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2006/11/27

ポロニウムは原爆の起爆材

 亡命先のロンドンで「毒殺」されたというロシア元情報将校の死亡原因が、放射性物質ポロニウムであったことが報じられ、話題となっている。この物質が核技術と深く結びついていて、特別な国家機関でしか入手できないことから、ロシアの国家としての関与が疑われている。ポロニウムという名を聞いて、旧世代核科学者として思い出すことがあり、新聞などでの指摘を見かけないので、書いておきたい。それがプルトニウム型原爆の起爆材であり、軍事目的で生産が行われていたことだ。

 ポロニウム210(質量数が210の同位元素)は強いアルファ線を出すが、ほとんどガンマ線を出さないという点で、ラジウムなどと比べて特異な放射性物質である。そのことが原爆の起爆剤として極めて都合がよかった。原爆はご存じのとおり、中性子による連鎖反応により、核エネルギーを爆発的に放出させる爆弾である。起爆までは、中性子がゼロ、核物質(プルトニウム)が爆縮により中心点に圧縮された瞬間(10マイクロ秒程度)に、はじめて連鎖反応を開始させるための中性子(10個程度)が投入されることが技術的要件であった。中性子は、アルファ線をベリリウムに当てて発生させる。アルファ線源はラジウムなどあれこれあるが、強いガンマ線を出すものは、組み立て時に取り扱いが厄介である。その上、ガンマ線はベリリウムに当たると中性子を出す。原爆の設計の詳細は明かされていないが、アルファ線源とベリリウムとを分けておいて、起爆の瞬間に一体化させて中性子を発生させるようになっているのだろう。ガンマ線は透過力が強いから、中性子を発生させないよう、線源とベリリウムを離しておくのが難しい。ポロニウム210はそういう点で、理想的なアルファ線源だった。アルファ線は、薄い金属箔でベリリウムと隔離できる。とはいえ起爆の瞬間にうまくポロニウムとベリリウムとが一体化するような設計には苦労したらしい。Initiator(反応開始装置)と呼ばれる装置の設計と試験のために、マンハッタン計画の中で特別チームが作られたほどである(リチャード・ローズ『原子爆弾の誕生』1986)。爆縮型プルトニウム原爆の構造については、先にこのブログで書いたことがある。そこにあげた図で、爆弾の中心に Initiator とあるのが、この起爆装置である。

 ポロニウム210は、自然界にも存在し、分離可能であるが、大量には、原子炉でビスマス(原子番号83の元素)に中性子を照射することで生産される。これについては、すでに報道やブログでの紹介がある。マンハッタン計画では、当時のクリントン研究所、現在のオークリッジ国立研究所の黒鉛炉で生産された。長崎原爆にはこれが使われたのだろう。その後はハンフォードにあるプルトニウム生産炉で大量生産されるようになった。ソ連、その他核保有国でも、同じようにポロニウムが製造されたに違いない。北朝鮮が報道されているように核実験を行ったとすると、やはりポロニウムが使われたことだろう。イランが、原子炉でビスマス照射実験を行ったことが、ポロニウムの製造を目論んでおり、原爆開発意図ありと疑わせる根拠となっているそうだ(IAEA04年の報告、ここ)。このように核兵器開発の流れの中で、大量のポロニウム210が製造されたことからして、今回の事件のポロニウムの出処は、どこかの秘密核兵器生産工場であった可能性は高い。なお、この目的で製造されたポロニウムが、ロシアでは宇宙活動での電池用にも使われた。

 じつは、ポロニウムは民生用にも使われている。静電気除去用である。パソコンなどでお世話になっているハードディスク、半導体、CDなどの製造過程は、静電気を極端に嫌う。放電による材料劣化とゴミ付着が問題だからだ。イオン化したガスを流してやることで、半導体ウエハーなどの表面についた静電気を中和させるのが「静電気除去装置」である。イオン化したガスを作るにはいくつかの方法があるが、ポロニウムを使う装置が実用化されている(アルファ線イオナイザー静電気除去装置)。ポロニウムを含有した膜の上をガスが通過すると、アルファ線の電離作用でガスがイオン化される。前述のとおり、ガンマ線を放射線防護が必要なほど出さないというこのアイソトープの特徴が、この目的にポロニウムを使うのを可能にしている。同じ作用を使って、アメリカではレコード拭き用のブラシが市販されているという。ほこり取りのブラシの根元にポロニウム210がつけられているのだそうだ。軍事用に多量に作られて余ったものが民生用に流れているのだろう。ただどういう形で民間に頒布されているのか。今回のような使途に流用できるか。アイソトープの販売、管理は厳格に行われているので、原料物質を入手し、今回のように使うなど、素人のできることではないだろう。

 ポロニウムは、キュリー夫妻によって発見された。有名なラジウムよりひとあし早く発見され、ポロニウムと命名された。マリー・キュリーが故国ポーランドにちなんで、そのように名付けたのであった。ウラン鉱石の中にウランより強い放射線を出す物質があることを突き止め、その化学分離に取りかかった。当初予期したよりはるかに微量にしか含まれていなかったため、マリーは何トンという桁の原料を、何ヶ月もかかって化学分離する必要があった。分離されたポロニウムは、暗い場所で青白い神秘的な光を放っていた。アルファ線が回りの空気を電離し、それが光を放つのだった。

 ロマンある発見物語から、ほぼ半世紀、それが禍々しい原爆の起爆材として使われ、今また殺人の毒薬として使われる。核科学の光と闇をまざまざと見る気がする。

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