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2007/03/03

田中宇の「温暖化のエセ科学」論は?

 国際ニュース解説の配信者として知られる田中宇が、最近発表されたIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の第4次報告書を、エセ科学だと批判している(ここ)。1990年の一次報告以後、2,3次と研究成果を積み重ね、疑問点について議論を深めて解決し、予測の確度をあげて、今年第4次報告の完成を目指してきたIPCCと、それに参加している世界中の2千人を超える気象科学者の努力を、一部の異論を誇張して示すことで、エセ科学だと斬り捨てるのは乱暴すぎよう。私は専門家ではないが、この問題に関心を持つものとして、田中の議論の主要点をチェックしてみる。

陰謀論的国際ニュース解説 この人は、国際政治の裏に陰謀ありという見方をしがちな人だ。たとえば、アメリカのイラク戦争は、アメリカ政権に潜む一部分子が、わざと失敗するように仕向け、アメリカの覇権を失墜させ、グローバルに活動する資本の利益に奉仕しようとしているものだ、本気でやっていれば、アメリがあんな無様な失敗をするはずがない、などという風変わりな説を唱えている。地球温暖化がエセ科学だというような論を唱えても不思議ではない。

IPCCの仕組み まず、田中は、IPCCの機構についてどれだけ知って書いているのか、疑問である。事務局の中にいる「政治活動家」によって、科学者の出した中立な結論が、政治目的で歪曲されているとしている。事務局が、強引に歪曲した結論を導くというようなことができるだろうか。IPCCについては、文部科学省IPCC WG1国内支援事務局の公式ページを見ると、どのようなものか解説がある。今回発表されたものは、IPCCの第4次報告書に向けて、その中の第1作業部会(自然科学的根拠)のつくった報告書要約である。報告書はいくつかの章ごとに主筆(Coordinating Lead Authors:CLA)、主執筆者(Lead Authors:LA)、査読者(Review Editors:RE)、引用著者(Contributing Authors:CA)がいて、今回の第1作業部会第10回会合には、CLA、LA、REを担当する百数十名が集まって、報告書がとりまとめられた。日本からも9名の政府機関、大学などからの専門家が参加している。特に今回の要約については、ひとつひとつの文ごとに議論し、承認された。またいずれ公表される報告書本体については、技術要約と本文各章をセットとして受諾された。報告書の背後にはさまざまな分野、研究テーマにわたる2千人を超える科学者たちの積年の研究成果がある。田中が憶測するような「政治活動家」によって、科学者の意見が歪曲されるというようなことはありえないだろう。このようにしてまとめられた報告書を「エセ科学」呼ばわりするのは、IPCCの真摯な活動に対していかがなものか。

温暖化問題は科学か
 以前にも書いたことがあるが、温暖化問題は、問題の性格からして、純粋に科学的な議論にとどまることはできない。温暖化という、場合によっては、人類と各国の利害に関わる現象を予測することを求められている。そして、その対策となると、一国にとどまらない国際政治の問題となる。そのため科学者は、自分の研究という狭い分野にとどまることなく、総合的に判断することを求められている。100%誰もが納得のいく実証の得られる以前に、「どうやら温暖化は、人間活動によることはかなり確からしい」というような判断をすることを求められている。これまでの科学活動で本来的なあり方とされた閾を越えて、研究者同士が議論し、民主的にコンセンサスを形成しなければならない。多数決も必要になる。どの程度確からしいか、というような結論の出し方をしなければならない。これは、科学ではないと批判する人もいる。しかし、最近の巨大科学における巨大施設計画の議論、原子力の安全問題、環境問題、ライフサイエンスの倫理問題などを見ると、今や科学の社会的側面に科学者自身が直面せざるを得ないものとなってきたといえる。かつての象牙の塔にこもり科学のための科学というようなあり方が理想だとして、これは科学ではないとか、エセ科学だとかいうのは、今や現実的ではない。

問題児ロンボルグを下敷きにした議論 田中は、ビョルン・ロンボルグ台北タイムズに寄稿した記事を下敷きに議論を展開しているようだ。この人は、普通の意味で著名な学者ではなく、物議をかもす主張をするという意味で著名な人である。日本訳もある「環境危機をあおってはいけない」(山形浩生訳、文藝春秋2003)で知られている。政治学の人で温暖化問題の専門家ではない。今回の報告書に何も新味がなく、2001年の第3次報告以上に差し迫ったものではない、と批判している。

