« 妻 籠 | トップページ | 55年ぶりの再会 »

2006/09/16

ニオール・ファーガソンの9/11後の歴史予測

 週刊誌TIMEは、9/11事件5周年記念号を、歴史家ニオール・ファーガソン(Niall Ferguson)の寄稿「The Nation that Fell to Earth」を柱として構成している。この人はスコットランド生まれ(1964)、オックスフォード大出身の歴史学者で、現在ハーバード大学教授である。20世紀の戦争について大胆な分析をしていることで知られ、現代の問題についても活発に発言し注目されている(著書の日本訳はないようだ)。Los Angeles Times の常連コラムニストでもあり、ブッシュのイラク侵攻を当初支持しながら、その後の施策を批判する立場だ。ある人は「傾聴するにたる唯一の右派コラムニスト」と評している。そんな彼が、この寄稿で、30周年を迎える2031年の世界は、9/11とその後の歴史をどう見ているだろうか、という大胆予測を書いている。紹介してみよう。

 2段組5ページにわたる長い論文を要約するのはむずかしい。まず興味をもった論点を、拾い上げて記しておこう。
・9/11に対する反応として、アフガニスタンのタリバン政権を倒したのは正しかった。中東の民主化を目指したのもいい。しかしイラク侵攻は致命的な誤りだった。
・アメリカは、イラクから勝利することなく兵を引くことになろう。内戦による分裂国家の誕生、その過程でのヴェトナム戦争におけるサイゴン撤退の日の悲劇に似た状況も。
・テロはさらに続く。テロリストは西側の内部から出現することが問題。
・後の世は、9/11事件とその後の戦乱を、錯乱した一時代だったと回顧することだろう。
・9/11とその後の展開で、もっとも利益を得るのはイラン。この結果、イランが中東の強国として台頭する。
・30年後、アメリカの世界覇権は終わっていて、ロシア、中国、イランの3国がアメリカと拮抗し、3国が反アメリカ同盟を形成して、アメリカに対抗、という構図になっている。
・中国は国内問題で危機を迎えるが、何とか乗り切って覇権国家の一翼を担い続ける。
・ロシアはエネルギーでヨーロッパに影響力を行使し、東欧の諸国は、再びロシア覇権のもとに置かれる。
・アメリカの生きる道は、技術革新しかない。特に中東への石油依存を脱する技術開発がなされていることだろう。

「民主化のための大戦」 ファーガソンは、9/11のあと長期にわたった戦争を、30年後の世界は「民主化のための大戦」と名付けることだろうとし、その戦争の目標は正しかったとする。それは彼の民主主義ー平和理論による。戦争は、民主主義国相互間では少なく、他の政治体制の国に対しての方が起きやすい、という。だから、中東を含め世界中に自由と民主主義を広めることが世界に平和をもたらすと、ブッシュ大統領がいうのは正しかった、とする。

イラク侵攻は誤り、イランの台頭を招く 考えは正しかったが、それを実行したことは致命的な間違いだった。戦略的な誤りもあったが、独裁者フセインを倒せば民主化できるとした見通しが間違いだった。宗派間のどうしようもない殺し合いに至ることを予測できなかった。内戦状態となり、アメリカ軍の増強などではどうにも収まらず、最後は撤退しかないだろう。大国アメリカは中東の砂にまみれて敗れ、この戦争の最終的勝者は、イランであったということが明らかになる。イランはこの地域の最強国となり、アメリカは、核武装も阻むことも、イラン対イスラエルの最終対決に手出しすることも、できぬほどの痛手をこうむる。

ブッシュでなくても同じ ブッシュ以外の大統領が、もっとうまくやれたか。ファーガソンは否定的である。むしろブッシュであればこそ、9/11直後に国論を統一してアフガニスタンに立ち向かえた。民主化のための先制攻撃の考え方も正しかった。ただブッシュの誤りは、イラクに易々と攻め込んだこと。今となってみれば、先制攻撃は対イランにこそとっておくべきだった。

内なるテロリスト テロリストとの戦いは続く。アメリカの過ちはテロリストをますます勢いづけ、今後もテロは続くだろう。テロリストは、中東の独裁国からくるのでも、支援を受けるのでもなく、中東の民主国家から、あるいは西ヨーロッパに住み、平和と繁栄を享受しているイスラムの子弟、さらには改宗したヨーロッパ人たちから生まれてくる。不幸なことは、テロとの戦いについて、ヨーロッパとアメリカの間に深い溝があることだ。英国すらアメリカから離反していく。

中国での危機
 アメリカの世論も中東での戦争より、自国の経済へと目を転じるようになる。08年の大統領選は経済政策を巡って戦われるだろう。経済は減速しインフレが忍び寄る。連邦銀の金融政策は後手に回り、不動産の暴落が起きるかもしれない。米国の貿易収支の赤字は、中国が現状にとどまる限りは、辛うじて支えられる。しかし、中国での何らかの危機により、アジア諸国はもとより、アメリカは大きな影響を受けることになる。

覇権をめぐっての今後の展望 9/11後のアメリカの過ちのおかげで、中東ではイランが最強の覇権国として台頭する。アジアでは中国が財政危機と不況を乗り越えて、東アジアの覇権を握る。ロシアは石油で得た富と核の影響力で再び東欧を勢力圏とし、EUと対峙する。これらの覇権国は、アメリカを弱体化することで戦略的に手を組む。アメリカが超大国でなくなること、中東から手を引くことで、ようやくテロリストはアメリカを目の敵にしなくなる。

経済改革へ向かうアメリカ アメリカでは、2012年の大統領選を機に、政策的な大転換が起きる。医療、社会福祉と税制の大改革が行われる。不動産に向かっていた投資動向が変わり、技術革新によるまともな製造業の回復へと向かう。燃料電池自動車、超安全原子力発電炉などの開発により、中東の石油に依存せずにすむようになる。ナノテクノロジーなどの進歩で、テロリスト警戒も万全を期すことができるようになる。

30周年での総括 9/11事件30周年式典で、大統領は「わが国は、イスラム世界に、政治改革をもたらそうとした。それには失敗した。代わりにわれわれは自国の経済改革に尽力し、それがうまくいった」と歴史を総括することだろう。

ファーガソンのいうようになるか
 さて、ファーガソンの予言通りになるだろうか。アメリカが、イラクから不名誉な撤退をすることになり、イランが台頭するのを許す。これは当たっているだろう。アメリカがその後立ち直れるか。特に製造業での技術革新で経済の立て直しができるか。かなり希望的観測のように思える。そもそも中東を民主化するとの大義が正しかったかの検証が必要だろう。30年後の世界を描くのに、日本への言及がない。それがアメリカから見た未来世界なのだ。

|

« 妻 籠 | トップページ | 55年ぶりの再会 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/11918789

この記事へのトラックバック一覧です: ニオール・ファーガソンの9/11後の歴史予測:

« 妻 籠 | トップページ | 55年ぶりの再会 »