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2006/09/08

チトラルの谷から帰還

060908fourgirls

カラッシュ族の少女たち。画像をクリックすると拡大画像が見られます。

 北パキスタンのチトラルの谷から帰ってきた。予想以上に過酷な旅だった。帰還などという大げさな表現はその意味である。ジープで、でこぼこの悪路を揺られ、急峻な峠を越え、折からのにわか雨で水かさの増した激流を横切り、ほこりまみれになってやっとたどり着いたチトラルの谷には、時代を超越して穏やかな暮らしを続けているカラッシュ族がいた。イスラムのパキスタンとアフガニスタンの国境の高地に、わずか2,3千人が伝統的な暮らしのスタイルを維持している。その人たちを見にいく観光はけっこう賑わっているが、そのための観光業(宿、ガイド、みやげ物屋など)はイスラムのパキスタン人がやっている。カラッシュ族はまるで見せ物の動物のよう。そのカラッシュ族の一人になって民族の存続と啓発に努力している日本人女性がいた。

 この旅の長い過酷な移動の時間、いろんなことを考えた。もっと道路事情その他のインフラが良くなって、こんな旅など、たとえば日本人にとっての白川郷や木曽谷への旅と大して変わらなくなればいいのにと思う一方、そのようになることによって何が失われるか、考えてしまう。そもそも「未開である」とは、いったいどうなのだろう。遅れていることは不幸せで、進んだ文明の便益を享受しているわれわれの方が、ほんとうに彼らより幸せなのだろうか。未開であるとされる彼らは彼らで満ち足りた生活をしているのではないか。こんなことについては、いずれもう少しくわしく考えをまとめてみたい。

 旅の途次、何人かの欧米人と出くわした。バイクでユーラシア大陸を横断しつつある英国人。男女の二人連れで自転車で東南アジアを走り回っているアラスカ州のアメリカ人。イスラマバードに家族で住み、政治経済システムの啓発を多国間セミナーなどの開催で進めているNPOで働くドイツ人など。旅仲間を含めて、旅には数々の出会いがあって学ぶところがおおきい。

 私が旅に行く理由は、他国の人々の暮らしぶりを見ることで、あるいは他国の人々と語り合うことで、現在のこの日本で通用しているものの見方・考え方がどうなのかを根本から揺さぶられることを期待するからである。今回の旅はそういう目的からすれば収穫があった。ぼちぼち書いてみよう。

 そんな旅のなかでテレビで放映された秋篠宮家男子出産を手放しで喜ぶ日本人のバンザイの姿、安倍晋三でポスト小泉は決定との報道などは、他の世界からひどく切り離されて、自分勝手の狭い世界に閉じこもっているように感じられた。

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コメント

アクさん

お帰りなさいませ。

旅なれたアクさんが、過酷な旅というからには相当なものだったのでしょうね。楽しみに読み始めておやっとひっかかった言葉に、思わず一言書き込みしたくなりました。

>その人たちを見にいく観光はけっこう賑わっているが、そのための観光業(宿、ガイド、みやげ物屋など)はイスラムのパキスタン人がやっている。カラッシュ族はまるで見せ物の動物のよう。

一昔前、日本にもアイヌを見にいく旅がありましたが、見にこられる方はどんな気持ちなんでしょうね。
おそらく、その辺をこれから書いてくださるのでしょうが。

秋篠宮家男子出産のニュースは、あきれて私は殆どみていませんでした。日本人も他国からみれば、不思議な人種でしょうね。

投稿: 美千代 | 2006/09/09 07:36

 初め写真をじっくり見て「はぁー世界には洋装をせず伝統衣裳をいまでも着ている人がいるんだなー」と感心して、それから読み始めました。それでカラッシュ族とそれを見る観光客という話を読んだのでかなりジーンという気分になりました。
 わたしも美千代さんが思ったように見られる側に思いを馳せ「自分がしていた様なもの珍しげな視線に見られるなんていやに思わないのだろうか」と勝手な想像を巡らせました。
 旅というのはやはり観光でなくそこに行くことだけを目的にすごすのが醍醐味なんじゃないのかと思いました。テレビ感覚で物珍しい物を見て回るというのではだめ。ぶらぶらして「空気」を吸い、様々な発見をする。それがすばらしい。
 パックツアーばかりの私がそんなことを言うのはおかしいですが。そうなんじゃないかと思います。それこそ日本でのことが馬鹿みたいに思えるみたいに。
 物凄く旅がしたくなりました。

投稿: PuHa | 2006/09/09 19:14

美千代さん、帰ってきました。
そちらはお変わりないですか。

いろんなことを感じて旅をしてきましたが、少数民族を見にいく、この旅そのものが何であるかを、なんだか納得のいかない気持ちもあり、ひとこと書いたのでした。

でも、その地に行ってみて、何かを見聞し、その全体について、ということは見ている自分も含めて、考えてみる。それが本文に書いた「収穫」でした。少し時間をおいて書いてみます。

たぶん、HP本館のほうに、恒例ならみやが書く旅日記を、私なりの手法で書いてみます。

投稿: アク | 2006/09/09 21:02

PuHa さん、コメントをいただくのははじめてかと思います。お読みいただいてありがとうございます。

書き忘れ、ご存じだとも思うのですが、カラッシュ族の女性のこの衣装は、観光客向けに特別着飾ったものではなく、農作業などのふだんの生活でずっとこの衣装です。生まれてからこのような衣装以外身につけたことがないようです。前回タクラマカン砂漠周辺のオアシシスを辿ったときにも、晴れやかなドレス姿で農作業している娘さんを見て、どうしてと思ったことがありました。どうやら、普段着、晴れ着、という区別のないのが、進んでいるとされる文明から遠い地での女性の日常のようです。男性は着飾りません。粗末な姿をしています。この男女差は作られたものなのか、自然なのか、それは考察の対象でしょうね。

バックパッカーであられるとか。カラッシュ族の住む三つの谷でも、日本人バックパッカー数人に会い、話しもしました。中年と言うより白髪交じりの方、30歳を超えてから仕事を離れ、旅に出た方などなど。それぞれに異国を見ると同時に自分を見つめているようでした。

投稿: アク | 2006/09/09 21:25

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