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2006/08/18

信濃追分の昨今

060818asama

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 信濃追分の友人の山荘へ、今年も行ってきた。毎朝、浅間山を見に、近くの早稲田大学セミナーハウスのグランドへ出かけた。以前は一面のススキが原だった追分原は、木が生い茂り、それが年々高さを増して、浅間山の眺望を得られる場所が少なくなった。千メートル道路沿いにある早大の施設は、広大な敷地を擁し、浅間山(2568m)から側峰の剣ヶ峰(2280m)の山容を、広がる裾野までふくめてすべて見渡せる絶好の地である。毎朝天気が良かったが、この朝はほとんど上空に雲のない絶好の日和。山腹に薄雲の漂うあたりが、石尊山(1668m)。2年前のこの山への登山行については、かつてこのブログに書いた(『石尊山へ登る』『石尊山へ登る(続)』)。

 昭和初期に別荘地として開発され、多くの文人、学者が好んで住んだ信濃追分は、年々様子が変わってきている。すでに他界された方々も多く、世代が替わった。中心部のいい場所を占めている大学、高校などの夏期寮は、利用者が減り、閉鎖されたものもあり、空洞化が進んでいるようだ。代わりに周辺部の開発は進み、雑木林だったあたりが新しい別荘地となり、旧来の地にも新しい建物が増えている。昨今は、昔風のいかにも山小屋ふうというような簡素な山荘より、しっかりしたモダンな建物が多い。新世代の住人や観光客を当てにしたレストラン、喫茶、衣類・雑貨などしゃれた店が多くなった。

 大学や高校の夏期寮が利用されなくなったのは、大部屋に雑魚寝し、大風呂に一緒に入り、夜遅くまで語り合うという合宿スタイルを、近頃の若者は好まなくなったからだという。広大な早稲田大セミナーハウスでも、あまり人影を見なかった。いつまでもこの施設が確保されるか、部外者だがこの眺望の愛好者として、いささか心配である。

 文人たちの消息はほとんど知らない。友人は加藤周一を買いもの時に見かけたという。友人のところは加賀乙彦の山荘に近い。毎日みずから車で用足しに出入りするお元気な姿を見かけた。夏期に限らず、一年中ここに住み、大河小説を書き継いでいるらしい。堀辰雄未亡人、多恵子さん、は自宅を文学記念館として開放したあと、少し離れた地に居住し、お元気であると聞いた。

 追分を訪れると必ずいってみる泉洞寺裏の「野の仏」(『信濃追分の朝、泉洞寺に野の仏を訪ねる』)も健在であった。ただすぐ脇のツツジが大きくなり、石仏にくっついてきて、仏さんはちょっと窮屈そうなのが気になった。

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