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2006/09/30

もっと風を

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  中国で見た風力発電機が林立する風景(クリック→拡大)

 中国の新彊ウイグル自治区を旅行したとき、トルファンとウルムチの間で、風力発電機が林立するのを見た。その数は百を越すとみたが、説明を聞くと、300基まで増やす予定で、機器はオランダからの輸入だという(ガイドはオランダと話したが、デンマークかもしれない)。この地域は石油開発が活発に行われているが、同時に何百という風車を導入している。深刻なエネルギー不足と、それに足早に対応しようとしているこの国の現状をまざまざと見る思いだった。

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2006/09/27

カラッシュ族の写真を投稿

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「カラッシュ族の小学校教室で」(クリック→拡大)

 9月上旬にパキスタン北部のチトラルの谷に行ったことは、ここに何度か書いた。その旅のハイライトは、チトラルからさらに山奥へ深く分け入った谷に住むカラッシュ族の暮らしを実見することだった。いずれHP本館のほうに少し詳しく書くつもりだが、写真を選んで「写真道場」に投稿した。ここにあるので、ご覧になっていただきたい。ここは、私の写真を投稿する場所の一つで、隔月に5作品を出している。このリンク先は掲示板になっていて、下の方にある「次のページ」ボタンをクリックすると、以前のページをつぎつぎに見ていただくことができる。仲間とお師匠さんのコメントもついている。ここは、5年半ほど前、デジタル写真をはじめて以来ずっと投稿し、鍛えてもらっている場である。

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2006/09/24

イスラムの強さ

 野町和嘉の写真展「イスラーム巡礼」で強く感じたのは、イスラムの人々の信仰の強靱なことであった。会場(吉祥寺美術館、9/16ー10/29)を出て、祝日夕方の吉祥寺駅近辺の雑踏に混じり、メンチカツを求める長い行列の脇をすり抜けるように歩きながら、たった今見てきたライラトル・カドル(ラマダーンの聖なる夜)の礼拝を撮った俯瞰大画像を思い出していた。米粒のようにしか見えない一人一人が、世界中からこの場所をめざして集まり、何百という輪をなして頭を下げている。百万人がこの夜一つ場所で祈りをともにしている。あるいはカアバ神殿を回る巡礼者の渦、ラフマ山で朝日を浴びながら一心にコーランを誦じる姿。同じ群衆、人の渦とはいえ、なんという彼我の違いであることよ。

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2006/09/21

55年ぶりの再会

 高校時代の友人と、55年ぶりに再会した。切れていた糸をいくつかの出来事がつないでくれ、間にいた人のご好意もあって、まことに思いがけない再会だった。純真な心で、いつも何かに熱中・没頭する人だった。キョロッと好奇心にあふれた目つき、熱のこもった話しぶり。覚えていた当時の少年が、そのまま白髪の年寄りとなって私の前にいた。55年間のギャップを埋めようと、どっと語りはじめた半生物語を聞きながら、少年時代の性分をそのままに、この人らしく純粋を貫いて生きてきたのだなと感じていた。

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2006/09/16

ニオール・ファーガソンの9/11後の歴史予測

 週刊誌TIMEは、9/11事件5周年記念号を、歴史家ニオール・ファーガソン(Niall Ferguson)の寄稿「The Nation that Fell to Earth」を柱として構成している。この人はスコットランド生まれ(1964)、オックスフォード大出身の歴史学者で、現在ハーバード大学教授である。20世紀の戦争について大胆な分析をしていることで知られ、現代の問題についても活発に発言し注目されている(著書の日本訳はないようだ)。Los Angeles Times の常連コラムニストでもあり、ブッシュのイラク侵攻を当初支持しながら、その後の施策を批判する立場だ。ある人は「傾聴するにたる唯一の右派コラムニスト」と評している。そんな彼が、この寄稿で、30周年を迎える2031年の世界は、9/11とその後の歴史をどう見ているだろうか、という大胆予測を書いている。紹介してみよう。

