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2007/03/09

温暖化予測は検証されていない?

 温暖化問題について、少し無謀なことをしてみようと思う。この分野の専門家が書かれたことに、素人である私が疑問を投げかける、ということだ。それは「予測」についてである。仮説と実証という科学の本来的なあり方を説いた上で、予測は実証されていない、そのとおりになるかはその時になるまで分からないと、この専門家は書いている。これは、正論のようでいて、ミスリーティングではないか、そう私はいいたい。予測とはいっても、過去のデータによるモデルの検証という、いわば実証に近い科学的テストがくり返し行われており、これは通常の科学での仮説と実証にほぼ相当することを、いうべきではないかと思う。

 前のエントリで温暖化問題について書いたことで、コメントをたくさんいただいた。その中で教えていただいて、名古屋大学の高野雅夫助教授のブログ『だいずせんせいの持続性学入門』を読みにいってみた。今回のIPCC報告書について、地球環境科学の専門家らしい的確な紹介をしておられる。その一連のエントリの最初に書かれた「『予測』とはなにか」にある「予測=未実証」説に、私は引っかかる。シリーズもののイントロとして書かれ、そのあとの文脈では、妥当な見方に戻っているのだから、目くじら立てることはないのだが、やはりここに書かれた予測論は誤解を与えるものだと思う。

気候モデルによるシミュレーション 地球温暖化について、百年後の気温上昇、海面上昇などが問題になる。このために「気候モデル」と呼ばれる、全地球的な気候システムをシミュレーション計算をするプログラムによって計算が行われる。太陽が地球に降り注ぐ放射の変化はもとより、温暖化ガスの変化などの変動要因を入れ、気候に関係する気圏、水圏(雪氷圏を含む)、地圏、生物圏のありとあらゆる要因を入れて計算が行われる。人為的な影響については、さまざまなシナリオにもとづいて計算が行われる。高野先生は「その計算結果が正しいかどうか、決して『科学的』には検証できない」といわれる。また、コンピューターモデルによる計算は「過去のデータの評価はまだしも、未来の「予測」については、それほど確かなものではない」とも書かれている。

仮説と実験による検証 それに対比して「科学的に検証される」のが、通常の科学活動であるとされる。この場合、ある現象を説明するのに仮説が立てられ、それが正しいかどうか、実験や観測が行われる。ずれがあれば、仮説を考え直し、また実験で確かめられる。こういうことが繰り返されて、その現象を説明する理論が確立される。高野先生は、実験・観測による実証という普通の科学の理論と比べると、気候の予測は、科学的な検証ができない、という。ということは科学ではない、信頼できない、ということに等しい(そこまでいっていないが)。

気候モデルの検証 気候モデルによるシミュレーション計算については、上記のような通常の科学と違う意味であるが、それなりに検証が行われているのではないか、というのが、素人である私が、関心を持って地球温暖化関連の書物などを読んで理解していることだ。気候モデルによる長期の予測というアイデアが生まれ、モデル化が行われ、計算機シミュレーションが試みられ、それがスパコンなどの性能が格段に進歩するとともに精密化されてくるなかで、数々のテストがおこわなわれた。目的は予測だが、モデルの検証は過去の気候データで行える。たとえば火山噴火により成層圏まで吹き上がった噴煙(エアロゾル)による寒冷化がシミュレーションによって再現されるかなど、さまざまな問題点がひとつひとつクリアされてきた。ワート「温暖化の〈発見〉とは何か」では(p.215)、温室効果ガスによる温度変化の地球上に現れるむら(地域ごとに違うというパターン)がモデル計算と観測結果とほぼ一致したことを、温室効果の「指紋」が再現され、有力な検証が行われたとしているのも、その一例である。今回の4次報告書(第1作業部会要約)での図 SPM-4 に、過去百年の大陸別の気温変化として示されたものが、その「指紋」の例である。温暖化が人為起源であり、かつ地域別にどのように現れるかを、シミュレーションはよく説明している。

