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2006/08/26

家庭内安全は、まず親の責任

 シュレッダーで幼児が指先に怪我をしたことで、メーカーが責められている。幼児の事故を想定しなかったとの社長の弁明会見をテレビはくり返し伝えている。実験までやって見せた番組もある。何か事故があると、すべてこの方向にシナリオが作られる。この種の家庭内の事故は、まずは親の責任だ、と私は考える。家庭内でこのような機器を使い、もしうちの子がここに指を入れたらという危惧もいだかずに、このシュレッダーを入手し、幼児のアクセスできる場所に、電源コードをつないだまま放置しておいた親は、一方的にメーカー責任を問えるだろうか。

 六本木ヒルズの回転ドアの事故の時にも、同じ趣旨のことを書いた記憶がある(『回転ドア事故で見る日本特有の反応』04/3/29)。世の中には危険なことがいっぱいある。その危険から子供を守る責任は親にある。うちの外はもちろんだが、家庭内にも危険はある。それを無くすのは、一家をかまえるものの責任ではないか。このシュレッダーをどういう事情で家庭内で使うことにしたのか、事情は明かされていないが、幼児がいる自分のうちで使うものが危険でないかどうかの吟味をして、危険と思えば使わないという選択をし、もし使うなら安全対策を講じる、それは親の責任である。もちろん生産者と監督官庁も、親の保護責任を助ける意味で、安全確保の責任はあるだろう。しかし、何もかもが社会や企業の責任だという発想は逆立ちしていると思う。安全は他人が保証してくれるものではない。自分が努力して確保しなければならないことだ。

 六本木ヒルズは公共の場所だった。今回の事故は自分の家の中だ。家庭内にも危ないものはいっぱいある。電気機器(たとえば配線プラグ)、刃物や針、ガスレンジや電気ヒーター、転んでぶつけるかも知れない家具や机の角、ガラス製品、マッチやライター、指をつっこむかも知れない扇風機の羽根、落っこちるかもしれない階段、窓、そして縁側など。また幼児が口にしたら危険なものがある。薬、園芸用の殺虫剤など。そのような危険から、どう家族を守るか。家庭内安全への目配りはつねに必要だ。しかしふつう家庭では慣れっこになって、危険への感度が鈍くなっていないか。

 企業、とくに生産現場などにいた人は、会社が安全管理にどれだけ気を使っているか知っているだろう。各職場に安全管理担当者を置き、定期的に職場の安全パトロールをし、安全をテーマにして課内会議をする。幹部職員による安全パトロールも何ヶ月かに一回やる。これをくり返し、安全上問題がありそうなことを洗い出し、対策を講じ尽くす。全員の安全意識を高く保とうとする。こういう安全管理を真剣にやっている職場は事故を起こすことが少ない。生産現場での事故はふつう、安全への真剣な取り組みがおろそかになっているところで起きる。事故が起きてみると、何が見落とされていたかわかる。

 事故はたいてい一つの原因だけでは起きない。一つの原因で起きるような事故は、安全策が講じられていて当然だ。二つ以上の偶然が重なるときに、事故が起きる。たとえば高所からの転落。転落しそうなところでは必ず防護柵を設けることになっている。あるいは、転落防止用の安全ロープで身体を保持する。防護柵がたまたまない場所で身体のバランスを崩すという二つの偶然が重なって転落する。あるいは安全ロープをかけ忘れて、大丈夫だと作業していて手を滑らす。

 家庭でも、自宅内での安全にもっと真剣に取り組んで、危険なことがないかを点検し、対策を講じる必要があるだろう。さまざまな機器が家庭内に持ち込まれ、家庭内の安全面での環境がどんどん変わる時代である。一段と進んだ安全意識が必要なのではないか。普通に使っている分には安全ではたりない。めったに起こらないかもしれないが、もしこんなことをしたらどうなのか、そこまで考えておく必要がある。包丁が調理台の上にある。もし幼児が下から手を伸ばし、落としたらどうなるか。それを考えれば、刃先を奥に向け、できるだけ台の縁から遠い場所におくように気をつけようとするだろう。ガラス器やビンや皿は、机の周辺ではなく、中心部においた方がいい。そういう一つ一つの何でもないことを、もしもという観点から考えていくことを習慣にする必要がある。

 今度のシュレッダーを家庭内に持ち込んだ親は、それを見ただけで、ここにうちの子が手を突っ込んだらどうなるか、考えもしなかったのだろうか。少しでもそれを思ったら、まず使うかどうかを考えただろう。かりに使うとしても、不用時には電源コードを抜いておいただろう。あるいは上部をしっかりカバーするなど、何かをしたことだろう。同じように危ないものは身の回りにいっぱいある。車のドア、窓の開閉、・・・。あのシュレッダーを家で使って危ないと思わなかったような親は、ほかのことで、子供を危険な目にあわせる潜在的危険性を持っているのではないか。

 私は親にまず安全確保の責任があるといっているのであって、生産者にあれでいいと言っているわけではない。そちらはそちらで問題がある。設計段階で、もしここに何かが入ったら、という考えられる限りのあらゆる異常事態を当然検討すべきだったことはたしかだ。それは、しかし、あっち側の問題。それを買い求め、使用する側は、生産者にすべてを任せるのでなく、製品の吟味をして使うかどうか、どう使うかを考えなければならなかった。両側に問題があって、こんなとんでもない事故が起きるのだ。それだのに、事件が起きたときに、マスコミは利用者側に問題がなかったのかを、全く問おうとしない。そのほうが受けがいいからだろう。イラク人質事件を、あれほど声をそろえて自己責任問題にしてしまったマスコミが、この種の問題については、常にこうなってしまう。このような事故が起きたときこそ、家庭内安全の意識を高めるよう世論喚起をするチャンスなのだ。それなのに、メーカー糾弾という方向に安易に傾き、無責任社会をますます助長していく。まことに嘆かわしい。

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コメント

アクさん

私も全く同じ考えでした。何でも他人のせいにすれば気持ちがおさまるとでもいうのでしょうか?

我が家でも、子供が小さい頃には、ストーブの周りの柵、階段の上り下りの入り口には、特注で柵を作りました。

そして、子供が大きくなって不用になったときは、柵を幼稚園に寄付しました。その程度のことはやって当然。自慢することではありません。

それにしても、最近の風潮はおかしいです。綿菓子の棒が喉に突き刺さった話。昔、子供に食事をさせていた頃、お箸は間違っても口を突き刺さないように、口に平行させて食べさせていましたよ。

こんなに危険なものが一杯あると、親の方もどうやっていいのか困るでしょうが、親になった以上、いろいろな危険を想定してみないと駄目ですね。

想定外の出来事ではすまないのですからね。
私の思っていたことを、理路整然とおかき下さってすっきりしました。いつものことですが、気持ち良いです。

投稿: 美千代 | 2006/08/28 21:21

美千代さん、コメントありがとうございました。家庭内での安全配慮の実例、私が書くべくして書かなかった、子供への安全教育、しつけ、のことも書いてくださってありがとうございます。

昨日朝のテレビで、この問題を扱ったさい、親の側にも問題はなかったかと、言いにくそうにひとことコメントした人を見ました。全体の扱いは相変わらずでしたが。

投稿: アク | 2006/08/28 22:17

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