海面上昇の推定値は減少した? 具体的には、海面上昇の予測値を問題にしている。1980ー1999年に比べ、2090-2099年に海面がどれだけ上昇するかの予測値が、報告書の年次にしたがいどう変わったか。ロンボルクは、1990年代での二つの報告書 67cm→3次報告(2001)で48.5cm→今回(2007) 38.5cmと減ってきていると指摘し、海面上昇の危険は年次とともに減っていると指摘する。このまま予測精度が進めば、海面上昇は問題ないことになるのではないかといわんばかりである。報告書で、海面上昇は、いろいろなシナリオで予測されているが、ロンボルグが指摘するような数値に当てはまるものはない。予測値は、そんなひとつの数値で示されておらず、予測範囲を示している。原文では表で示されているものを、気象庁がグラフ(ここ、図4)にしている。それを見ると、3次報告では、予測範囲が広かったものが、4次報告では精度が上がり、狭ばまっている。予測範囲の中央値は、どのケースでも4次の方が多少低くなっているが、大きな差はない。ロンボルクが引用する10cmも低下したケースはない。

データをもてあそび、誤った印象を導く データの引用もとをあいまいにして、数値だけを一人歩きさせて誤った印象を与えることは、この人がよくすることらしい。この人の著書「環境危機を・・・」が出版されたとき、デンマークでは、この書の内容はデータの間違った引用が多いと、専門家から指摘があり、デンマーク科学者不正行為審問委員会にかけられ、確かにデータを故意に歪曲したり、自分の主張に不利なデータは無視したなどの事実を指摘されたらしい。

異論のみを引用して異論を唱える これはロンボルクに限らない。田中の議論がそうである。IPCC報告書に対し異論を唱える、今やかなりの少数者の主張だけをつないで、IPCC の結論をエセ科学と論じている。例をあげると、

 温室効果ガスとして二酸化炭素と並んで悪者扱いされている大気中のメタンの量は、1990年初め以来増えていないことが、今回の報告書に記されている。

 メタンは、産業活動で必ずしも増えない。メタンの寄与は、二酸化炭素に比べ一桁少ない。

 温暖化で世界中の氷が溶けているかのような話になっているが、北極圏の氷は溶けているものの、南極圏(南氷洋)の氷は1978年から現在までの間に8%増えている。

 北半球の温暖化が早く進んでいる当然の結果。北極圏の氷が溶けることが問題。

 2月2日にIPCCが発表したのは、報告書の概要版である。報告書の全文(本文)は、5月に発表される予定になっているが、公開前の本文の草稿を読んだ学者によると、本文ではいくつかの重要な点で、以前のIPCCの温暖化の予測が破棄されている。

 例外的な人の意見を採用している。主要な指摘が、本文と概要版で変わることはないだろう。

 【無視されてきた太陽黒点説】スベンスマルクの説だと、20世紀は太陽黒点が多い時期で、宇宙線が少なく、雲の発生が少なかったので、温暖化の傾向になったのだとされる。(・・・)太陽黒点が特に少なかった1650年からの50年間に、地球は小さな氷河期になり、ロンドンやパリで厳しい寒さが記録されている。

 これは温暖化を否定する人たちがくり返し問題にしてきた論点だが、十分な検討が行われ、太陽放射が17世紀の小氷期と同程度低下しても、それはわずか20年分の温暖化ガスの放出によって相殺される、との結論になっている(ワート:「温暖化の発見とは何か」220頁)。また、1990年以降、太陽放射は大きく変化していないことは、このところの温暖化を説明できない。

エセ議論をする人ほど相手をエセとする ということで、田中宇の議論の進め方こそが歪曲がはなはだしいようだ。エセ議論をする人ほど、相手をエセ呼ばわりする。最近もそれに似たことをさる人に向かって指摘した覚えがある。あの人はどこへ行ったのか。