予測の科学における検証 予測の科学は、通常の科学と違った方法ながら、検証が行われている。そのことを「予測とは何か」をいう際に、きちんとふれるべきだったのではないかというのが、私の主張である。とはいえ、予測の科学は、決定論的ではない。100%の確かさで、100年後の温度上昇や海面上昇を予測できるわけではない。人為的影響については、経済活動や温暖化ガス排出抑制にどれだけ効果を上げるかについてのシナリオ次第であり、各シナリオごとに予測の信頼度に幅がある。それは対象が巨大かつ複雑で、どんなに計算機性能が上がっても追いつかないからである。予測というものはそういうものである。予測の科学における理論ー観測による検証のあり方は、通常の科学における理論ー実験による実証とは、科学のジャンルとして違っていいのではないか、というのが私の考えである。

「チューニング・パラメータ」が、シミュレーション結果が観測に合うように任意に使われている、云々は、シミュレーション懐疑派がよく言うことらしい。高野先生がそれをこのエントリで言及しているのは、いかがか。もちろんパラメータはあるだろう。しかし、それすら十分に検証され、シミュレーションがチューニングのおかげで観測と合うのだという批判は、今や影を潜め、「ほぼすべての科学者は、計算機モデルは信頼できる予測をするに十分なほど忠実に実際の気候プロセスを再現していると確信するようになって」(ワートP.222)きているそうだ。

カオス もう一つ予測の信頼度への疑問として、高野先生は、原理的問題として「カオス」を持ち出している。気候というものの非線形性に由来し、わずかのゆらぎから、結果として大きな乱れが生じる現象だ。局地的な竜巻はその一例だろう。エルニーニョなどもそれだろう。しかし、地球規模にわたる温暖化の予測の場合には、どうなのだろうか。グローバルな平均化によって、カオスの影響が大きく出てくるという可能性はほとんどないのではないか。W.J.バローズ「気候変動」では(p.249)、「大気がカオス的でも、必ずしも気候全体に適用する必要がない」とし、カオスを考慮しなくても「気候のコンピューターモデルは、理にかなった気温の全球的なパターンや季節の変動を示す」と書いているが、この点はどうなのだろう。「予測とは何か」を論じる場面で、カオスを持ち出すことは、予測というものは信頼できないですよ、という印象を不必要に強めないだろうか。

気候モデルが明らかにした人為起源の温暖化 IPCC報告書となると、誰もが温暖化予測の方に目がいってしまうが、ここ数十年あるいは百年の温度変化について、検証をへた気候モデルがはっきりと、人為的な原因と明らかにしたことは非常に大きい。今次の報告書では、3次報告書にあったような自然起源の効果のみの場合、人為起源の効果のみの場合、両方を考慮した場合のシミュレーション結果の比較はわざわざ示されていないが、さらに信頼度が増したのだろう、温暖化が確かであり、しかもそれが人為起源による可能性がかなり高い(very likely, 実現性90-99%)とされた。気候モデルによるシミュレーションは「予測」のためと思われがちだが、温暖化が人為起源によることを明らかにした点で、すでに大きな成果を上げている。過去データによるさまざまな検証をへて信頼度を高めたシミュレーションの結果が、今や90-99%の信頼を得ているのだ。同じ気候モデルが、予測計算に使われていることを念頭において「予測」の信頼度を論じるべきではないか。

検証に裏付けられた予測であること 以上、私があれこれ書いたのは、高野先生には、釈迦に説法であろう。しかし、どうして先生が、「予測とは何か」を書かれる際に、私が指摘した「検証」がそれなりの行われた上での「予測」である面をいわれなかったのか。それをいわないと、非専門家の読者は、なんだあまり信用できそうもないコンピューター予測か、という印象を持つのではないか、そのことを私はいいたいのである。

