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2006/08/29

チトラルの谷へ

 明日(06/8/30)から旅に出る。パキスタン北部、アフガニスタン国境近く、ヒンドゥークシュ山脈に深く切り込んだ谷、チトラルが目的地である。2年前の秋、パキスタン北部地域のフンザへ行った(HP本館「フンザへの旅」)。今年6月には、カラコルム山脈を隔てて中国側にあるカシュガルを訪れたばかりである(「タクラマカン砂漠をめぐる旅日記」を、HP本館に掲載中)。そして今度は少し西のチトラル。何となくこのあたりに続けてよく出かける結果となった。いうなればアジアの辺境の地。強者に追いやられた少数民族がひっそりと、あるいはたくましく暮らしている。今回行くチトラルのあたりには、カラーシュ族が住む。イスラム教徒が大多数の地で、原始的な多神教の伝統を守っているらしい。

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2006/08/26

家庭内安全は、まず親の責任

 シュレッダーで幼児が指先に怪我をしたことで、メーカーが責められている。幼児の事故を想定しなかったとの社長の弁明会見をテレビはくり返し伝えている。実験までやって見せた番組もある。何か事故があると、すべてこの方向にシナリオが作られる。この種の家庭内の事故は、まずは親の責任だ、と私は考える。家庭内でこのような機器を使い、もしうちの子がここに指を入れたらという危惧もいだかずに、このシュレッダーを入手し、幼児のアクセスできる場所に、電源コードをつないだまま放置しておいた親は、一方的にメーカー責任を問えるだろうか。

 六本木ヒルズの回転ドアの事故の時にも、同じ趣旨のことを書いた記憶がある(『回転ドア事故で見る日本特有の反応』04/3/29)。世の中には危険なことがいっぱいある。その危険から子供を守る責任は親にある。うちの外はもちろんだが、家庭内にも危険はある。それを無くすのは、一家をかまえるものの責任ではないか。このシュレッダーをどういう事情で家庭内で使うことにしたのか、事情は明かされていないが、幼児がいる自分のうちで使うものが危険でないかどうかの吟味をして、危険と思えば使わないという選択をし、もし使うなら安全対策を講じる、それは親の責任である。もちろん生産者と監督官庁も、親の保護責任を助ける意味で、安全確保の責任はあるだろう。しかし、何もかもが社会や企業の責任だという発想は逆立ちしていると思う。安全は他人が保証してくれるものではない。自分が努力して確保しなければならないことだ。

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2006/08/20

短く簡潔な語りを危惧する

 短いセンテンスで、簡潔に語り、書くこと。自分の主張を明解に相手に伝えるさい、まずは心がけるべきことだ、とされている。ほんとだろうか。昨今、それがいき過ぎになっていないか。私たちのなかに、私たちの間に、現実にある問題は、きわめて複雑に絡み合っており、スッキリとは割り切れない。複雑・多様な現実の中で、短く簡潔に語る。その狭間に捨てられる現実の含み。それはきわめて大きいし、そこにこそ人の生きることの多様さがある。その含みへの眼差しを失い、粗雑な単純化をおこなってものをいう。そういう風潮が支配的になっていないか。

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2006/08/18

信濃追分の昨今

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  (画像をクリックすると別画面に拡大画像が出ます)
 信濃追分の友人の山荘へ、今年も行ってきた。毎朝、浅間山を見に、近くの早稲田大学セミナーハウスのグランドへ出かけた。以前は一面のススキが原だった追分原は、木が生い茂り、それが年々高さを増して、浅間山の眺望を得られる場所が少なくなった。千メートル道路沿いにある早大の施設は、広大な敷地を擁し、浅間山(2568m)から側峰の剣ヶ峰(2280m)の山容を、広がる裾野までふくめてすべて見渡せる絶好の地である。毎朝天気が良かったが、この朝はほとんど上空に雲のない絶好の日和。山腹に薄雲の漂うあたりが、石尊山(1668m)。2年前のこの山への登山行については、かつてこのブログに書いた(『石尊山へ登る』『石尊山へ登る(続)』)。

