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2006/08/10

「裂織人を訪ねて」を紹介する

 連れ合いの趣味は裂織(さきおり)である。使わなくなった和服の布を細く裂いたものを糸として織りなおす。タペストリ、敷物、着るもの、小物などを作る。実用的にはある種のリサイクルだが、糸の織りとは違った素材感があり、織り込む布の模様・色彩をアレンジすることなどで、面白い味が出る。アートとしても、タペストリや敷物など、見事なものを制作する人がいる。

 数年前から裂織をする人たちの団体「全国裂織協会」ができ、全国公募展などの活動をしている。連れ合いが、どんな経緯からか、この協会の活動を手伝うようになり、私まで協力する羽目になった。ホームページの作成と更新、展覧会や催しものの際の写真撮影などである。これについては、以前このブログでぼやきを書いたことがある。(『僕が「くろご5号」になったわけ(05/7/31)』『くろご専業10日間(05/9/1)』

 昨年から、連れ合いと二人で、「裂織人を訪ねて」という企画を担当してしている。裂織をしている人は、全国に散在し、千あるいは数千という人数がいるらしい。その中から、これはという人を織りの現場に訪ね、インタビューする。連れ合いが記事を書き、私が撮影した写真を添えて、協会の機関誌(隔月刊)に毎号掲載される。機関誌では字数やスペースが限られるが、ホームページには載せきれなかった部分の記事や写真を追加している。

 私は、織りのことなど分からないが、カメラマンとして同行し、織り人と、工房、それに作品の写真を撮る。何度か同行して感心したのは、何かに打ち込んでいる人のすごさだ。カメラマンという役割を超えて、感じたことを書いてみよう。

 ひとつは、その道に秀でた人の極め方の深いことである。手工芸の分野では何ごともそうかも知れない。基本的な手仕事のスキルをとことん身につけている。その上で、他の人が作らない何か新しい手法、表現法を産み出そうと、試行錯誤を長年繰り返し、何かをつかんでいる。裂いた糸作りだけを3年間ひたすら毎日やったという人、裂織をはじめる前に着尺織りを何年もやって織りの基礎のできた人。ジーンズを裂いて使うという織りを極め、一流ホテルのロイヤル・スイートの敷物に採用された人。

 織り人には、それぞれに独特の持ち味がある。織りは、技術であると同時に、色や模様や質感などについての感性が大事なのだろう。そこには努力の末ににじみ出てくる天賦のものがあるようだ。糸が「私をここに使って」と呼びかけてくると不思議な言い方をする人がいる。その人の織り出す自在で美しい色の乱舞に感心する。また別の人は、徹底的にデザインに凝る。ノートに色鉛筆でデザインし、手持ちの裂き糸を並べるという試行錯誤を経て、設計案を完成し、緻密に織っていく。織り上がったものは宇宙の調和を反映したように見事だ。

 もう一つ、大部分の織り人が、女性で、多くは主婦ということもあるのだが、日常の暮らしぶりと、仕事としての織りとが、見事に一体化していることだ。織りに専念するために、シンプルライフに徹している例。しかも主婦という役割を手抜きしていない。夫の協力も見逃せない。織り機を夫が自作した、小道具を作った、家を新築・改築し、織り専用の工房を作った、などの例は多々。主婦の生きがい作りに夫が大いに協力し、励ましている。優れた作品には、暮らしのありかたが密接に関わり、夫婦、周辺の人の協力が欠かせない。

 私としては、単なるお手伝いで始まった裂織人探訪だが、これまで接したことのない手工芸の世界の人々を知ることになった。人柄、織りという仕事、その人の暮らしが結びついたそのありように、しかもそれが、それぞれに個性的で多様であることに、興味津々たるものを感じている。

 これまでの分は、裂織協会のホームページ「裂織人を訪ねて」の項目にある。ご覧いただきたいと、紹介する次第である。

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コメント

 リンク先の写真を見ました。私は裂織のことよく知りませんでしたが、凄くいいという気配が写真からでも伝わってきました。まさに、布を「慈しむ」作品という感じです。それと、「暮らしの在り方が密接に関わる」ということが感じられます。
 この二つの大事な要素が欠けたモノばかりが世に溢れ、うんざりしています。「モノゴトを慈しむ」ということと、「暮らしの在り方に関わる」ということに、「いのち」に関わる大切な法則が隠れているような気がします。
裂織を実際にこの目で見てみたいのですが・・・・。

投稿: 風の旅人 佐伯 | 2006/08/11 00:59

風旅さんと、このエントリでも接点があるとは思いませんでした。考えてみれば、なるほどそうか、です。

裂織を常設展で見せているところは知りません。近く(8/24,5)全国裂織協会の「全国裂織フェア06」というのが台東館で開かれます。ホームページに詳細がありますが、案内はがきを佐伯さん宛に送ります。これは製品販売などのお祭り的なものですが、何人かの作家の作品も展示されるようです。

佐伯さんが興味を持ちそうな裂織のいいものは、地方で伝統的に受け継がれたものでしょう。津軽とか、丹後などにあるようです。HPに「裂織ニュース」が載せられています。それを読まれると、参考になるものがありそうです。たとえば、

16号の井之本泰「裂織の原点」、18号と20号の田中忠三郎の記事などに、興味をもたれるのではないでしょうか。

もし必要があれば、関係者とのつなぎはいたします。

投稿: アク | 2006/08/11 09:56

「裂織」非常に興味があります。私は、絵画よるも織物が好きかもしれません。海外に行っても土産は、織物、そしてたまに絨毯ですね。織るという行為に何か神聖なものを感じます。あと、見て触れるところが好きなんです。
 私は、今、「風の旅人」を作る事以外に、介護会社の仕事もしていて、老人ホームなどにも関係しています。
 最近の老人ホームは、ホテルの優雅さとかいいながら、生活空間としては首を傾げるような所も多くありますが、私が関わっているところは、樹木とか自然の要素がふんだんに取り入れられ、質感と空気感がとてもいいのです。その館内でアートを飾るという話しもあるのですが、私は、単なる「癒しの絵画」より、高齢の方の「いのち」に直接響いてくるものの方がいいのではないか、と思っています。その為には、見て触れるものがいいと感じていて、例えば木目の美しい無垢のテーブルとか。
 それで、世界各地の織物なんかもきっといいだろうと思ったりしているわけですが、裂織などは、とても心がこもっているように見えて、すごくいいなあと感じたわけです。
 実物をきちんと見てからでないと何も言えませんが・・・。
 文化財のような立派なものでなくても、素朴な温かみがあるもので、手で触れられるようなものを見たいですね。

投稿: 風の旅人 佐伯 | 2006/08/11 11:22

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 「裂織」という織物に感動した。  →http://www.sakiori.com/  私は、もともと絨毯など手織の織物が好きで、海外での土産は、織物が多い。(織物以外では、木彫りのようなもの。その土地ならではの手作りのものに惹かれる)。  織物は、根気よく糸を織り込んでいく作業... [続きを読む]

受信: 2006/08/26 18:57

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