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コメント

日本の宗教団体のリーダーのように、世界の著名人と会談し、昨年は国連で講演をした江本勝の「水からの伝言」をエセ科学として糾弾する活動が続いています。田中宇(サカイ)さんのメールマガジンは2月20日と27日の2回でIPCC第1作業部会報告概要版を論じています。環境教育に関わる者として、私は、こういうことを言う人が居ても良いと感じながら読みました。特に、ゴア元アメリカ副大統領に関する一縷の疑念は、興味深い指摘でした。温暖化防止ではなく、持続可能性で地球の問題を考える立場にある私としては、温暖化を強調しすぎる陣営の背後にある勢力に気をつけねばならないと思っていますので、行き過ぎのあるのが普通な政治評論では、田中さんの論調でなければ、注目されないであろうとも感じます。
さて、名古屋大学大学院環境学研究科助教授で地球物理学者の高野雅夫さんのIPCC第4次報告概要版と「不都合な真実」への疑念を記されたブログを紹介します。
2月16日の「予測とは」から21日の「IPCC第4次レポート(2)」までお読みください。
http://blog.goo.ne.jp/daizusensei/
いずれにしても、田中さんの論旨は、5月に全文が発表されれば、その読みの正誤が明らかになります。読みが間違っていたとしても、それまでのことであるとおもいます。田中さんは科学者としてではなく、政治評論家として発言されているのですから。
ダイオキシン騒動で、日本中の焼却施設が封印され、新規建設されたけれど、マウスとラットの毒性特性の大きな違いを考慮しなかったことへの反省から、世界は何で動くかを考える時、自分が踊らされたり、人を躍らせないためには対立する様々な意見を考察する事は大切と思っています。
冷戦終結で軍縮が本格化したときに、戦争の勃発、テロ攻撃により、再び膨大な国防予算が計上され、その国防費を受け取る産業がありました。
排出権取引で、莫大な利益を得つつある人々が居ます。CO2排出削減でのバイオ燃料需要により、途上国の食糧事情悪化があります。常に批判力を維持するために、田中さんの論も、全く無意味ではなく、その中の何が本物で何が誇張なのか、歪曲なのかを見極めることが出来ればよいのではないでしょうか。

投稿: Miekli | 2007/03/04 01:35

Miekli さん

私は、意図的に、ゴアやスターンのことを話題にしませんでした。IPCCの報告書と、他のものとは、質的に違うと考えるからです。ゴアのは、明らかに政治的プロパガンダでしょう。田中宇は、それら三つを三位一体といい、ごちゃ混ぜにして論じることでIPCC報告書への評価をおとしめる方向へ利用しています。その意味で彼は彼の政治評論プロパガンダをうまくやっているのです。

環境問題の場合、私が書いたように、科学と政治とが絡んできます。それでも、政治目的で科学的データを意図的に歪曲する政治屋と、政治の領域まで踏み込まざるを得ないことを承知しながらもデータを科学的に評価して結論を出そうとする控えめな態度とを、その間にグレーゾーンがあることは認めながらも、区別したいです。

田中宇の議論は無意味ではない、と最後に書かれたことは、その通りです。だから私はこうして、その批判を書いたわけです。しかし、「エセ科学」などという言葉を持ち出すなど彼の議論の質が悪くなったな、と感じています。注目を惹くための惹句なのでしょうが。

投稿: アク | 2007/03/04 07:49

アクさん、おはようございます。
「「エセ科学」などという言葉を持ち出すなど彼の議論の質が悪くなったな、と感じています。」は、共感もあり、また、元々、ゴシップ週刊誌的な面もあるので、特に最近の変化とも思えないとも感じています。ただ、2月27日のメルマガでは、「概要版はエセ科学」表現が見られませんので、ご自分でも誤ったと思ったのではないでしょうか?
ポイントは、「概要版」に政治的な操作があるか否かで、これは、5月に全容が明らかになれば、わかることです。ただ、私個人としては、概要版のダウンロードは簡単でも、多分、あの分厚いレポートを買って読む力がないので、専門家の分析を読み比べてみたいと思っています。高野さんは、今朝、温暖化に関する新しい記事(http://blog.goo.ne.jp/daizusensei/)
をアップされていますが、3月にもなったのですから、夜更かしよりも早起きでエネルギー消費削減を実行されてはと思ったりもしましたね。小さな積み重ねが大きなエネルギー消費削減にもなりますから。
ただ、かく言う私も、3月8日に名古屋の愛知芸術文化センターでアメリカの黒人作曲家、ウィリアム・グランド・スティルの作品を演奏する、ボストン・フィル団員のバイオリニスト岡田裕美さんの練習を音楽サロンで聞いての零時過ぎの帰宅でした。東海地方の方に、このコンサート(わずか1000円)はお勧めです。

