« 「臨界」への疑問 | トップページ | スロヴェニア・クロアチアへの旅行記、完結 »

2007/03/29

制御棒脱落後の「臨界」状態・再論

 沸騰水型軽水炉(BWR)の定期点検中に、弁の操作ミスなどで制御棒が炉心から抜け落ち、原子炉の一部が「臨界」になったと報じられている(北陸電力・志賀第1原発、東京電力・福島第1原発)が、それはどのような状態であったか。前のエントリ(『「臨界」への疑問』07/3/22)で疑問を投げかけ、原子炉のことを多少知っているつもりの私なりの推定を述べた。その後この分野の専門家が、私の誤認を指摘するメールを寄せてくれた。私が見落としていたことがあった。それは原子炉は停止中といえども、冷却水は強制循環されていること、したがって、少々の超臨界では水温上昇やバブルの発生などということはないだろうということだ。私が書いた超臨界と未臨界の間の振動もないことになる。では、どのようなことになるのか。それをあらためて考察してみたい。

 もう一つ指摘をいただいたのは、JCO事故の際、ウラン溶液の飛散はなかったということだ。これついては事故後の調査、シミュレーションにより明らかになっているようだ。その部分も訂正しておこう。

 原子炉は停止中でも冷却水を循環して冷却している。大部分の核燃料棒は、燃焼途上(半燃え)の状態にあり、核分裂生成物をたくさん含んでいて、それが熱(崩壊熱と呼ばれる)を出している。だから、原子炉として停止していても、たえず冷却しなければならない。原子炉停止直後はかなりの勢いで、定期点検中は、その時の崩壊熱を除去するに十分な流速で水は回っている。

 さてそのような停止中のBWRで、制御棒が数本抜け落ちて、「臨界」が長時間続いたといわれる間、どのような状態になっていたのだろうか。それは制御棒脱落により、どの程度の超臨界になったかにより違うだろう。まず、超臨界の度合が軽微な場合。この場合には燃料棒自体の温度上昇による反応度の自己制御性が効いて、一時的な超臨界状態は自然と臨界にまでひきもどされる。

 少し詳しく見てみよう。制御棒が誤操作により引き抜かれたとき、ほとんどステップ状に超臨界状態になる。核燃料棒内に暴走的な核分裂連鎖反応が起きる。まず核燃料の温度が上昇する。すると核燃料を構成するウラン原子核の中性子の共鳴吸収が増える。核分裂反応で発生するエネルギーの高い中性子は、それが次の核分裂を起こすまでに冷却水中の水素原子核と何度か衝突することによって、熱中性子まで減速される必要がある。その途中、中程度のエネルギーの中性子が核燃料棒内に入ると、一部は共鳴吸収を受ける。これは連鎖反応の持続を邪魔する働きをする。共鳴吸収はある特定の狭いエネルギー幅で起きるのだが、燃料棒内のウラン原子が激しく熱振動するほど、見かけ上このエネルギー幅が増え、よく多く吸収されるという性質(共鳴吸収のドップラー効果)がある。燃料棒の温度上昇は、中性子の吸収を増やし、連鎖反応の維持を邪魔する。いいかえると超臨界を未臨界に向けるように働くことになる。この効果は時間遅れなく働く。したがって、制御棒が抜ける→超臨界→燃料棒の発熱→共鳴吸収の増加→超臨界度の減少という自己制御効果がただちに働いて、超臨界の度合を下げることになる。過渡的な出力上昇、燃料棒温度の上昇あっても、まもなくある温度でちょうど臨界という状態を自然に実現する。これが十分冷却できる状態なら、その状態に保持される。原子炉は、ある一定レベルの出力を保って、落ち着いている。このときの出力がどの程度であったかは、制御棒脱落によりどの程度超臨界になったかによる。

 制御棒脱落により原子炉に加わった超臨界度(過剰反応度)がもっと大きかったとしたらどうなるか。燃料棒内の発熱が大きいと、冷却水の温度上昇が起きる。燃料棒に沿って、上ほど水温は高くなる。もっと発熱が大きければ、上の方では沸騰状態になる。冷却水の温度上昇も、沸騰によるバブルの発生も、超臨界を押し下げる働きをするから、ある温度分布、あるいはあるバブルの発生状況で丁度臨界に引き戻される。この場合も多少の過渡現象はあるだろうが、あまり時間の遅れや振動もなく平衡状態(臨界状態)に達することだろう。

 超臨界の度合が多ければ多いほど、水温は上がり、バブルは発生するが、それによって自己制御が効いているし、冷却水はふだんの運転状態と違って、十分に冷えた水が大量に供給されるから(臨界で発熱している部分は局部だから)、これ以上の事態(冷却不十分で炉心溶融に至るような事態)は起こりえないだろう。

