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2006/09/10

イマームの問い

060910shahimosque

 シャヒー・モスクのドームとミナレット。背景に見えるはずのティリチミール峰は、早朝から2時間半ねばったが、ついに姿を見せてくれなかった。画面クリックで拡大画像。

 北西パキスタン、チトラル川沿いの谷が大きく幅を拡げ盆地をなしている地に、チトラルの町がある。ヒンズークシュ山脈の主峰ティリチミール(7708m)を背景に、タマネギ型のドームの重なるシャヒー・モスクがそびえ立つ。このモスクのイマーム(モスクの主導師)と直接面談できた。モスクの主室では、少年らのグループがコーランの読みを習っていた。その脇に車座になってイマームを囲んだ。イマームの象徴である白いターバンを頭に戴き、この地の人にしてはめずらしく優しい目をした人だった。

 イスラム教が何であるかを簡潔に話したあと、何か質問がありますか、とイマームが問うた。いちばん聞きたかったのは、テロとの戦いをイスラム教徒としてどう見るかとか、イスラム原理主義とキリスト教原理主義との正面対立の様相をどう思うかなどであったが、挨拶程度の面会の機会にそのような政治的な質問を持ち出すのはどうかと避けた。

 じゃあ、私の方から日本の方に質問があります、とイマームがいいだした。日本は先の戦争で、アメリカから広島、長崎に原爆を落とされるという非人道的な被害を受けながら、なぜアメリカ寄りの立場をとっているのか、というのである。アルカイダやイランほどではないにしても、イスラム圏のほとんどすべての人々は、力にものをいわせて世界を牛耳っているアメリカに反感を抱いている。イラクへの侵攻で多くの人々が被害を受けた。パレスチナではアメリカの支援をうけたイスラエルの軍事行動で無辜の人々が犠牲となっている。アメリカにやられたという点では、日本の方がもっとひどかったろう。それだのになぜ日本人は喜々としてアメリカに寄り添っているのか。そうイマームは問いかけてきたわけだ。こちらが避けた政治的問題をあちらから持ち出されてしまった。

 イマームの真正面にいて、最初の挨拶をさせられていた私が答えることになった。まず、あの戦争に負けたとき、間違った戦争を引き起こし、ひどい被害をアジアの人々に、また対戦した連合国の兵士などに、与えたという罪責感に捉えられていた。原爆投下の非人道性を咎めるほどの誇りを失っていたのではなかったか。ただ最近になって、イラク人にアメリカがやっている行為は、日本人が受けた原爆あるいは都市部爆撃と同じではないか、と思うようになった人もいる、と答えた。後から考えてみると、もう一つ、直後にはじまった中国の共産主義化、朝鮮戦争などから共産主義拡大の脅威に対抗するには、アメリカと手を結ぶしかなかったこと、現在でも軍事大国である中国と対抗するためにはアメリカとの同盟関係が不可欠であるとの地政学的理由も述べるべきだった、と思う。

 もう一つ質問があった。日本のハイテク製品はすばらしい。私は高く評価し、中国製などでなく日本製品を使うようにしている。だが、日本企業は、中国を含めて東南アジア諸国には生産拠点を出しているが、パキスタンにはどうして来てくれないのか、というのである。これに答えるのは比較的容易であった。このチトラルまで、ひどい道をジープで揺られて、やっとたどり着いた。ホテルではしばしば停電があった。インフラストラクチャーがもっと整備されなければ、企業進出は難しいのではないか、と述べた。もう一つの点もほんとうはいいたかった。女性差別である。女性は家にいるべきで、他人のために働いてはならないとする国柄では、日本企業は工場を持ってこようとしないのではないか、という点だ。レストランの調理やサービス、ホテルでのメイドの仕事などをすべて男性がする国である。安価で良質な労働力を求めて工場進出をしようという気が起きないのではないか、といいたかった。この点に関しては、パキスタンの南部では事情が違うようだ。そこには一部の企業は出ている。

 思いがけないイマームの直截な質問にたじろいだが、一方では、さすが宗教の指導者、世界を現実的に見ているな、との印象をいだいて、モスクをあとにした。別れるさいに、イマームは、男性全員に握手をしたが、女性とは握手をしなかった。穢れるのだろうか。やはりイスラムの教えは理解できないところがある。

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