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コメント

アクさんこんばんは。

私は地球温暖化問題には全くの素人ですが、とても興味深い議論をされているので、少々コメントさせてください。

予測には精度が重要であることはもちろんです。一方で、前提としたスケールについて注意を払う必要があります。予測手法が取り扱うことのできる空間的・時間的な大きさ、広がりを見込んだ上で、結果の精度について吟味するべきでしょう。

天気予報が外れて雨に降られる、そんな経験を誰もがしていると思いますが、だからといって天気予報が無駄なわけではありません。そのような場合でも、もうすこし領域を広げてその地域一帯を見てみれば、ほぼ当たっているのです。「明日何時何分に、ここで地震が発生する」そのような予測はできません。ですが、数十年、数百年のスケールで見れば、発生するのは確実であろう地域は決まってきます。

ミクロに見ればカオス的な現象でも、時間と空間のマクロなスケールで見れば、平衡あるいは準平衡な状態と見なすことができます。自然界には一般に自己組織化によるフィードバック機構が働いているのかもしれませんね。

言いたいことは100年、1000年単位のスケールで物事を見る場合、少々のカオス的な現象に注意を払う必要は無いであろう事、むしろ現時点で最も重要と思われる事項に注意を払い、その影響について真摯に検討すべきであろうという事です。上手にエッセンスを取り出しモデル化できるとき、シミュレーション技術は十分に信頼に足る道具となります。

投稿: kazu | 2007/03/09 23:53

kazu さん、さっそくコメントをいただき、ありがとうございます。

おっしゃるとおり、注目する現象の空間・時間的スケールに対応して、それぞれに適切なシミュレーションを行い、何を抽出するかが問題なのでしょう。

非常に荒っぽい議論として、1週間先の天気予報すら当たらないのに、百年先のことがコンピューターを回して分かるか、というようなことをいう人がいます。何を予測しようとしているか、そのためのモデル、パラメータなど、まったくといっていいほど違っていることを無視した議論です。

話は違いますが、私がうまくいおうとして、考えがまとまらないまま、中途半端に書いたのですが、通常の科学における仮説と実験による実証という常識化している方法論に対し、予測の科学におけるモデルの検証という手法が、新しい科学方法論として出てきているのではないのか、と漠然と考えています。

kazuさんがご専門の計算科学が、かつて理論と実験と違う、第3の科学手法といわれて出てきたのを思い出します。たとえば現実に実現できない状態での物質をシミュレーションするというような場合、実証性をどう確立するのか、というような点は、上記の予測の科学の実証性と類似の問題のように思えます。

投稿: アク | 2007/03/10 09:15

持続して拝読しています。

地球温暖化問題は、対象の本質上、科学の立場では、a high probabilityの問題だと理解しますが、
現実としては、地球規模の政治課題であることは明らかです。
先生もご指摘のように、知識人の議論の中には真摯なものは勿論、
それとは相容れないミスリードやプロパガンダも横行しているようですが、
私としては、イヴァン・イリイチが提唱する禁欲と節制を支持するものです。
かならずしも、極論ではなく、先進国に課せられた倫理的課題だと私は理解しています。
国会でも、温室効果ガス排出規制の法制化が委員会で審議されているようです。
今後の方向性が期待されます。

近近、ドイツへご出発とのこと。
ご旅行中のご健勝をこころよりお祈り申し上げます。

投稿: sollers | 2007/03/10 14:23

sollers さん、コメントありがとうございました。

「持続して」お読みいただき、ありがたいことです。このようなエントリにまでお付き合いくださるとは、おもいのほかでした。

心ある個人が「禁欲と節制」を志しても、社会としてはどうなのでしょうか。まさか「国家の品格」とか、「美しい国」では、どうにもならないでしょう。

中国のように、エネルギー消費、温室効果ガス放出を野放しにするような国が、隣国として急成長してくる環境で、日本はどのようにエネルギーを確保し、温暖化抑制策に貢献していくか。EUは、最近、思い切った施策へと踏み出したようですが、日本が北東アジアの同様な施策にどのように貢献していくか。外交と技術協力方策が問われるところでしょう。

