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2006/11/29

ポロニウム再論

 このブログにしては、異質なエントリが続くことをお許しいただきたい。前回書いたものに、ほかのブログで異論が出た。その異論の方が間違っていると考え、直接メールで書き送ったのだが、相手はその内容を取り込んで微妙に論点を修正しはじめた。立場を配慮して、間違いを深追いしないつもりだったが、やはり公表の場で書いた方がいいだろうと考えた次第である。

 ポロニウム210が原爆の起爆材であったことを書いたブログエントリに、ある原子力専門家が、自分のブログで、そんなことはあり得ないと書き、代わりにラジウム226を使っているはずだと主張した。これは間違いも甚だしい。早速私はメールを送った。この人のブログは変則的で、コメントを受け付けているようでいて、コメントが掲載されているのを見たことがない。コメント書いても無駄だろう。直接メールでその間違いを詳細に指摘した。それを受けて、すぐさまブログエントリを書き直したり、新エントリを書いたりしている。この問題に私はあまり深入りしたくない。しかしこのままメールでやりとりをしていては、技術評論家としての高名に傷が付かないようにとの親切心が仇になる。私の論点が、彼のブログにどんどん取り込まれるだけということになりかねない。議論のやりとりを残しておく方がいいだろうと、気が進まないのだが自分のブログに書いておくことにした。そんな事情なので、異質なエントリであることを、お許しいただきたい。

 上記原子力専門家は桜井淳氏である。「桜井淳の新・市民的危機管理入門」というブログで、私が前のエントリを書いた次の日(06/11/28)から、この問題を取り上げている。最初に書いたエントリは、私のメールを受け取ったあと、タイトルを含めて大幅に書き換えられ、論旨も変えられているようだ(ここ)。しかし、(いまでも)ポロニウム210が原爆の起爆材として使われているなどということはあり得ない、アルファ崩壊の半減期が140日と短いので兵器の部品として実用にならない、使われているのはラジウム226であろう、これなら1600年と半減期が長いのでいい、などという、この人の主張は残っている。しかし、上記「いまでも」をタイトルに被せたり、そのほかあちこち大事なところで改変がなされている。ブログはいったん書いたら、論旨を大幅に変えることはすべきでないし、もしそれをするなら、誰の指摘を受けて、どのように変えたかを明記するのが言論人としてのルールというものだろう。

 さて、桜井の当初のエントリについて、私は以下のようなメールを書いた。

櫻 井 淳 様

今日のブログエントリ。たぶん私の書いたものへのコメントかと思います。公開で書いてもいいのですが、とりあえず個人的に書き送っておきます。

・ラジウム中性子源は、原爆起爆用としては、完全に×です。

・ガンマ線強度が強すぎます。使いものになりません。臨界集合体で中性子源は、非使用時には分厚い遮蔽容器に格納されていたことをご存じか。

・必要な中性子強度からすると、一発あたり数十キュリーが必要になります。高価なラジウムをそんなに入手できますか。原爆の工学設計としても成り立ちません。

・半減期が短いということは、アルファ線のspecific activity が強いということです。後者は半減期に反比例します(放射性崩壊の物理として常識)。ポロニウムはラジウムの5千分の1の量ですみます。

・半減期が半年というのはメインテナンス可能です。ポロニウム210を使ったイニシエーターは、放射線被曝の恐れなし。常時量産体制を取っておき、何ヶ月かごとに交換するぐらいするでしょう。

・イランが原子炉でビスマス照射をしていたことが、原爆開発意図ありと咎められたのは、2004年のIAEA報告。今でもポロニウム210を使うのが常識との証拠。

 少し解説しておこう。大事な点は、起爆に使うアルファ線源はガンマ線が強くてはダメだということと、半減期が短いということは逆にメリットだ、という点である。ガンマ線が強くてはダメということは、私の前エントリに詳細に書いてあるので繰り返さない。この点を桜井はどう考えるか、何の説明もない。ラジウムは、強いガンマ線を出す。放射線の線量単位としてレントゲンがかつて使われた(今は線量当量という考え方に精密化され、シーベルトという単位が使われる)。そのころおおまかな目安として、1グラムのラジウムから1メートル離れた位置に1時間いるとすれば、ラジウムの発するガンマ線により、1レントゲン被爆するといわれていた。途方もない被爆線量である。それほどラジウムのガンマ線放射能は強い。原爆の起爆にこれを使おうとすると、数十グラムぐらい必要となるらしい。そんなものを人手で組み立てる原爆には使えないと、当初から検討から外された。それを、当初も、今でも使っていると桜井は主張している。また、前エントリに書いたが、ラジウムの出す強いガンマ線がベリリウムに当たることにより、起爆以前に中性子が出てしまう。これでは起爆装置に使えない。この問題にも桜井は答えていない。