 2段組5ページにわたる長い論文を要約するのはむずかしい。まず興味をもった論点を、拾い上げて記しておこう。
・9/11に対する反応として、アフガニスタンのタリバン政権を倒したのは正しかった。中東の民主化を目指したのもいい。しかしイラク侵攻は致命的な誤りだった。
・アメリカは、イラクから勝利することなく兵を引くことになろう。内戦による分裂国家の誕生、その過程でのヴェトナム戦争におけるサイゴン撤退の日の悲劇に似た状況も。
・テロはさらに続く。テロリストは西側の内部から出現することが問題。
・後の世は、9/11事件とその後の戦乱を、錯乱した一時代だったと回顧することだろう。
・9/11とその後の展開で、もっとも利益を得るのはイラン。この結果、イランが中東の強国として台頭する。
・30年後、アメリカの世界覇権は終わっていて、ロシア、中国、イランの3国がアメリカと拮抗し、3国が反アメリカ同盟を形成して、アメリカに対抗、という構図になっている。
・中国は国内問題で危機を迎えるが、何とか乗り切って覇権国家の一翼を担い続ける。
・ロシアはエネルギーでヨーロッパに影響力を行使し、東欧の諸国は、再びロシア覇権のもとに置かれる。
・アメリカの生きる道は、技術革新しかない。特に中東への石油依存を脱する技術開発がなされていることだろう。

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2006/09/15

妻 籠

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  妻籠、中仙道沿いの民家の格子窓(クリック→拡大)

 パキスタン・チトラルへの旅から帰って3日目。パートナーの用事(『「裂織人を訪ねて」を紹介する』06/8/10)で木曽へ出かけた。そのついでに、妻籠(つまご)を訪れた。二泊三日の旅の間、折悪しく秋雨が続いたが、最後の半日だけ上がってくれた。人影少なく、静かな妻籠の街道を歩き、本陣、脇本陣を訪ね、藤村の時代を偲んだ。馬籠から妻籠にいたる峠道は、『夜明け前』の有名な書き出し、

 木曽路はすべて山の中である。あるところは岨(そば)づたいに行く崖の道であり、あるところは数十間の深さに臨む木曽川の岸であり、あるところは山の尾をめぐる谷の入り口である。一筋の街道はこの深い森林地帯を貫いていた。

の雰囲気をいまだに持っている。街道の家々の並びは、『夜明け前』の時代と変わらぬ佇まいを見せているようだった。

【06/9/17追記】
妻籠での写真を『妻籠印象』として、フォトギャラリーに載せました。ごらんください。

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2006/09/10

イマームの問い

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 シャヒー・モスクのドームとミナレット。背景に見えるはずのティリチミール峰は、早朝から2時間半ねばったが、ついに姿を見せてくれなかった。画面クリックで拡大画像。

 北西パキスタン、チトラル川沿いの谷が大きく幅を拡げ盆地をなしている地に、チトラルの町がある。ヒンズークシュ山脈の主峰ティリチミール(7708m)を背景に、タマネギ型のドームの重なるシャヒー・モスクがそびえ立つ。このモスクのイマーム(モスクの主導師)と直接面談できた。モスクの主室では、少年らのグループがコーランの読みを習っていた。その脇に車座になってイマームを囲んだ。イマームの象徴である白いターバンを頭に戴き、この地の人にしてはめずらしく優しい目をした人だった。

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2006/09/08

チトラルの谷から帰還

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カラッシュ族の少女たち。画像をクリックすると拡大画像が見られます。

 北パキスタンのチトラルの谷から帰ってきた。予想以上に過酷な旅だった。帰還などという大げさな表現はその意味である。ジープで、でこぼこの悪路を揺られ、急峻な峠を越え、折からのにわか雨で水かさの増した激流を横切り、ほこりまみれになってやっとたどり着いたチトラルの谷には、時代を超越して穏やかな暮らしを続けているカラッシュ族がいた。イスラムのパキスタンとアフガニスタンの国境の高地に、わずか2,3千人が伝統的な暮らしのスタイルを維持している。その人たちを見にいく観光はけっこう賑わっているが、そのための観光業(宿、ガイド、みやげ物屋など)はイスラムのパキスタン人がやっている。カラッシュ族はまるで見せ物の動物のよう。そのカラッシュ族の一人になって民族の存続と啓発に努力している日本人女性がいた。

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