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2006/08/11

これはひどい、「プロフェッショナル仕事の流儀」

 あまりテレビを見ない。だから半年以前からやっているというNHK番組「プロフェッショナル仕事の流儀」を昨日はじめてみた。茂木健一郎が自分のブログに、何度もこの番組について書いているので、一度見てみようと思ったのだ。一回だけ見ての批判である。それを承知で読んでもらいたい。昨夜(06/8/10)は、スペシャルだったらしく、4,5人のプロフェッショナルが登場した。その人たちが、それぞれの現場で困難に出会い、それを克服したという挿話が紹介される。エピソード自体は、前身の(と思われる?)「プロジェクトX」ゆずりで、まあ良かろう(私はこの手の話は好きでないが)。いただけないのは、教訓めいたまとめのひとことが字幕に出て、それを茂木健一郎が、「最近の脳科学では、・・・」ともっともらしい理屈付けをすることだ。これこそ、悪しき科学主義、脳中心主義で、全くいただけない。プロの仕事の事例を、直接的に脳科学に結びつけようとの、番組作りの構想が間違っているのではないか。茂木健一郎は、何を考えて、こんな番組に手を貸しているのか、理解できない。

 たとえばこうである。この番組の主題歌を作ったスガ シカオ。ヒット曲を続けて飛ばし注目されているミュージシャンだそうだが、プロとしての出発は順調とはいえず、苦労の連続だったらしい。そしてやっと売れはじめたあとも、2年間まったく曲が作れない時期があったという。そのスランプを、彼は、アルバム全部の曲を作ろうとせずに、一小節でいいから、とにかく作って前に進む、そのくり返しでいいのだ、というコツをつかみ、乗り越えた。それが彼のプロとしての仕事の流儀というわけだ。この話を受けて、茂木は、彼の物語を「直感を信じる」という言葉で締めくくり、「最近の脳科学では、直感が大事だということが分かってきています。直感は、自分の経験、価値観、思いなどを、総合的に脳が無意識に判断して出した答えなのです。だから、壁にぶつかった時や重大な決断を下すとき、論理的思考よりも、直感を信じて行動することが大事です」とコメントしていた。

 「最近の脳科学によると、・・・」をいわなければ、これは識者のコメントとしていいだろう。茂木は、専門家らしからぬソフトで分かりやすい話しぶりで、良質のテレビ・キャラクターだ。ただ、この文脈に、脳科学をダイレクトに持ち出さなくてもいいではないか。この日のいくつかの挿話に対するもコメントは、たとえば「人間関係の壁は、自分の心の中の壁、それを壊す。人間関係を変えるきっかけは、自分自身を離れたところから見ること」とか。「偶然の幸運をつかむ能力(セレンディピティ)を高めるには、考えて、考えて、考え続けて人と会う」とかで、それぞれにうなずける。仕事で困難にぶつかった人には、いい助言にはなるだろう。ただし、こういう人生訓めいたものを、脳科学で無理に権威づけ、視聴者に納得させようとする、この番組作りの思想そのものに、大きな疑問を感じる。

 最近、脳科学を安直にハウツーに結びつけた本や記事が目立つ。一時期、やたらDNAが登場した。人の行動パターン(犯罪とか、浮気っぽいとか、・・・)を全部DNAのせいにする。このごろ、それが脳に取って代わられた。何でもかんでも、脳で説明しようとする。脳原理主義といってもいい。大森荘蔵は、こんな事態になるずっと前に、このような考え方を「脳産教理」と皮肉った。すべてを脳が産み出すという、ある種の宗教教理になっている、というのだ。茂木は、その批判を当然知っているだろう。それでいて、こんな間違った役割を演じていることに気づかないのだろうか。

 私は、何度もこのブログや、もとのHPに書いて来たように、脳科学の進歩が意識のなぞを解明していくさまに、大いに興味を持っている。心は脳だ、と直結することには、考え方として疑問を感じているが、心の働きが物質的ベースで説明されるようになると考えている。しかし、それは科学の説明であって、心は心だと(今のところうまく表現できずにいるが)考えている。脳は複雑である。脳科学は、その複雑さにたじろぎ、ほんの周辺部分にメスを入れているだけではないのか。まだ本質的なブレークスルーは遠いと思える。そんんな段階では、脳科学は、そうやたらに日常世界にしゃしゃり出ずに、研究の世界に慎ましく留まっているべき、と考える。

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コメント

アクエリアンさん、こんにちは。
茂木さんの科学者としてのプロフェッショナルな視点が欠けているとのご指摘、あっ、これは番組の趣旨からしてマズいですね(笑)。
少々話が寄り道しますが…最近、関西大震災を下敷きに緊急医療の現場を描いたドラマをレンタルして観たのですが、震災の経験のない私としては、中々よく描けていると思っていました。しかし、あるサイトを訪問し、実際に被災された医療スタッフがこのドラマのレビューを詳しく書かれたのを読むと、かなりリアリィティーのある指摘(主に過った箇所)に結構衝撃的でした。表面的に観ている分は確かに良いのですが、現場や専門家の人の声を聞く事により、自分のそれまでの認識とそのギャップを知ることから、実は学ぶことが多く、今回のアクエリアンさんのご指摘も新たなる視点を頂きました。思いますに、番組制作トップが、どれくらい深く対象に近づこうとしているか、一歩も二歩も踏み込んで、より専門的な視点に立とうとする努力をしない限り、番組に限らず、質の良いものは出来ないのでは…というのが私の意見です。加えて、一般人が想像しているものと実際の専門的認識とのギャップを“プロフェッショナルに”切り取って番組にするからそこ、そこに観る者の視点を刺激する作品としての価値が生まれていくのではないかと今さらながら感じました。
この番組が、プロフェッショナルを目指す人向き、バラエティーに知的な要素を味付けした娯楽番組としてはOKでも、特にプロフェッショナルな人が観ても満足できる番組かどうかは別問題ということですね。そうすると、今話題の茂木さんが視聴率を取れるからという以外に、番組の内容を改めて観てみると、茂木さんでなければならないという番組起用の必然性を見出すのは確かに難しいですね。むしろ、番組を観る視聴者サイドの認識に、ご指摘の脳原理主義的な、片寄った弊害を生んでしまうというのも頷けます。
そもそも、なぜ番組が茂木さんを起用し、どのようなところに心動かされて、茂木さんが引き受けられたか、この当りの見解をぜひ聞いてみたいものです。

投稿: 梅吉 | 2006/08/12 11:44

 茂木さんが、自分の専門分野にとどまらずに、越境して他分野と交流する、一般人に語りかける、などの活動をしていることは、私も大いに買っているのですが、この番組に関しては(一回見ただけですが、どんな役割を演じているか、推察ができました)、エントリに書いたような問題を感じました。マスコミは、こういうふうに使えるひとを見つけると、競って登場させる。流行児になると、つい本心を超えて求められる役割を演じてしまう。そんな一例を見たような気がしました。茂木に限らず、ほかにも同様の例を見ます。

投稿: アク | 2006/08/12 15:59

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