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2006/08/29

チトラルの谷へ

 明日(06/8/30)から旅に出る。パキスタン北部、アフガニスタン国境近く、ヒンドゥークシュ山脈に深く切り込んだ谷、チトラルが目的地である。2年前の秋、パキスタン北部地域のフンザへ行った(HP本館「フンザへの旅」)。今年6月には、カラコルム山脈を隔てて中国側にあるカシュガルを訪れたばかりである(「タクラマカン砂漠をめぐる旅日記」を、HP本館に掲載中)。そして今度は少し西のチトラル。何となくこのあたりに続けてよく出かける結果となった。いうなればアジアの辺境の地。強者に追いやられた少数民族がひっそりと、あるいはたくましく暮らしている。今回行くチトラルのあたりには、カラーシュ族が住む。イスラム教徒が大多数の地で、原始的な多神教の伝統を守っているらしい。

 3千メートルを超える峠を、ジープで越えて辿り着ける辺鄙な場所である。今回は私だけが写真撮影を目的に出かけ、アジアの旅はきついとみやは留守番である。遊び目的の海外旅行では初めての単独行となる。といっても旅行社主催の旅、同行十人余りのツアーである。パキスタンへ旅に行くと人にいうと、今どき何でパキスタンと不思議がられる。つい先日ロンドン・米国間のフライトで爆弾騒ぎを起こしたのは、パキスタン出身者あるいはパキスタン在住者であった。そんなことのあった直後だからだろう。パキスタンもいろいろである。みんなが爆弾のことばかり考えているわけではない。いやむしろ、平和のうちに大いに観光客を迎えたがっている。そういう国にこそ出かけて見ようではないか。そんなあまのじゃく精神で出かけることにした。

 ペシャーワルにも寄ることになっている。アフガニスタンのカーブルにハイバル峠を超えてつながる町として、アフガニスタン戦争時によく耳にした。チトラルを流れる川はカーブルへ向かって流れる。古くから渾然一体の地域なのである。英国統治時代に国境が人工的に引かれたのであって、人々はそんなことお構いなしに、この谷、あの谷に暮らしを立て、交易し、移動してきたにちがいない。そんな実態も見てきたい。しばらく留守をする。ではまた。

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