投稿: アク | 2007/03/10 21:33

> そのためのモデル、パラメータなど、まったくといっていいほど・・・

現実問題として微細な事項まで考慮に入れて理論を構築し、それをもって、空間的・時間的にスケールが極度に異なる系を定義して厳密に計算することは困難でしょう。普通、構造物の強度計算をするために、それを構成する原子間の結合の子細をいちいち調べるようなことはしません。原子の様子など知らなくても必要とされる強度は十分正確に計算できる。

言ってみれば大木を切るときカミソリの刃を使っても意味のないことで、大きなチェーンソーなどの専用の道具を用いることが正しいと考えます。構造体の強度計算をするとき、我々は原子間結合などは一切考慮しません。マクロな構造体を質点の有限の要素に分解し、その要素の集合体が外力に対してどのような応答特性を示すのか、たとえばその固有振動などを解析することで風や地震などの影響を調べます。

知りたいことに対して最終的には(平均化されて)あまり影響を与えないであろう些細なことを考慮することは積極的に省略し、結果を左右すると考えられる重要な事項のみに焦点をしぼって考察を進めることも特に重要です。

もちろん、はじめは理想的な系を対象としたモデルでしょう。ですが、その計算精度は年月を追う毎に確実に向上します。なぜなら、一般的に計算性能の向上、アルゴリズムの発展、コードの進化とともに、基本となるモデルも更に高度に発展し、初めは無視していた些末な事柄も順次モデルに組み込まれ、シミュレーション自体の精度が確実に向上していくためです。

つまり、最初のモデルは多少、おおざっぱであっても大まかな方向性を得ることができれば良しとしておき、後に精度を上げるべくモデルを精密に発展させていく。これがモデル計算の常道と思います。

理論でも、初めは大まかな基本原理を打ち立て、実験との比較でずれが生じた時点で、その根本原因を精査し、つきとめ、理論に対する補正として、さらに近似を進めることが、科学を進める原動力の一つであると思います。シミュレーションによる予言が外れた場合でも、元となるモデルのどこかに見落としがあることがわかるわけで、それがシミュレーション技術自体の進化の原動力ともなります。

> 通常の科学における仮説と実験による実証という・・・

実験の解釈と指針を与える、だけではなく、最近は実験の誤りを正す、実験精度の問題で現時点で測定不可能なことを予言する・・・ことも十分可能です。事実そのような例も多々もあります。

一般に、対象とするモデルが良く定義されていて、十分に吟味されたアルゴリズムに従って「細心の注意をはらってシミュレーションで予言されたこと」は十分に信頼に足る結果を与えます。

> たとえば現実に実現できない状態での・・・

数百億年後の銀河の様子を議論する・・・宇宙論でのシミュレーションは、実測との比較がとても困難である点で、まさにその通りかもしれません。

ときに精度の高いシミュレーション技術や高性能なコンピュータなどなくたって、我々人類は月に人を送り込むことができました。重要なことを考慮に入れることができさえすれば、いかに大幅に計算を省略したとしても正しい結論に到達することができる、その良い例と思います。

筋が良い読みは些末なことには左右されず物事の本質を教えてくれるのでしょう。

投稿: kazu | 2007/03/10 23:59

高野先生のコメント(07/3/11 9:32)

高野先生のブログ『だいずせんせいの持続性学入門』に、コメントとして書かれた、先生のレスをこちらに転載しておきます(アク)。

アクエリアンさま>
コメントありがとうございます。記事を拝読しまして、私の記事で舌たらずだった部分をうまく書いていただいおり、ありがとうございます。
反復実験できない地球の歴史(過去も未来も)の研究が科学であるというためには、科学とは何かということそのものを考えなおさなければならない、という問題意識が私たちにはありまして、「仮説転がし」説というのをとっています。(『全地球史解読』東大出版会に熊澤峰夫先生の論考があります)。またの機会に書いてみたいと思います。
今後ともよろしくお願いします。

投稿: 高野先生のコメント(アクが転載) | 2007/03/11 09:49

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