 桜井は、ポロニウム210が使いものにならない根拠として、半減期が140日と短いことを言う。放射性崩壊の基礎がわかっていないようだ。半減期が短いということは、いっぱいアルファ線を出すということで、むしろ好条件なのだ。 specific activity(比放射能) という述語を上のメールで使ったが、単位重量あたりの放射能、すなわち崩壊数のことだ。いま問題にしている場合でいえば、アルファ線の数だ。これは半減期に反比例する。半減期が短いほど、たくさんアルファ線を出す。ポロニウム210(半減期:140日)と桜井のいうラジウム226(半減期:1600年)とに当てはめると、1600年×365日÷140日=4200。すなわちラジウムの4200分の1の量のポロニウムが、ラジウムと同じ数のアルファ線を出す。アルファ線のエネルギーまで含めて、中性子源としての効率は5000倍程度と推定されている。起爆装置としての中性子源に必要なのは、起爆の瞬間のごく短時間に十分な数の中性子が供給されることだ。比放射能が大きいことが、小型で効率的な起爆装置を作るのにもっとも大事な条件である。もちろん半減期が短すぎてはいけない。数分とか数日では使いものにならない。しかし、140日というのはいい線だ。

 核弾頭は、一度作ればそのままということはないだろう。いくつかの同位体を含むプルトニウムの変質、水爆の場合のトリチウムの崩壊などを含めて、常時メインテナンスが必要のようだ。起爆装置は常時セットされているかも疑っていい。長崎原爆の場合、四十数個の起爆装置がテニアンに送られ、テストを経て、最終的に4個が爆弾にセットされた。日本に向かうB29機上で、その作業を行う映画の場面を見た記憶がある。桜井は、核弾頭は一度作ったら何年もそのまま使える砲弾のようなものと考えているらしいが、ミサイル部分を含めて、定期的なメインテナンス作業は必至だろう。数ヶ月ごとに新しい起爆装置に入れ替えるぐらいのことは、重要な任務を帯びて配備されている核戦略部隊にとってそんな手間暇のかかることではないだろう。桜井は、アメリカで報告されているポロニウム210の製造量が多くないと書いている。軍事用に製造されているものが公開されるはずはない。

 今でもポロニウム210が使われているかどうか。それはわからない。核兵器のことは高度の軍事機密である。参照できるのは、マンハッタン計画のうち、機密解除になった情報に過ぎない。その後の技術的な進歩により、何かもっと性能のいい起爆装置が開発されている可能性はある。しかし半減期が比較的短く比放射能が大きいこと、ガンマ線をほとんど出さないことなどの条件をクリアする好適な核種がほかにあるだろうか。私は知らない。少なくとも桜井の主張するラジウムはダメ、ダメである。それが使われたことがあると、文献をあげている。私の蔵書から長期間、彼が借り出していた文献だが、どこを読んでいたのか。(下)の306ページ以下をとくと読んでもらいたい。ほかにより詳しい文献として、Critical Assembly: A Technical History of Los Alamos during the Oppenheimer Years, 1943-1945 (Cambridge Univ. Pr. 1993) がある(p.119-126)。岩波「理化学辞典」にこの件の詳細が書いてあるはずがない。

 先のエントリでも書いたが、イランがビスマスを原子炉で照射してポロニウム210を作ろうとした。2004年にそれが発覚し、IAEAの報告に載せられ、イランが原爆開発を意図しているひとつの証拠とされている。そのことは、いまでもポロニウム210が使われていることの傍証である。

 桜井さんよ、技術評論家として立ち、今回の問題についてもテレビなどからコメントを求められる立場にいる以上、もっと正確な知識・判断力をもってやってもらいたい。

 一般の読者へ。今回は桜井への助言を公表の場で行うことを目的に、お目汚しを覚悟で、やむなく書いた。原爆の設計など、おぞましいものごとにあまり深入りしたくないのだが、技術面を正しく知り、判断することは重要だと考える。もともとの趣旨は、今回のロンドンの毒殺事件と核技術との関係を、誰も的確に指摘しないので、私ごときがしゃしゃり出てみたということだ。

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コメント

(桜井がこのエントリにコメントをせず、返事を、自分のブログに書いていて、しかもそれにはコメントできないので、自己レスのかたちで、反論を書きます。場合によっては、新しいエントリに書き直します)

桜井さんよ、情けない。しっかりした反論を予想していたのに、こんな答えしか返せないとは。このやりとりに興味をお持ちの方は、以下をごらんください(ただし、最初に書いたものを、どんどん書き換えていく人ですから、あなたが見た段階では、もう最初の発言ではなくなっている恐れがあります)
http://citizen-science.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/210_1706.html