投稿: Miekli | 2007/03/04 10:49

環境カウンセラーの仲間から、国連大学副学長の安井さんの「田中宇」関連記事が出たとのメールをもらいました。
http://www.yasuienv.net/GWPoliticsTanaka.htm
田中氏の記事をきっかけに、IPCC報告の読み方が様々に論じられることは、何も考えずにこれを喧伝することよりも、好ましいことと思っています。

投稿: Miekli | 2007/03/04 22:16

Miekli さん

安井さんの座談会風の解説は、田中宇の記事を丹念に検討していて、好ましいですね。私の言い方よりも、ずっとおだやかに、しかし問題点をきちんとおさえて論じているように思いました。私のエントリの読者にもお読みいただきたいです。ご紹介ありがとうございました。

高野先生のブログも読みました。モデルによる予測について実証がないという論点には、違うのではないか、と思いました。考えをまとめ、そのうちにコメントを書いてみようと思っています。

投稿: アク | 2007/03/04 22:41

この方(田中氏)は「価値観から研究成果を見る」という「自然科学的誤謬」を犯していますね。地球温暖化の議論の裏に陰謀?ありき、という目で読めばIPCCの報告書が捻じ曲がったデータを出して、間違って結論を導き出している、と見えても何の不思議もありません。
おっしゃるように「政治と科学」の関わりがこれまでになく大きく問われるのが環境問題だと思います。だからこそ環境問題に関する科学的な調査は政治的中立を保たなければならない、そこに見解の相違はあってもそれに政治的立場を反映させてはならない、と思うのです。
政治的立場で結論が違えば、それこそ「似非科学」を信奉するものの思う壺ですから。

それにしても「あの方」は何をしていらっしゃるのでしょうか?

投稿: number8 | 2007/03/05 23:36

 初めまして、適当Xと言います。
 ロンボルグですけど、ロンボルグは田中氏の言うような変な議論はしてはいないと思うのですが、この田中氏が先入観で本を読んで自らの先入観にとって都合のよいところをつまみ食いしただけではないかと・・・・
http://cruel.org/kankyou/sarebuttal.html#schneider
 なお、不誠実委員会の評議は差し戻しを食らい、再審議の末「不誠実」の評価は消えました。
http://cruel.org/kankyou/index.html
“その後、2003年12月にこの「科学的不誠実委員会」の監督省庁であるデンマークの科学技術イノベーション省がこの委員会の判断に対し「審査というのは、ロンボルグの本に対する異論があるという紹介だけではなく、その中身をきちんと精査して白黒つけることなんだから、こんなのダメ、ちゃんと仕事しろ!(4ページ目、point 6.1)」と差し戻しを行った。2004 年 3 月に、同委員会はロンボルグに対する訴えを棄却してロンボルグが科学的に不誠実という評価は消えた。”
とあります。
(続く)

投稿: 適当X | 2007/03/06 11:01

で、これはロンボルグ自身の反論ですが、「地球温暖化について対策を講じたらいくらかかるのか」「何もしなければいくらかかるのか」を比較して、それによって政策的な資源配分をしましょうという、なんか正論に聞こえるのです。
(以下引用)
http://cruel.org/kankyou/wrirebuttal.html
 ぼくは、地球温暖化が深刻な影響をもたらすと認めている。「何千人もの高名な科学者達」の研究を軽んじたりもしていない――それどころか、あの章でも本のその他の部分でも、そうした研究をいたるところで使っている。でもぼくは、「地球温暖化について何もしなければいくらかかるのか」という質問と、「地球温暖化について対策を講じたらいくらかかるのか」という(うっとうしいかもしれないけれど、重要な)質問をしている。もし治療法のほうがもともとの害よりもずっと高くつくことがわかったら、地球温暖化の防止への投資を減らして、特に第三世界援助など、もっといい使い道にまわしたほうがいいんじゃないか、たとえばきれいな飲料水や下水処理施設や、その他簡単だけれど重要なニーズにお金を使った方がいいんじゃないか、と尋ねるのは当然のことだと思う。
(引用終わり)
 田中氏のつまみ食いですって、これは・・・

