がある。原子力利用共同体というようなものを、アメリカの新政策は目指している。理想はいいのだが、支配、被支配の関係ができ、途上国がそれに反撥するという、現在のNPTを巡る構図は変わらないことだろう。

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コメント

原子力発電については、過去の事例から人間の安全管理能力でコントロールしきれるものなのか、と漠然とながら反対の立場をとってきました。上記分析は私にとってまったくの新知識なので大変興味深く読みました。今後も原子力問題に関するアクさんの解説、分析を期待しております。

投稿: サム | 2006/08/01 20:31

人間と組織の安全管理能力は、常に盲点があります。原子力発電は、たえずボロを出し続け、問題視されてきましたが、それだけに安全管理のレベルは高められているようです。ただ複雑巨大システムだけに、心配は残ります。私は現行の軽水炉発電は、技術としては、かなりの成熟度に達している、と見ています。ほとんどの業務を下請けに出す会社の管理システムには問題がまだあるようですね。ただ非常事態には至らないでしょう。

投稿: アク | 2006/08/03 20:21

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