私が細部にわたって論じた事柄に何一つ答えず、これではほとんど白旗を掲げたようなものですよ。あれだけ自分のブログで、権威ある人々に食いついている、いつもの調子はどうなっているんですか。

2万発ものメインテナンスができるか、とかそういう論点をはずれたところに逃げてはいけません。この点に関していえば、何万発だろうと、それは核弾頭というたいへんなものだけに、必要なメインテナンスはちゃんとやっているでしょう。そうしてくれなければ、こちらはおちおち眠れません。一万を例えば百に分け、百のチームに受け持たせる。各チームが半年に一回メインテナンスする。たいしたことではありません。

ラジウムにどうしてこだわるのでしょう。桜井さんがあげている根拠は例の文献の(下)117ページあたりにある、概念固めの段階を引いているようです。そこでもすでに指摘されているポロニウムの可能性が、最終的に実現されたのです。下巻を丹念に読み続け、300ページあたりまで読んでいれば、そんな誤解が生じなかったでしょう。拾い読みはいけません。

「確かにラジウムは、ガンマ線が強く、取り扱いが厄介です。それでも不可能ということではないでしょう。」というなら、どういう設計案でそれが可能か、アイデアだけでも示してください。

イランとイラクの取り違え。しっかりしてください。イランの原爆疑惑。直接証拠などない中で有力な傍証です。

いいですか。この件は現状を正確に伝える学術文献などあるはずがありません。そこを読み解くのが技術論、技術史の専門家のやるべきことです。文献がない、などというところに逃げ込んではいけません。

ラジウムのガンマ線がエネルギーが低いからガンマ線で中性子は発生しない? ラジウムーガンマーベリリウム中性子源というのが立派に存在するのをご存じないのかな。たとえば、Hughes: Pile Neutron Research (Addison-Wesley, 1953) p.73 をご覧いただきたい。アルファ線を使うとすれば、線源もベリリウムも微粉末にして混ぜなければならない。ガンマ線の中性子源は中心に線源、外がベリリウムの球体ですむので、両方の種類の中性子源が存在します。アルファ線を使うとなると、微粉末の混合物、というところが原爆の場合難しいのですね。ポロニウムの場合は、微粉末を薄膜でコートするだけで、爆発の瞬間まで中性子ゼロという条件が実現できるのです。ラジウムを使ってはそういうことができません。

少し細部にわたりました。こうしてコメント書いている間も、桜井はエントリを書き直しているようです。今回は最初のエントリを保存しました。もし私の意見を入れて、書き直すようでしたら、最初の書き込みを公開して、その後の改変のあとをみなさんに見ていただくつもりです。

投稿: アク | 2006/11/29 20:30

桜井氏の事に関しては、こちらも参考になると思います。

桜井淳 発言研究まとめ@Wiki
http://www3.atwiki.jp/saku_saku/

投稿: 通りすがり | 2006/11/29 21:22

まあ、落ち着いてくださいな。
鉄道ファンは、桜井さんの言動には、いろいろあれだったんですが、それでも、落ち着いてましたよ。

桜井を排出した、原子力界の人はどうなの?落ち着けないの?
アクエリスさんは落ち着いて対処して下さるとおもいます。

http://threadpool.cocolog-nifty.com/

投稿: threadpool | 2006/11/29 21:36

通りすがりさん、threadpoolさん

エントリがお目にとまったようですね。落ち着いて。そうですね。私としてはめずらしくカッカして書きましたが、知人同士ですから、身内の言い争いのようなものと見てください。

原子力界の人? 私はまあ、アウトサイダーのようなものですから、自由にものもいえますが、多分彼は重宝な人なんでしょう。

そうですか、鉄道ファン? 彼も芸域が広いのですね。

投稿: アク | 2006/11/29 22:09

アクさん、はじめまして。
私は一鉄道ファンです。

桜井氏の言動は、件のブログでの鉄道・インターネットの誤解が著しいので、念のために別名でコメント欄で指摘いたしましたが、その都度消されました。
おとといも、指摘をしましたが、わずか5分でコメントを消されてしまいました。

一応は理学博士でなので、原子力に関する知識は確かだろうと思っていたのですが、こんなにも間違いがあったのですね。

投稿: 荒川光線 | 2006/11/29 23:03

>私はまあ、アウトサイダーのようなものですから

それは、「今は」ということでしょう?
現役の人達は何をしているのかな。原子力界とはかかわりあいにならない方がよいと思い知りました。

私のブログも閉じました。ありがとうございました。

投稿: threadpool | 2006/11/30 08:33

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