投稿: 適当X | 2007/03/06 18:13

適当Xさん、コメントありがとうございました。他に忙殺される事情があり、コメントへの応答が遅れました。

 ロンボルグについて、もう一度 Wikipedia を読み直してみました。私の書いた査問委員会は「科学的不誠実委員会」というのですね。この委員会の結論が、上位の行政庁により差し戻しになったけれども、委員会は同じ結論になると再審査を断念した。そのため公的には結論がでていないと、私は読みました。ロンボルグの本については、環境科学者側がおおむね反対、社会学者側が支持という風に分かれているようです。便益と経済的負担のバランスを論じるのは、ブッシュ政権の環境政策の根拠となったといわれる Nordhaus (Warming the world) も同様です。当然ですが、バランスを定量化して論じるのは、なかなか難しい。たとえば、最初にひどい損害を被るのではないかといわれる低開発・最貧国の人々の被害をGDPで数量化すれば、ほとんど negligible ということになるでしょう。

 ただロンボルグのような人がいて、環境危機を声高にいう人に異論をぶっつけてくれるのは、いいことだと思います。異論があってこそこの種の議論に多くの人が関心を持ち、よりよい結論へと向かっていくのでしょう。

 ロンボルグが Taipei Times に書いたものも読み直してみました。私がエントリで書いたように、海面上昇の予測値が少なくなってきているとしてロンボルグがあげた数値は、IPCC報告書を正確に引用していないことを再確認しました。6年前(第3次報告)には、48.5cmだったというのは、化石エネルギー源を重視しつつ高い経済成長を実現する社会というシナリオでの予測幅 9-88cm の中央値をとっているようです。今次報告書でのそれに相当する値は 26-59cm です。中央値は42.5cmです。それをロンボルクは38.5cmとしています。この数値は報告書のどのケースにも当てはまりません。しかも報告書で強調されているのは、予測幅が狭まったことであって、ロンボルクが指摘しているような中央値の低下は、特に言及されていません。このことを私は、データを何か操作して引用し、間違った結論を印象づけようとしているのではないかといったわけです。

 田中宇はロンボルクの書いたものをさらに歪曲して強調しています。上記の数値について、ロンボルクがいっていない「予測値は、だんだん少なくなっている、つまり海面上昇による危険は、年とともに減っている」との文言を書き添え、さらに「今後あと40センチ上昇したとしても、たいした問題ではない」とまでいっています。ロンボルクの場合、ICCPの今回の結論を是として、ゴアがいう6メートルの海面上昇などはないと指摘することに力点を置いています。田中はICCPもゴアも一視同仁してエセ科学と切っています。

投稿: アク | 2007/03/07 14:26

 うーん、低開発国は温暖化のダメージを強く受けちゃいますけど、それ以前に大概が「結核・エイズ・マラリア・紛争・単一耕作による農地壊滅」とかで、とっくに大ダメージを受けていますからねえ。それらを無視して温暖化問題にリソース注ぎすぎると良くないのではないかというのが、ロンボルグの言いたかった事でしょう。
(低開発国問題の例として、ウィキペディアによりますと、エイズの蔓延によって南アフリカの平均寿命は40歳くらいになるそうです。)
 もし私が反環境の立場に立って考えるならば、「低開発国の結核・エイズ・マラリア・トリパノソーマとかは無視して、低開発国のために温暖化対策をしたところで意味はないやろ」と考えるでしょう。
 アフリカ・東南アジアでのエイズ蔓延もひどいし、アフリカのザイール・スーダンなんかはエボラがよく襲い掛かるし。
 温暖化対策とこういう病気・貧困対策のどちらが、低開発国にとってためになるのかという話も考えないといけません。
 つまり、低開発国のために、先進国が行うべき資源配分は温暖化対策をメインにすべきかどうか?そこが問題で、これは政策上の意思決定の問題に属しているわけです。そのため、ロンボルグは「政策的・社会的な意思決定プロセスを主軸に研究している」社会学者たちからは支持されているけど、「環境問題を主軸にものを考えている」環境学者からは嫌われていると、私は考えます。
 