 以上、この原子炉の知識に詳しくない方には、わかりにくかったかもしれないが、およそこんなことで、臨界状態は原子炉固有の自己制御性が効いて大過に至ることはなかったことを理解していただけたかと思う。それにしても、これは私のおおまかな定性的推定である。現在、専門の研究者たちの解析が進められており、より正確な解明結果が公表されるのを待ちたい。それにしても、制御棒脱落により臨界状態、という以上の詳しい説明や解説がなされないことは不思議である。私ごときがこんな解説を書くまでもないことなのだが、専門家は、その専門性のゆえに、いい加減な発言ができないと抑えているのだろう。

 さらに私の感想を付け加えると、軽水型原子炉というのは、じつによくできた技術システムで、自然に備わった自己制御性があり、ある意味、非常にねばり強いといえる。自然の摂理にかなったシステムだといってもいい。それでいて、事故隠蔽とか、今回のようなミスとか、それを扱う側の人的システムが欠陥を露呈しているのは情けない。

 もう一つ、前回書いたJCO事故のこと。私は初期段階でウラン溶液の飛散があって、超臨界度が大きく削減されたのではないかと書いたが、それはなかったらしい。タンクへの溶液注入によってもたらされた超臨界度はさほど大きくなく、溶液の温度上昇、バブルの発生などによる自己制御メカニズムが効き、だだ、それに時間遅れがあるゆえに長時間周期の振動が臨界近傍で繰り返されたということらしい。この事故の解明は専門家により詳しいシミュレーションがなされ、論文発表されている。

 以上の書き直しにあたり、専門家からの助言をいただきた。ここに感謝しておきたい。なお誤りがあるとすれば、私の責任である。

|

« 「臨界」への疑問 | トップページ | スロヴェニア・クロアチアへの旅行記、完結 »

コメント

ご無沙汰しています。
「軽水型原子炉というのは、じつによくできた技術システムで、自然に備わった自己制御性があり、ある意味、非常にねばり強い」抜粋ここまで。
そこで質問ですが、電力会社の対応は別として、軽水路原子炉による発電は安全性が高く、地球温暖化には有効な選択肢の一つであると考えていいのでしょうか?

投稿: 魔法使い | 2007/03/31 21:20

魔法使いさん

軽水型原子炉は、加圧水型にしても、沸騰水型にしても、原子力発電炉としてじつによくできている炉型だと思っています。固有の安全性が高いと思うのですが、人が間違って介入して、かえって本来の安全性を損ね、事故を起こしているとまでいえるかと考えます。しかし複雑なシステムですから、当然人的ミスが起きる可能性があるわけで、それをいかに予防し、対応するか、まだ改良の余地はあるでしょう。今回の沸騰水型原子炉の問題で、弁の誤操作をすると、制御棒が抜け落ちることがあるとは、いったい何という設計だろうと思いました。フェイル・セーフになっていないのですね。間違えば、安全な方に行くというのがフェイル・セーフです。そうなっていなかった。だから制御棒は抜け落ちた。それにもかかわらず、臨界にとどまった。ということで、あのように書きました。

地球温暖化と原子力との関係は、別のエントリへのコメントで書いた覚えがあります。「田中宇の・・・」のコメント・ツリーの最後のあたりです。原子力が地球温暖化対策として有用というのは、間違ったプロパガンダだと考えています。現在程度の原子力は必要ですが、温暖化対策のために、もっと原子力をというのは、どうかと思っています。原子力には別の問題(もともと社会的に受容されるかという問題を抱えているところへ、今回の電力会社が露呈した隠蔽体質で、さらにネガティブの方向に傾いたようです)がありますし、増やしても、温暖化対策にはならないでしょう。当面は、省エネと、自然エネルギーなどに力を入れた方がいいと考えています。

投稿: アク | 2007/03/31 22:05

今朝のニュースで、「即発臨界」という推定が、専門家の検討を経て出てきましたね。

連鎖反応を維持する中性子のうち、一部の中性子が遅発中性子といって、核分裂の瞬間から遅れて、ゆっくり出てくる。それでふつう原子炉の臨界状態は安定的に調整できる。遅発中性子なしに即発中性子だけで、臨界を越えている状態が「即発臨界」、じつは「即発超臨界」です。

非常に早く、いうなれば暴走状態で、原子炉出力は上昇します。私が書いた自己制御性はすぐには追いつかないでしょう。燃料棒はかなり高温になり、燃料棒被覆管表面の冷却水がかなり遅れて、沸騰状態になり、それで収まったということでしょうか。パルス状でしょうが、かなりのピーク出力になったでしょう。

その後、燃料棒を替えずにそのまま運転を続けてよかったのか。問題ありでしょう。このような事態が、現場判断で伏せられたというのは、おそろしいことです。

投稿: アク | 2007/04/11 09:10

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/36654/14446626

この記事へのトラックバック一覧です: 制御棒脱落後の「臨界」状態・再論:

« 「臨界」への疑問 | トップページ | スロヴェニア・クロアチアへの旅行記、完結 »