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2007/02/20

今冬、燗酒を好むわけ

 酒を飲むときは、冷酒と決めていた。それもできれば純米吟醸。なかでも「来福」に嵌っていることは、いつか書いた。ところが、このところ、燗をした酒を、好んで飲んでいる。朝ドラの「芋たこなんきん」に影響されてのことだ。田辺聖子をモデルにした女流小説家と、「カモカのおっちゃん」をモデルにした町医者が、毎晩、座卓を挟んで向かい合い飲みかつ語らうシーン、あるいは、近所のおでん屋で、燗を付けたチロリから、お猪口についで飲む場面。冬の夜、なんだか暖かい感じがしてよさそうである。ついお燗派に転向してしまった。私は、飲んだり食べたり、こういうことには影響されやすいのである。

 若いころ、酒を飲まなかった。学生時代は、飲めない人で通した。コンパなどで安酒を飲み悪酔いするということにほど遠かった。「酒もたばこも飲まない、近来まれに見る好青年」というのが、妻の親が婿殿として気に入ってくれたキャッチフレーズだった。職場で、少しは飲むようになったが、付き合い程度。ほんとは強いのだと分かったのは、30代後半アメリカで、家庭に招いたり招かれたりのパーティー修業の結果だ。だから、どちらかというと飲むのは、ワイン、スコッチ、リカーであった。おくてで飲むことに開眼したあとも、日本酒は苦手だった。お燗をした酒は、何かベタベタし、苦くてしつこい味が残るとの印象をずっと持っていた。

 日本酒をたしなむようになったのは関西に仕事を持ち、最後はそこに住む経験をした、職業人としての最後のころだった。京都に住み、伏見の酒を知った。姫路に住み、灘だけでなく播磨の酒を愛好した。吟醸酒が一般化し、日本酒もずいぶん口当たりがよくなる時期を経たあとのことだった。

 チロリをはじめて目にしたのは、京都へ仕事に通ったころ、立ち寄ったカウンター式の居酒屋でのことだった。籐巻の曲がった取っ手のついた金属製の筒っぽで、熱燗の酒が、どんと前に来るのにびっくりした。チロリという名もはじめて知った。燗を付けるのに関東でもチロリを使うことはあとで知ったが、そのまま直接客に出すのは見たことがない。しかし、京阪神の庶民的な店では、それが普通のやりかたのようだった。今回の「芋たこなんきん」で久しぶりに、その情景(何と女将がイーデス・ハンソン)にお目にかかって、なつかしかった。そういえば、うちにもチロリがあるのを思い出した。そのころ、この酒器にほれて買い求めながら、あまり使わぬままになっていたのだ。

 もう一つ、朝ドラのお酒の場面でいいのは、「カモカのおっちゃん」役の国村隼の手つきである。小さな猪口を手にして口に運ぶとき、手首を手前に曲げ、手の甲で飲んでいるような手つき。しなを作っているようで、男にいうのも変だが、ちょっと色っぽい。このところ燗酒を飲むとき、まねしてみるが、なかなかあのようにはいかない。修業が必要のようだ。

 燗はチロリで付けるが、温めた酒は、素焼き様の土瓶に移し替えて注ぐ。これも何年か前、こだわって手に入れたものだ。信濃追分の知人の山荘近くに陶芸家の店がある。陶芸家といっても若いお嬢さんだ。一家で織りや染めや陶芸をしている。そこでじつに形のいい土瓶を見た。知人がまず買い求めた。これは燗酒用の酒器にいいと、意見が一致した。私も買おうとしたら、注文生産だという。結局一年後に手に入れた。実用品というより、工芸作品といったほうがいいようなものだ。そのせいではないが、棚の飾り物になっていた。それを今冬から本格的に使いはじめた。なかなかいい。湯を沸かし、チロリで燗をつけ、あらかじめ暖めておいた土瓶に移す。燗をした酒はゆっくりと身体に沁みてくる。酒を飲む作法としても様になる。おかげで酒が進んだ。妻までが、燗酒を好むようになった。日本酒を好まないほうだったのに、燗酒の温かい酔い心地になじんできた。

 燗をつける酒として何を選ぶか。これがわからなかった。あれこれ試してみた。以前悪い印象を持ったベタベタした感じは、近頃の酒にはないことがわかった。その上、なんのことはない、「来福」がお燗専用の酒を出していることが分かった。来福らしく、ちょっとアルコール度数が高めで、しっかりした味である。冷酒も燗酒も「来福」。まことにめでたいのである。

 といって、毎晩、日本酒ではない。洋風のメニューには、ワイン、赤か白。魚などの和食メニューなら、日本酒。中間のどっちつかずのときは、ビールではじめて、焼酎お湯わり。夕方になると妻に、今日はどんなメニューかをたずね、それに応じたものを用意する。理研理事長をされていた小田稔先生は、「飲まないのは、料理に失礼」と、食中酒を飲むことを当然とされていた。私もそれにならい、必ず飲むことにしている。

 かくして、すべての仕掛けは、この一点に向けて準備されていたかのごとく、この冬は、燗酒をたしなんでいるのである。

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コメント

様々な和洋酒を味わうことができるのも日本ならではのことでしょうか。

焼酎も嗜まれるのですか?芋焼酎は味わい深いですし、黒糖焼酎の薫りも絶品です。麦焼酎のすっきり感はロックにお勧めです。

「じょか」はお持ちでしょうか。昔、NHKの新日本紀行で、九州か四国の森林伐採を生業としている方(?)が、ひるまっから「くろじょか」を傾けて焼酎を飲み、仕事に汗流している姿が印象に残っています。

投稿: kazu | 2007/02/25 22:52

kazu さん

息抜きにと気軽るに書いたエントリにお付き合いいただいて、ありがとうございます。

焼酎はもちろん飲みます。ナイトキャップ(夕食後寝るまでに飲む酒)は、今は焼酎のことが多いです。芋焼酎をロックで、あるいは麦をお湯わりで飲み分けています。黒糖も芋かわりにときおり飲みます。常時数種類は備蓄しています。

焼酎を飲むようになる前は、スコッチかバーボンでした。これは今では、あまり飲みませんが、10種ていど常備しています。

「じょか」をいいと思った経験がなく、いまだ手を出さずにいます。朝ドラのカモカのおっちゃんは、ときどきやっていますね。

酒に関する、さまざまの趣向は、食についての趣向と同じく、語るに楽しい話題です。

投稿: アク | 2007/02/26 21:13

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