 そして仮にロンボルグが海面上昇値の間違いを意図的にしたとしても、反論者たちは、
「それが政策上の意思決定(諸種ある問題解決のための資源配分戦略)に、なんぼの影響をもたらすのか?」ということを、ぶつけてくると予想されます。

 そして田中宇氏は、「アトモスフィアのように陰謀は満ち満ちている」と宇宙人みたいな考えをなさる方ですので、IPCCも何もかも「陰謀」と考えておられるのです。
 ただ、「温暖化対策にやけに資源を注いでいるように見える」現状では、陰謀めいたものを感じたとしても、まあ仕方ないかもしれません。
 問題は田中氏が、「陰謀」を感じすぎて、ニセ科学だと決めてかかっていることです。

投稿: 適当X | 2007/03/14 21:02

適当Xさん
コメントの趣旨に、バランスのとれた善意を感じ、受け容れたい気持ちです。ロンボルクも、環境主義者も、それぞれにその善意で主張し、運動しているのでしょう。それはそれとして、劣悪な状況にある人々と善意で働く人々とを尻目に、自己利益である方向を過剰に主張する人、そのようなダイナミックスで動く社会の底を深読みする人、それぞれであることが、この世の中でしょう。しかし、自分なりの正義を振りかざし、多少なりとものをいうことが、役に立つのか、自己満足に過ぎないのか。考えてしまいます。

投稿: アク | 2007/03/14 22:54

乱暴ですが、独断と偏見で問題点をおおざっぱに選り分けてしまうと、1)温暖化はさしせまった危機か 2)発展途上国の貧困・病気の蔓延は重大事である 3)これら二つを比べて良いのか、何を指標とするのか。経済性?あるいは道義上? とも取れます。

「1)よりも2)の問題の解決を優先させるべきだ」との論法は至極当然です。「2)も重要だが1)がもっと重要」との論法も成り立つでしょう。この際、邪推はしないとすれば、これらの意見の価値観は異なるが、いずれも人類の未来を案ずればこそ、と言えます。適当Xさんとアクさんがコメントでおっしゃられた通りです。どちらも正当性を主張できるし、お互いのあら探しも容易でしょう。

1)で特に問題となっているのは、温暖化予測の信憑性なのでしょう。2)が重要であることは衆目の一致するところ。ただし、これを3)で比べて、1)の問題とリンクすると、とたんにややこしくなってきます。

例えば1)をやめて2)に人類の余剰資源を投入しろ、といっても、たぶん、うまくいかないと思われます。先進国は、既にいろいろな形で(わずかですが)援助をしている・・・と言いのがれるだけかもしれない。冷戦が終わって世界中で莫大な予算が浮いたはずなのに、それらは一向に世界の貧困を救う足しにはなっていないように思える。むしろあちこちで戦争をやっている。

二酸化炭素はたしかに熱を吸収できます。
http://www.ecosci.jp/mva/jmol_vib01.html
これが地球規模ではどのような作用を及ぼすのか。不確定要素が多々あり、きわめて難しい問題。空気中には他にも熱(この振動数の電磁波)を吸収できる分子、水分子など、が存在します。しかし熱を吸収できる二酸化炭素分子が純増するということは、それだけ多くの「熱吸収特性を持った気体分子」に地球が包まれてしまうということです。それに耐えてグローバルな温度調節機能が働くか否か。十分に検討すべき課題ですが、一方でまた、「手遅れになったら・・・」という、脅しの心理もまた働いてしまう。

複雑な政治的要因を一切無視すれば、1)に資源を投入しても、そんなに悪いことでは無いような気もします。排出ガス規制のおかげで技術革新が進むのではないかと。こんな悠長なことを言っていると不謹慎と怒られるでしょうか。

私個人としては専門家の報告書を尊重する次第です。


投稿: kazu | 2007/03/16 23:51

kazuさん、コメントをありがとうございます。

先日の詳細なコメントは、ありがたくうけたまわったままで、何のレスもできませんでした。

さて、今回の問題について、何が正しいのか、そうでないのか。個人としても、社会なり国としても、判断をするのはなかなか難しい。経済的な尺度を持ち出すと、それがある判断基準にはなります。また、科学的に正しい結論かどうかは、科学者のコミュニティが最終的結論を出してくれそうに見えます。

