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2006/12/17

科学は、先駆する人によって進む

 うれしいメールを受け取った。今年度の仁科賞を受賞したT先生からのものである。受賞をお祝いする会が研究所であった、そこでこんな挨拶をしましたと、メールで書き送ってくれたのだった。うれしかったのは、この人をアメリカから呼び戻し、活躍の場を創った私とのなれそめのことを思い起こし、ことさらの謝意を表してくれたことだ。この人のように次期の問題領域を非凡な発想で見抜き、ねばり強く追究していく特別な人によって、科学は進む。科学はなんといっても人である。それに付随して、そういう人を見つけ出して、大いに働いてもらうよう仕組む「黒幕」が必要だ。馬喰(ばくろう)あるいは伯楽(はくらく)といおうか。T先生と私との関係は、そのようなものだった。そのような役割を多少なりと担ったことをうれしく思った。

 仁科賞(正式には仁科記念賞)は、日本における量子物理学の先駆者であり、ノーベル物理学賞をえた湯川・朝永を育てた人として知られる仁科芳雄を記念する賞で、広い意味での物理学で画期的な成果をあげた人に与えられる。

 T先生は、超高強度のレーザーとプラズマとの結合に注目する「超高強度電磁場科学」という新しい分野を切り拓きつつあるパイオニアである。私が働いた組織が関西に新しい研究所を作ることになり、そのテーマとして選んだのがこの分野であり、私が新研究所の立ち上げの役を担わされた。何より人である。わたしは、当時テキサス大学におられたT先生に目をつけ、口説いてグループリーダーをお願いした。当初はアメリカと日本と両方をいったり来たりして、グループの育成にあたってくださったのだが、最後には、アメリカからの里帰りを決め、いまではその研究所の所長として、全体を指揮しておられる。

 祝賀会での挨拶にこうあった。

 今回の賞は、今夜も述べましたが、関西研の諸賢が「レーザー加速」や「高強度場科学」という海のものとも山のものとも分からない新しい領域を真剣に開拓し、それを世界にさきがけ実験やシミュレーションで研究を進めるという 皆様方がなされてきた勇気のある先駆的ビジョンと尽力への認知であると考えています。
 実際に経験されご存知の方もおられると思いますが、先駆的な研究にはともすれば、厳しい言葉も飛ぶものです。私は、研究に尽力された方々がこうした逆風に耐え抜かれたことを知っています。それにへこたれぬ不屈の精神と勇気に心から敬意を表します。大変ご苦労様でした。ですから、これは、関西研に対してなされた賞であると考えます。 
 関西研は1990年代の初めからこうした光技術の可能性に先駆的に注目し、それを先取りして設立されました。科学が発展する時にはさきがけが最も重要ですが、まさに関西研は先駆けに乗った研究所であるといえます。今回の賞の意味は、関西研はそうした時代に先駆けた研究所だよと言っていただけたことではないかと思います。今後一層の尽力で「新しい領域」を推進願えれば幸甚です。
 こういう新しい領域が立ち上がってきたということは関西研の先達のご努力や皆様方の知恵とご尽力が有ってこそであると思います。新しい領域の科学が立ち上がることを目の当たりにし歴史的発展の証人になることが出来るということはとても幸運なことです。

 挨拶を伝えるメールの前置きに、私宛に、以下のような前書きがあった。

○○先生:
 昨夜以下のような会がありました。その場で私は、1992年の12月だったと思っているのですが、○○△△(△△は役職名)に、当時の□□研・副所長室に呼び込まれ、お話を伺ったことが昨日のように思い浮かべられ、それが機縁ととなって今日のような展開が生まれて来ているのですよと感謝の気持ちで述べました。 
 今回のような賞をいただけたことは、元はと言えばあの時の○○△△との運命的な出会いのお陰であると思っております。深く先生のお引き立てとビジョンに敬服・感謝いたしております。先生のビジョンのほんの一部ではありますが、実現へ向けて前進できているのかなと思いご報告する次第です。

 こんなやりとりを、公表するのは、自分の自慢話をするのが目的でない。科学の前進のためには(いや、他のどんな事業でも同じかと思うが)、テーマと、人と、組織の3者をうまく噛み合わせる「時の運」のようなものが必要であり、それがとてもうまくいった、ということを経験として学びたいからである。

 科学技術振興が大いにいわれている。アジアでの日本の将来を考えるとき、科学技術でつねに先陣を切っていくしか、今日の繁栄を持続する道はないのは明らかだ。しかし、金と制度面の整備が進めば、それでうまくいくかというと、そうではない。大学や研究機関の独立行政法人化の中で、成果重視のあまり、T先生のメールにあるビジョン、特に基礎科学におけるそれと、ビジョンの具現をになう有為な人材への目配りが、必ずしも重視されていない。私は、組織の運営をになう立場にある人に、先駆的なテーマと人を大胆に発掘する、馬喰的なセンスを持ち合わせることが大事だ、といいたい。

 辞めてから、私はいっさい口出しを避けているが、組織は大きく変わったようだ。T先生を中心とする研究は必ずしも順風の中にあるとはいえないのではないか、と心配している。今回の受賞に鼓舞されて、さらに高みを目指して、この分野での世界の先駆けをにない続けていくことを、先生と同僚たちに期待したい。

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