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2006/08/11

これはひどい、「プロフェッショナル仕事の流儀」

 あまりテレビを見ない。だから半年以前からやっているというNHK番組「プロフェッショナル仕事の流儀」を昨日はじめてみた。茂木健一郎が自分のブログに、何度もこの番組について書いているので、一度見てみようと思ったのだ。一回だけ見ての批判である。それを承知で読んでもらいたい。昨夜(06/8/10)は、スペシャルだったらしく、4,5人のプロフェッショナルが登場した。その人たちが、それぞれの現場で困難に出会い、それを克服したという挿話が紹介される。エピソード自体は、前身の(と思われる?)「プロジェクトX」ゆずりで、まあ良かろう(私はこの手の話は好きでないが)。いただけないのは、教訓めいたまとめのひとことが字幕に出て、それを茂木健一郎が、「最近の脳科学では、・・・」ともっともらしい理屈付けをすることだ。これこそ、悪しき科学主義、脳中心主義で、全くいただけない。プロの仕事の事例を、直接的に脳科学に結びつけようとの、番組作りの構想が間違っているのではないか。茂木健一郎は、何を考えて、こんな番組に手を貸しているのか、理解できない。

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2006/08/10

「裂織人を訪ねて」を紹介する

 連れ合いの趣味は裂織(さきおり)である。使わなくなった和服の布を細く裂いたものを糸として織りなおす。タペストリ、敷物、着るもの、小物などを作る。実用的にはある種のリサイクルだが、糸の織りとは違った素材感があり、織り込む布の模様・色彩をアレンジすることなどで、面白い味が出る。アートとしても、タペストリや敷物など、見事なものを制作する人がいる。

 数年前から裂織をする人たちの団体「全国裂織協会」ができ、全国公募展などの活動をしている。連れ合いが、どんな経緯からか、この協会の活動を手伝うようになり、私まで協力する羽目になった。ホームページの作成と更新、展覧会や催しものの際の写真撮影などである。これについては、以前このブログでぼやきを書いたことがある。(『僕が「くろご5号」になったわけ(05/7/31)』『くろご専業10日間(05/9/1)』

 昨年から、連れ合いと二人で、「裂織人を訪ねて」という企画を担当してしている。裂織をしている人は、全国に散在し、千あるいは数千という人数がいるらしい。その中から、これはという人を織りの現場に訪ね、インタビューする。連れ合いが記事を書き、私が撮影した写真を添えて、協会の機関誌(隔月刊)に毎号掲載される。機関誌では字数やスペースが限られるが、ホームページには載せきれなかった部分の記事や写真を追加している。

 私は、織りのことなど分からないが、カメラマンとして同行し、織り人と、工房、それに作品の写真を撮る。何度か同行して感心したのは、何かに打ち込んでいる人のすごさだ。カメラマンという役割を超えて、感じたことを書いてみよう。

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2006/08/06

思い出した、日本兵髑髏写真

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 米軍兵士が日本兵のドクロをガールフレンドに送った。それを机上の置物にして、礼状を書いている写真。小学校4年か5年だった私は、これを見たのを覚えている。アメリカ人は、なんとむごい。これは人間のすることじゃない。当時私の父は招集され前線に出ていた。いつ戦死の報があるかも知れなかった。日本兵の遺体をこのように扱うなどとんでもない。鬼畜米英って、ほんとだな。必ず仇をとるぞ。いっぱしの軍国少年だった私は、学校の廊下の掲示板に張られていたこの写真(新聞のほか、週間グラビア・ニュースとして配布されていたのだと思う)を睨みながら固く誓ったのだった。そんなことがあってしっかり覚えていたこの写真が、なんと先日の朝日新聞に、そっくりそのまま出ていた(7月14日)。もともと掲載された新聞の日付は、昭和19年(1944年)8月11日。終戦のほぼ一年前だ。タイトルは右から読む。「屠(ほふ)り去(さ)れ、この米鬼」と。ほかにもう一枚、日本兵の骨から作ったペーパーナイフを使っている写真も、掲示板で見たのを覚えている。

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2006/08/03

科学は生の問題に答えない

 ウィトゲンシュタインの「論理哲学論考」で、もっとも有名なフレーズは、最後の一文「語りえぬものについては、沈黙せねばならない」(論考.7)であるが、私には、その少し前に書かれている次の一節(6.52)がいつも頭にある。

 たとえ可能な科学の問いがすべて答えられたとしても、生の問題は依然としてまったく手つかずのまま残されるだろう。

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