しかし、社会科学にしても、自然科学にしても、複雑な問題については、専門家といえども最終的結論はなかなか出せないでしょう。その前にアクションをとらなくてはならない、という事情もあります。

じつは経済学にしても、自然科学にしても、何らかのしっかりした根拠にもとづいて最終結論を一般の人々に与えてくれるということは、どうもないのではないか、と私は考える方向に傾いています。事実問題と価値判断の面とは画然と分かれるのではなく、両者は相互に影響しあい、混じり合って問題意識と解決法を生み出していくのだと考えるのです。

地球温暖化問題をまずは科学が判然とした答えを出してくれる問題と考えること自体が、はたして妥当な判断だろうかと疑問を持つのです。

科学的な側面での知見と、社会での解決案とが、相互に語り合って、進んでいく。それに多くの人が理解を持ち、判断に参加していく。そのように進むのが正しい姿だろうと思っています。

そう考えて、科学を振りかざして結論はまだ不確定で科学的でないと主張する自称専門家には疑問を投げかけ、一方では偏った知見を鵜呑みにしてオーバーなことをいう人には科学のあれこれの結論をもっと総合的に見ようよという。そういう発言をしていきたいと、私は思っています。

投稿: アク | 2007/03/19 20:24

アクさんこんにちは。

今開催中の日本物理学会の領域13、環境物理のセクションで、温暖化に関する発表が何件かありました。

昨日、槌田敦先生@高千穂大は、刺激的な御講演「科学者による迷信1 フロン・オゾンホール説」を発表されました。フリーの林弘文先生(前静岡大?)は温暖化説の根拠となる物理的メカニズムの詳細をお話しされ、酪農学園大の矢吹哲夫先生はいたってニュートラルなご意見のご質問をされていました。その席で出た話ですが、日本気象学会機関誌「天気」の2月号にて、例の報告書についてのレビューが掲載されるとのことです。

本日は、領域13シンポジウム「温暖化現象をめぐる諸説に関する物理学的な立場からの検討」で、槌田敦先生が、これまた刺激的なタイトルの御講演「CO2温暖化説は間違っている」をお話しされる予定です。矢吹先生は「判断しかねる立場から」として御講演予定です。

以上、情報まで。

投稿: kazu | 2007/03/20 14:32

>適当Xさん
コメントの趣旨に、バランスのとれた善意を感じ、受け容れたい気持ちです。ロンボルクも、環境主義者も、それぞれにその善意で主張し、運動しているのでしょう。それはそれとして、劣悪な状況にある人々と善意で働く人々とを尻目に、自己利益である方向を過剰に主張する人、そのようなダイナミックスで動く社会の底を深読みする人、それぞれであることが、この世の中でしょう。しかし、自分なりの正義を振りかざし、多少なりとものをいうことが、役に立つのか、自己満足に過ぎないのか。考えてしまいます。

 アク先生、こんばんわ。就職で苦労している適当Xです。
 ロンボルグが突きつけた問題提起というのは、本当は日商簿記一級にでてくるような考え(「最適セールスミックス」という考え)を使えば、これらについて妥協しうる解決がもたらされるかもしれないと思っています。ですが、問題がここまで大きいとそれにいたる道筋は平坦ではないと思っています。
 一番怖いのは、善意で最悪の結末になってしまう事です。
 これはよくあることです。
 ローマの古言に、「地獄への道は善意の石で敷き詰められている」と言いますからねえ・・・温暖化対策と言われている原発が温暖化で止ってしまうこともありますし。

投稿: 適当X | 2007/03/27 21:30

 私が温暖化問題で恐れているのは、「もっと原子力を!」という勢力がどら声張り上げて、原子力を無理やりやろう、「もんじゅ」を無理やりやろう、という人が結構多いことです。
 私は、
「温暖化問題の解決策として原子力研究開発をせよ」
という主張を聞くと、
「やかましい。原子力の研究開発そのものが全体的に最適化されていないような現状で、原子力開発に資源をぼんぼん投入できんわい。中小型でいいからもっと多様な炉型開発・原子力システム計画を立案すべきや。特にもんじゅと六ヶ所村の負担が大きすぎて、全体的な原子力システム開発研究の最適化が損なわれている。そんな体たらくで温暖化問題には挑めない」
、と反論する方です。

 さて、科学者達の問題ですが、科学者達の報告書にある勧告を政治家が実行する場合、実質的に「民主主義的過程で選ばれた政治家」の意思決定を「民主的に選ばれていない科学者達」が拘束する場合がありませんか?

