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2006/08/06

思い出した、日本兵髑髏写真

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 米軍兵士が日本兵のドクロをガールフレンドに送った。それを机上の置物にして、礼状を書いている写真。小学校4年か5年だった私は、これを見たのを覚えている。アメリカ人は、なんとむごい。これは人間のすることじゃない。当時私の父は招集され前線に出ていた。いつ戦死の報があるかも知れなかった。日本兵の遺体をこのように扱うなどとんでもない。鬼畜米英って、ほんとだな。必ず仇をとるぞ。いっぱしの軍国少年だった私は、学校の廊下の掲示板に張られていたこの写真(新聞のほか、週間グラビア・ニュースとして配布されていたのだと思う)を睨みながら固く誓ったのだった。そんなことがあってしっかり覚えていたこの写真が、なんと先日の朝日新聞に、そっくりそのまま出ていた(7月14日)。もともと掲載された新聞の日付は、昭和19年(1944年)8月11日。終戦のほぼ一年前だ。タイトルは右から読む。「屠(ほふ)り去(さ)れ、この米鬼」と。ほかにもう一枚、日本兵の骨から作ったペーパーナイフを使っている写真も、掲示板で見たのを覚えている。

 新聞社が、戦争中いかに戦争協力に巻き込まれていたか、自己検証をする特集記事の中にこの写真が載せられていたのだ。日本兵のドクロというどぎつ い写真は、国民の戦意を煽る役割を立派に果たした。戦線の英雄とか、そのころ始まっていた神風特攻隊とか、玉砕などという言葉より、敵国の国民が、我が方 の兵隊をいかにもてあそんでいるかを、リアルに見せる写真ほど敵意をそそるものはない。幼かったけれども、純に国粋的になっていた、そのころの気持ちを思 い出していた。

 記事の説明ではじめて知った。この写真は作り物ではなく、じっさいアメリカのグラフ雑誌「ライフ」に載ったものだそうだ。「太平洋戦場の記念品」というタイトルで、かの国でも戦勝を勝ち誇る目的の記事だったらしい。真珠湾で一泡ふかされたが、今やジャップはこの有様という調子だったのだろう。ちょっと違うのは、ライフには、読者の投稿が寄せられて、「この写真は不快で、身の毛がよだつ」、「骨を送るようなやつは、頭がカラッポだ」、「立場を置き換えてみよう」といった意見が掲載されたことだろう。

 しかし、それはともかく。ほぼ60年の時間を隔てて、この写真にまみえての感想。戦争は不幸だ。決して、してはいけない。そのころ私ら幼かったものたちを含めて、ひどい戦争のただ中にありながら、戦いぬくぞという、いかに無為なマインドコントロールに囚われていたことか。敵国だったアメリカとて同じだった。その後、日本は戦争を免れている。アメリカは、相変わらず同じことを繰り返している。イラクで、中東で、どれだけ敵国の憎しみを煽っていることか。かわいそうに。

 日本でも、ここ5年か、10年。隣国との争点を平和に収束しようとするより、相手の神経を逆なでし、国内でも対抗心を煽るような傾向が強まっている。私はとても心配だ。無駄に敵意を煽るドクロ写真がふたたび登場することのないようにと、願いを新たにする。この広島原爆の日に。

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コメント

こんにちは。

Googleで「辻政信」をイメージ検索したら、

こちらにたどりつきました。

BlogとHP、非常に興味深く拝見させて頂きました。

中でも、この記事には、非常に考えさせられる点が多かったです。

これからも頑張ってください!

投稿: 遼 | 2007/04/01 16:09

遼さん、はじめまして。

インターネットが結んでくれたご縁ですね。お読みいただいてうれしいことです。あれこれと書いていると、あとはグーグルが読み手とつないでくれます。興味を持っていただいてありがとうございます。

投稿: アク | 2007/04/01 19:39

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