投稿: 適当X | 2007/03/27 21:58

適当Xさん

さらなるコメントをありがとうございました。

かなり詳細にコメントを返したつもりでしたが、書き込まれませんでした。風邪気味でもあり、戦意喪失です。短く要点だけ思い出して書いてみます。

・原子力推進派が、地球温暖化のために、さらに原子力をというのは、どうかと思います。原発がまだまだつまらぬトラブルを起こし、そのために原子力の代替に火力をフルに使わざるを得ないような現状では、とてもそんなことはいえないでしょう。

・国の温暖化対策のための予算額を総計するときに、原子力研究開発予算がその中に入れられて報告されていること、それもこの部分が巨額であるため、一見日本は温暖化対策に力を入れているようにみえること。これは欺瞞です。

・原子力推進の人は原子力のことしか念頭になく、代替手段を含めて、エネルギー・環境問題をトータルに考えることができないようです。独善的といっていいでしょう。

・原子力の中にもいろいろな意見があっていいのですが、多様な考え方を許さない業界のようです。

・原子力の進め方は官・産・学の複合体の利益代表により決められており、政治すらあまり関与していないのではないでしょうか。

投稿: アク | 2007/03/28 15:56

あのね、代替エネルギーって全然原子力や火力の代わりにならないんだよ。
太陽、風力、波力を置けるところに全部置いて、しかもそれらの効率が今の倍になったとして、現在の日本の需要の何%を満たせると思う?

更に言うと、石油もウランも有限だからね。ウランですら大切に使わないとあと100年持たないよ。

だから、核融合が見えてこない現在だと、高速増殖炉だけが人類の文明を維持できる唯一の手段なんだよ。

パソコンが1台100万円。電気代が月に5万円にはしたくないだろ?

投稿: あ | 2010/10/08 16:33

「あ」さん

ずいぶん前の議論へのコメントですね。特に原子力に関わるものではありません。コメント・スレッドの終わりの方で原子力が話題になった部分がお目にとまったのでしょうか。

「あ」さんのコメントは、議論というより、上から目線の断言調ですね。まともに相手することもないかと思いますが、ひとこと。

(「あ」さん)『石油もウランも有限だからね。ウランですら大切に使わないとあと100年持たないよ。

だから、核融合が見えてこない現在だと、高速増殖炉だけが人類の文明を維持できる唯一の手段なんだよ。』

これは原子力関係の方、特に核燃料サイクル推進論者がよくいう語り口ですが、必ずしもそうではありません。

原子力は受け入れるとして、高速増殖炉は必然かというと、そうともいえません。

ウラン資源は有限だということには、異論があります。「海水からのウラン採取」はウラン価格が上昇すれば、採算ベースにのるでしょう。ほとんど無限です。

最近ではトリウムの利用も具体的に検討されはじめています。

コスト高で、安全性が問題とされる高速増殖炉をそう性急に開発することはないのです。あと50年とか、百年とか、そんなペースで研究開発をゆっくり小規模で進めていけば十分です。

「もんじゅ」は行きがかり上、フルパワーまではもっていくのでしょう。しかし次の実証炉にはつながらず、足踏みすることになるでしょう。それでいいのです(私は中断が望ましいという意見ですが)。

ずっと後になって、高速増殖炉なんてアイデアに踊った時期もあったと振り返ることになるのでしょうか。原子力船「むつ」を今振り返るように。

私の原子力推進についての考え方は、別の個所に何度も書いています。このブログの「カテゴリー」欄で「原子力問題」を選んでいただけば、いくつかのエントリをごらんいただけると思います。

投稿: アク | 2010/10/08 17:41

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